39、読
まあいい。
老舗旅館と綾乃が言っていたから、高級旅館っていうのは想定内だったし。
だから、チェックイン後部屋へ案内する準備ができる、フロント横のオープンな茶室コーナーで、抹茶と菓子の接待をうけるのも理解できる。
だけどなぁ。
この旅館の若旦那かなんか知らねぇけど、サービスっつうにはあまりにもウゼェ。
きっちり着物を着こんだ点前サービス担当者らしい女をさしおいて、自らお茶を点て始めた。
はあ・・・これは。
100パー、綾乃狙いだ。
仕方ねぇから弾む会話に割って入り、綾乃に誰だよと聞いてやった。
俺をちらりと見てから、無視を決め込んでいた若旦那の顔がヒクリと引きつった。
まあ?
かなり低い声だったしなぁ?
「あ、こちらの旅館のオーナーの息子さんで、和希さんとおっしゃるんです。昔からこちらの旅館へはよく来ていましたので、私と年齢も近いせいか和希さんが仲よくして下さって・・・和希さん、こちらは私の主人です。昨年の7月に入籍しまして。今日は、神戸の本宅に顔を出したので、こちらへ久しぶりに伺おうと思いまして・・・私も主人も普段は忙しくて中々ゆっくりできませんから。」
そう言いながら綾乃がいつもの癖で、俺の腕にしがみつくようにすりよった。
ふふん。
綾乃の言葉に呆然としている若旦那を目の前に、優越感にひたる。
そして、目の前の生菓子をつまみあげ、一口で食った。
抹茶の作法なんてわからねぇから、普段はつかわねぇ大きさの茶碗を落とさないようにだけ気をつけて、がぶ飲みした。
うぇ、にげぇ・・・。
と、思いながら茶碗を置くと。
綾乃がクスリと笑いながら、俺の口の周りについた抹茶を指でぬぐった。
そしてその指を、さっきハンドバッグからとり出した着物の生地で作ったような入れ物から出しておいた紙で、優雅に拭く。
いつもティッシュはおろかハンカチも忘れるくらいの綾乃が、そんなものを持っていたなんて俺は唖然とした。
つうか、そんな硬そうな紙じゃなくて、ティッシュならあるぞ?
思わずそう言いそうになったが。
次の瞬間聞き捨てならねぇ言葉を聞いた。
「綾乃さん・・・結婚は一生しないって・・・俺のプロポーズを断ったのに・・・何で・・・?しかも、上品な綾乃さんとは、まったく正反対なタイプ・・・・。」
おいおい、上品の正反対って、俺の事下品だって言ってんのか!?
すげぇな、こいつ・・・。
客に対してこの言葉使い・・・。
こいつ客商売むいてねぇな。
この旅館、大丈夫かよ?
そんなことを思っていたら。
少し離れたところにいた、さっき押しのけられた点前サービス担当の女が、慌ててとんできた。
「和希さんっ、お客様になんて失礼なことを!も、申し訳ありませんっ。」
女が焦って、必死で頭を下げてきた。
別にこいつが悪ぃわけじゃねぇのに・・・だから別にいい、と言おうとしたが。
「前田さん、大丈夫です。主人はそんなことで怒る人ではありません。しかも何も悪くない前田さんが謝ることはないと思っているだけです。それから、客商売でこういう事を言って大丈夫なのかって心配もしています。」
「・・・・・。」
ま、まあ。
綾乃の言葉通りなんだが。
いや、別に心配なんかしてねえし・・・。
だけど、いつのまにこいつ俺の思考が読めるようになったんだ?
俺が綾乃の顔をちらりと見ると。
綾乃がクスクス笑う。
そして。
「丈治は、すぐ顔に気持ちが出ますから。」
そんな生意気なことを言いやがった。
しかも、勝ち誇ったように。
へぇぇぇぇ。
そうかよ。
んじゃ。
タクシーん中からの俺の気持ちも、読んでいるんだろうなぁ?
俺は、着物の女に部屋に早く案内しろ、と言った。
女が、若旦那の粗相もあるしで、慌ててフロントへ飛んで行った。
気まずそうにしている若旦那を目の前に、俺は綾乃に質問をした。
「おい、気持ちが顔にでる俺は今、何思っているかわかるか?」
「え?・・・早く部屋に行ってくつろぎたい、ですか?」
ほおぉぉ。
「もう少し、詳しく言えよ。」
「えーと・・・。」
「何だよ、わかんねぇのか?」
「あっ、露天風呂!丈治、お部屋に露天風呂があるって言ったら、とても喜んでいましたよねっ!?露天風呂に入りたい、じゃないですか?」
「おー、半分あたりだ。」
「半分?」
キョトンとする、綾乃に俺はニヤリと笑った。
そして。
「確かに露天風呂入りたいが、お前と一緒に入りたい、だ。」
俺がそう言うと、若旦那の前だし、絶対顔を赤くすると思っていたんだが。
綾乃は平然としていた。
「え、最初からそのつもりでしたけど?」
「!!!」
おおっ。
何だよっ、綾乃、俺の考え読んでやがったか・・・。
嬉しいじゃねぇかっ。
やっぱ、愛の力か?
以心伝心ってやつだな!
だけど、それは。
いつもの如く、ぬか喜びで・・・。
「実はー、私髪の毛、3日洗っていないんですぅ。一昨日爪が割れて、深爪になってしまって・・・だから、今日はどうしてもシャンプーしたくてー。丁度よかったですぅ。丈治シャンプーしてくださいねぇ?」
「・・・・・・。」
絶句だ。
随分、綾乃のおとぼけぶりに慣れてきたつもりだったが・・・。
どうりで、髪がウエッティだったはずだ。
普段はつけない、ワックスをつけたんだとばかり思っていたが・・・。
ええっ、俺がそれ、洗うのか?
勘弁してくれ・・・。
つうか。
全然、俺の心読んでねぇだろっ!
はあ。
綾乃・・・。
この代償は。
デカいぞ?




