29、戻
『アサヒヤマンション駐車場、車発見』
と書かれただけの、ヤスオからのメール。
俺はメールを見るなり立ち上がり、そのまま大股で出口へむかった。
アサヒヤマンションは、鎌倉で一番デカイマンションということで、有名だ。
綾乃がそこにいるってことか?
「おいっ、丈治!?」
俺がいきなり部屋を出て行こうとしたからだろう、クソジジイが俺の腕をつかんだ。
俺は、話をする時間も惜しく、クソジジイに携帯を見せた。
「・・・あいつら、オセェよ。やっと、見つけたんだな。おい、丈治。いくぞっ!・・・あ、氷室さんご一家は、ここで待機していただいてもいいですか?」
クソジジイが、そう言って俺を促したが、綾乃の両親と祖母さんに向かっては、同行ではなく此処にいろと言った。
そりゃぁ、そうだ。
今、綾乃を探し回って、出張っているのは神崎組や、繁華街で裏稼業のヤツラばっかだしな。
ヤスオは鎌倉に来た神崎組の連中や『養老軒』の親父らと合流して、捜索に出ていたらしい。
「何を言っとう!あーちゃんの一大事やっ。行くに決まっとうっ!!」
「そうですっ、綾乃の無事な姿を見るまでは・・・っ。」
「丈治君、我々だけ留守番はつらい。早く、綾乃の無事を確認したいんだっ。」
祖母さん、綾乃のお袋さん、親父さんが口々に異論を唱えた。
「いや、でも・・・随分危険だと―――「いや、ご一緒頂きましょう。」
さっきまで木島と挨拶を交わし、名刺交換してしていた森村が、さらりとそう言った。
「丈治、乗れっ!」
グランドヒロセ鎌倉の玄関には、いつの間にかバイクが用意されていた。
クソジジイのケツに乗るのは、甚だ不本意だが。
この場合、バイクの方が早いのは明らかだ。
俺は、ためらうことなくクソジジイの後ろに乗った。
つうか。
クソジジイのバイクのケツに乗るなんて、小学校以来のことだ。
まあ、ガキの頃は何も知らねぇし、クソジジイのバイクの後ろに乗るのが好きで、色々なところへ連れて行ってもらった。
「ジョー、氷室家の皆さんや魚富士は俺がお連れする。アサヒヤマンションだな?」
「ああ、頼むぞ?マツ。」
広瀬のジジイがエンジンをかけるクソジジイに声をかけると、クソジジイも言葉少なに答えた。
素っ気ないようだが、なんとなく、そこには。
信頼関係のようなものが見て取れた。
いつもは名字を呼ぶのに、下の名前を呼んでいる。
無意識だろうな。
「タロー、サンキュウな。」
ふと、森村に話しかけられているタローが目に入り、自然と言葉が出た。
バカだけど、こいつなりに綾乃の事を思って一生懸命動いてくれた。
偶然とはいえ、車に乗っている綾乃達の写真まで撮った。
これは、証拠になる。
俺にはいつもビビっているタローが、俺の言葉を聞いてぶったまげた様子を目の端にとらえながら、バイクが発進した。
「丈治っ!!」
バイクを飛ばしながら、クソジジイが怒鳴った。
だから、俺も怒鳴り返す。
「何だ!?」
「・・・心配すんなっ!!」
「あっ!?」
「綾乃ちゃんは絶対、大丈夫だっ!!」
「・・・・・。」
唇をかみしめた。
ガキの頃は。
何となく。
クソジジイが「大丈夫だ」って言えば、大丈夫な気がしていた。
俺が、熱を出して苦しい時も。
歯が痛くなった時も。
ピアノを習って、初めての発表会の時も。
ノリオが入院した時も。
さみしくて、夜眠れなかった時も―――
・・・・・・・・俺は、クソジジイの腹に回している腕に。
1度。
力をいれた・・・・。
これはガキの頃、バイクに乗った時のサイン。
力を入れるのが、1度なら、イエス。
2度なら、ノー。
グラリと、車体が揺れた。
・・・やっぱ、やりやがった。
これも、サインだ。
蛇行運転は、俺の返事を承諾したという、クソジジイのサインだった。
・・・・・バカ野郎。
いい歳しやがって。
まだ、覚えていやがったか。
ふいに。
目が熱くなり、俺は。
いっそう、強く。
唇をかみしめた。
俺らがアサヒヤマンションに着いた時には、もう綾乃は助け出されていた。
つうか。
男が2人取り押さえられて、囲まれていた。
その、囲んでいる奴らが・・・神崎組や繁華街の連中だから、一見どっちが悪者かわかんねぇけど。
『養老軒』のオヤジが、座り込んだ綾乃に一生懸命話しかけている。
その綾乃を守るように肩を抱いて、一緒に座り込んでいるノリオが目に入った。
顔が、ボコボコに腫れている。
「綾乃っ!!」
バイクが止まる前に、飛び降りた。
あぶねぇだろっ!と、叫ぶクソジジイの声を無視して、綾乃のところへ一目散に駆け寄った。
俺を見て。
綾乃とノリオが泣きそうな、顔になった。
綾乃が、俺の胸に飛び込んできた。
「丈治っ・・・・!!」
ぎゅうぅっ、と抱きつき・・・すすり泣いている。
すげぇ、怖かったんだろう。
「お前・・・無事か?・・・何かされなかったか?」
恐る恐る尋ねると、綾乃は、首を縦に振り。
「わ、私は・・・何もされません・・でしたっ。ノリオ君が、守ってくれて・・・ノリオ君がっ、私をかばうために、な、な、殴られ・・・てっ・・・くぅっ・・・。」
ノリオには悪いが、その言葉で全身の緊張が、ゆるんだ。
「そうかっ・・・よかった!ノリオッ、ありがとうなっ?綾乃を守ってくれてっ!」
泣きじゃくる綾乃を抱きしめながら俺がそう言うと、ノリオはボコボコの顔で嬉しそうにほほ笑んだ。
「あ、あたり前っ。だって、ジョージだって、今まで、お、俺の事・・・いじめるヤツらから、ま、守ってくれたじゃんかっ。ず、ずっと、ジョージは俺の、ヒーローだったしっ。」
「・・・・・・・。」
ノリオがそんな風に思っていたなんて知らなかった。
確かにガキの頃、ノリオはバカで体も弱かったし、行動もトロかったからよくいじめられた。
だけど、ノリオは俺にとっちゃ兄弟のようなもんで。
ノリオをいじめるヤツらを懲らしめるなんて、当たり前のことだったのに。
そんなことに、一々恩なんて感じているんじゃねぇよっ。
だから、お前はバカなんだよっ。
なんとも言えない気持ちになって、戸惑っていたら。
やっぱ、綾乃だ。
怖い思いをして、泣いていたって、俺の胸から顔をあげて。
「ノリオ君だって、ヒーローですっ!!私を守ってくれて、ありがとう。とても、格好よかったです!!」
そんな、殺し文句をかましやがった。
その途端、ノリオは真っ赤な顔になって。
「俺っ、ヒーローになった!!か、格好いい、って!!」
と、神崎組や繁華街の連中に自慢して回りだした。
まあ、あいつらは、ノリオを可愛がっているから、笑顔でノリオによかったなーなんて言ってやっているが。
男2人を紐で縛りあげながら。
だけど。
クソジジイが、縛りあげられた男の髪をつかんで、顔をあげさせたところで、その空気も一変した。
俺も、そいつらをにらみつけた。
そして丁度そこへ、綾乃の両親や祖母さんを乗せた広瀬のジジイのリムジンが、到着した。




