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38、頼

信じられねぇことに、氷室の祖母さんの態度が激変していた。

バカデカいお屋敷の、高級な応接間に通された。


綾乃は慣れたもんで、優雅に紅茶なんぞ飲んでやがる。

何だかミルクを沢山入れたような紅茶だ。

今までならここで祖母さんが、俺を親の敵のように睨むのによ。

睨みもなしかよ。

だけど、まあ。

会った途端に、祖母さんに頭を下げられたからな・・。

まあ、水に流すか・・・。


だけど、さすが海千山千だけあって。

俺が、もう気にしないでくれと言うと。

途端に、祖母さんは態度が変って、さっさと頭を上げやがった。

その上。

頼みがあると、とんでもない事を言いやがった。


「はぁ!?」


あまりの図々しさに、俺はあきれ返った声を出したが、綾乃は何故か。


「分かりました。木島さんのことですよね。」


なんて、いつの間にか了承していた。

って、ちょっと待てよ。

木島の事で、なんで綾乃が頼まれごとすんだよっ!?

俺は間に割って入り、冗談じゃねぇと言ったが。


「丈治、木島さんは・・・私の幼馴染なんです。放ってはおけません。」


と、綾乃は真剣な顔で言い。


「まあ、いろいろあったしなぁ、木島のことを治めたら、あんたのこと認めたる。」


「はっ!?」


祖母さんの偉そうな口ぶりと、今更ながらの認めてやる発言に、俺はひっくり返りそうになった。

さっきの謝罪は一体なんだったんだよっ!?

だけど、綾乃は。


「ありがとうございます、お祖母様。早速、行って参ります。」


そう言って、俺の手をつかんで立ち上がった。

何なんだよっ、そう思いながらも。

この家は何だか無駄にデカいし洒落すぎていて落ちつかねぇから、まあ帰るのには賛成で抵抗しなかった。


そして、帰り際。


「桜の季節になったら、また顔を見せに参ります。お祖母様、お体お大事にしてくださいね?」


綾乃がそう告げると、偉そうな祖母さんの表情が見事に崩れた。


「ありがとうな、あーちゃん。待ってるで。」






「はあ・・・綾乃、何なんだよっ。あの祖母さんっ。全然悪ぃなんて思ってねぇじゃねぇかっ。」


芦屋の屋敷を出て、迎えのタクシーに乗るなり、綾乃に食ってかかった。

だけど、綾乃は平然としていて。


「そんなことはないです。あれでよかったのです。」


と、言いやがった。


「はっ!?」


何が良かったのかわからねぇ俺は、綾乃を見つめた。

綾乃はそんな俺に対しにっこり笑うと、腕をからめてきた。

しかも、俺の上腕筋あたりに、頭を持たれかせやがって・・・嬉しいじゃねぇかっ。


「お祖母様、完全に私達を認めて下さいましたよ?桜の頃また一緒に、来て下さいね?」


いや、意味わかんねぇし?


「木島の事まだうまく治めてねぇぞ?治めたら、認めるって言ってたじゃねぇか。」


俺がそう言うと、綾乃はくすり、と笑った。


「それ、お祖母様の照れ隠しです。ああでも言わないと、お祖母様格好がつかないのですよ。そうでなければ、丈治をあの部屋へ通さないで、門前払いでしたよ?」


綾乃の言葉にしばし呆然とした。


「はあ。面倒だな、祖母さんも。回りくどいっつうんだよっ。」


思っている事が口から出た。

すると、俺の腕にぎゅっと、顔をこすりつけた綾乃が。


「本当に、その通りだと思います。格好がつくとか、つかないとか・・・ハッキリ言って面倒です。木島さんのことだって、お祖母様が一言電話で、帰ってきて、と言えば済むんですが・・・格好がつかないから、私達に行ってくれと。本当に面倒くさいです。」


先日綾乃の両親が家へ蟹鍋を食いに来た時、帰り際に綾乃に渡した封筒は、木島からの手紙だった。

それは、謝罪と責任を感じて氷室家の顧問弁護士をやめるという内容だった。

俺としては木島が辞めようが辞めまいがどっちでもいい話なんだが。


「お前の、幼馴染っつってたな・・・。」


「はい・・・小学校に入るまで、氷室の家で物心ついたころから一緒でした。私は両親が忙しいし、ぼんやりとしているのであまり友達もできなくて、いつも1人で。でも、・・きじ・・・タカちゃんが、相手してくれましたから・・・その頃タカちゃんのお父様は、氷室家の運転手をしていて、氷室の敷地内の別棟に住んでいたので。」


「そんで、ガキの頃はあいつと一緒にいたのかよ。」


事情はわかったけど、俺の知らない頃の綾乃を知っているっつうだけで何だかムカつく。


「ええ、でも。私は小学校入学と同時に両親の仕事の関係もあって東京に行く事になり、タカちゃんのお父様は・・・その後病気で亡くなって・・・タカちゃんはお母様と、有馬の方で住む事になって・・・。」


綾乃の言葉がだんだんと小さくなって行った。

何か、事情があるんだな・・・。

ったく、しょうがねぇなぁ。


「で、どうすんだ?とりあえず、上手く治めろって頼まれたんだろ?」


沈んだ綾乃を元気づけるように、少し声を張った。

すると、綾乃は俺の腕から顔を上げて、いいんですか?と聞いてきた。


って、お前・・・その涙目、やめろっ。


胸の動悸を隠すように、俺は慌てて頷いた。

すると、綾乃はタクシーの運転手に行き先の変更を告げた。


「すみません、行き先を変更します。このまま有馬温泉まで高速をつかって行って下さい。」


「はっ?」


温泉?


驚く俺に、綾乃がにっこり笑いながら。


「タカちゃんのお母様が有馬に住んでいらっしゃるので、タカちゃんは今そこにいるのです。有馬温泉までは神戸から、高速を使えば30分くらいで行きます。ちょうど、2泊3日の予定でしたので、せっかくですから温泉に泊まりましょう?」


お、お、お、お、温泉ッ!!


そのワードを聞いた途端。

俺の頭の中で鐘が鳴り響いた。

木島のことで行くのだとは分かっていても。

俺の脳内で、一気にあふれ出す妄想の数々・・・。

何か、息苦しくなってきた・・・。


ど、どうすんだっ!?

有馬に着くまで30分はあんだろ?

俺っ、ど、ど、ど、ど、どうすればいいんだっ!?


考えたあげく。

とりあえず、ティッシュを用意した。

綾乃が不思議そうな目で見るが、しかたがない。

鼻血対策だ。

出てからじゃ遅ぇ。


それから、必死で、山手線の駅名を順番に頭の中で読み上げる。

ガキの頃、終点のない山手線が面白くて、駅名を覚えた。

悪さをして説教を喰らうときなんか聞きたくもねぇから、いつも山手線の駅名を頭の中で読み上げていたのだが。

まさか、大人になってからこういう風に使うなんて、思ってもしなかったが。

とにかく必死で、頭の中で読み上げる。

なのに、そんな俺の苦労もしらねぇで綾乃は・・・。


「母の知人の老舗旅館に予約しますね?そこのお宿は、全室に露天風呂がついているんですー。ふふっ、楽しみですー。」


そう言って、俺の腕に顔をこすりつけやがった。


「!!!」


おいっ、せっかく読み上げていた駅名が・・・日暮里、鴬谷、上野・・・その後はもうっ、

露天風呂しか、思いつかねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!!



これは。

もう。

露天風呂で。

楽しむしかねぇよなぁ?


綾乃・・・


頼むぞ?




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