3、眠
綾乃の両親に挨拶を済ませた日曜日は、横須賀の俺の家に帰ったが。
土曜日に引っ越すまでに綾乃の荷物をまとめてやろうと、月曜からは俺も綾乃の横浜のマンションの方へ泊まった。
まあそれは大義名分で、綾乃と一緒にいたかったからなのだが。
実際、綾乃の荷物は少なかった。
仕事用のスーツ、インナー、靴、鞄等は、仕事と一緒できっちりクローゼットに収まっていたが・・・後の私服はとても少なかった。
聞けば、プライベートは出かけないので必要がなかったし、とにかく買い物も面倒で極力しないそうだ。
散らかるから物も増やさない。
確かに、モデルルームかと思うほど、家には必要最低限の物しかない。
そういえば部屋着も、俺がここへ泊まりに来る時いつも同じだ。
部屋着というより・・・下は、多分高校のジャージに・・上は首が伸びたTシャツ。
どこかでサービスでもらったのだろう・・・ダッサいキャラクターのプリントも薄れている。しかし、本人は全く気にしていないようで。
近所の牛丼屋くらいなら、その格好プラスビーサンで出かけていたそうだ。
って、ありえねぇ!
そういえば、休みの日に俺んちへ来る時も・・・初対面の時にうちの店で買ったジーンズとシャツを着まわしている。
って、真夏だし!
長そで、暑くねぇか?
そう思って聞いたら、冷房が入っている場所が多いから長そでの方がいいらしい。
ということで、週末のキャンプもその着回しだそうだ。
はあ・・・。
綾乃らしいといえば、そうなんだが。
「ダチと出かける事とか、ねぇのかよ?」
「ないです。」
「何で?」
「誘われても断るので、つきあう友達がいなくなりました。それに、私の学生時代の友達はほとんど結婚をしていますし。」
「・・・・・・。」
やっぱ、俺がいないとダメだ。
結局、俺んちに持っていくものといえば。
仕事用のワードロープと。
仕事の資料・・・これは、仕事だけあってきちんと整理されていたので、そのままダンボールに詰めればいいだけのことだし・・・と。
そんなにない、化粧品類と。
そんなにない、下着類・・・。
通販で買っているらしいが、簡素すぎて俺好みじゃねぇ。
あ・・・あと、何故かパーティにでるようなドレス類が結構な数あった。
それに合わせた靴とバッグ。
毛皮のショールや、コート。
コートはロング、ショートがあった。
それも、黒とか茶系、白、グレーとかがあって、計4着。
やっぱ、お嬢様だよな・・・。
だが、私服とのギャップがありすぎる・・・。
色々相談して、東京や横浜で仕事がある時はここに泊まるかもしれないので、少ない私服はきちんと洗濯して此処に置いて行くことにした。
食器類も日常使う道具も。
って、何があってもあの部屋着は持っていかねぇ!
きったねぇ、ビーサンも!
ベッドや家具も俺が揃えるし。
食器類も日常使う道具も、うちにある。
ああ、この際冷蔵庫と洗濯機は最新のものに買い替えるつもりだったから、どんなものがいいか綾乃に意見を聞いたら、任せると案の定言いやがった。
まったく、あいつにはこだわりってもんがホントねぇ。
居心地がいいか、悪いか・・・面倒か、そうでないか、それがあいつの基準だ。
だけどそんな綾乃でも、どうしても持っていきたいと言ったものが2つあった。
それは、ノルマンのピアノと・・・・ぐたぐたの色あせた、デケェぬいぐるみ。
色あせたというより、小汚ぇぬいぐるみだ。
つうか・・・お前、いくつだよ?
はあ・・・いいけどよ。
結局そんなことで、綾乃の荷作りはすぐに終わった。
で、次の日は・・・俺は1人で家具を選びに行って―――
それから・・・。
時間はあっという間に過ぎ、土曜日。
綾乃不在の引っ越しは、思ったより簡単に済んだ。
勿論、シュウ、ノリオ、ヤスオにも手伝わせた。
綾乃の荷物は、ピアノ以外はそんなに大変じゃない。
数もねぇし。
後は、俺が新たにそろえた家具や家電を入れるのに、少々時間がかかったくらいだ。
ノルマンのピアノが家に入ったので、元々あった俺のボロいアップライトピアノは、隣のカフェに置かせてもらうことにした。
カフェで気が向いたらひく事が条件で。
「す、すげーっっ。かっちょいい・・・。」
ノリオがそろえた家具をほめてくれた。
アホっぽい口調で。
だけど、こいつは素直だからな。
「おう、サンキュ。綾乃が持ってきたノルマンのピアノが雰囲気あるからな・・・北欧の家具をそろえたんだ。」
俺がそう言うと、ノリオがノルマンは何かのヒーローかと聞いたから、それはスルーして。
「あー、何か・・・お洒落な綾乃ちゃんに似合いそうなインテリアだよなぁ。」
綾乃のあの恐怖の部屋着を知らないシュウは、勘違い発言をする。
ただ、1人鋭いヤスオは、綾乃のぬいぐるみを見て。
「ジョージ、で・・・この汚ねぇ、デケェの何だよ?」
やっぱ、気になるよな。
真新しいナチュラルベージュのソファーの上に、不釣り合いだもんな・・・。
「あー、そいつか・・・綾乃の相棒なんだと。」
そう答えて、ヤスオを見たら・・・やっぱ微妙な顔をしていた。
勘違い、シュウも。
だけど。
「うわ、か、かかかわいいなー!」
1人テンションがあがるノリオ。
嘘だろ、どこが。
ま、まあ・・・こいつは、バカだから。
と、とりあえず結論付けた。
夜になり。
キャンプで泊まりの綾乃はいない。
久し振りに、1人で寝る夜だ。
何となく手持無沙汰で、ストレートのウイスキーを飲んでから、ベッドに入った。
枕に残るはずの、綾乃の匂いを吸い込むが・・・。
昼間、日に干したせいか、全く匂いが残っていない。
はあ・・・しまった、1日くらい我慢すればよかった。
ダセぇと思いながらも、落ち着かず、とうとう引き出しから綾乃のパジャマを引っ張り出した。
ダメだ!!!
柔軟剤の匂いしかしねぇじゃねぇかっっ!!!
部屋着も、きっちり洗ってあるし。
はぁぁぁ・・・・。
この間、綾乃が俺の腕枕がねぇと眠れねぇっていってたけどよ。
結局は、俺も。
同じかよ・・・。
イライラしてリビングに戻り、ドカリとソファーに乱暴に腰掛けた。
パフッ―――
俺が座った振動で、あのぐだぐだのぬいぐるみが俺の肩にもたれかかってきた。
「・・・・・・。」
何か・・・そのもたれ方が、何となく。
眠い時の甘える綾乃に似ていて。
思わず、ぐたぐたを引き寄せた。
すると。
「・・・・いいもん、あったじゃねぇか。」
ぐたぐたからは、俺の好きな綾乃の匂い。
俺はためらうことなく、ぐたぐたを持って寝室へ向かった。
綾乃が俺の腕枕がねぇと眠れねぇっていってたけどよ。
俺も同じ。
俺も、綾乃の温もりがねぇと、もう。
眠れねぇ――