28、顰
森村が出てきたということは、今回の件は厄介な事だと広瀬のジジイや青山のジジイが判断したのだろう。
森村比呂は、世界的に有名な宝石ブランドのダイアモンド・ティアラの表向きは副社長だが、凄腕の交渉人だ。
その腕を買われて、広瀬のジジイのところの、グランドヒロセの常務も兼務している。
ダイアモンド・ティアラは、華道青山流家元青山のジジイの息子の嫁の実家で、その関係で青山のジジイとも懇意だ。
なぜ、俺がこんなに森村を知っているかっつうと。
俺が今の事務所との契約時、新しい仕事をする時、海外でデカい仕事をする時は、いつも森村が間に入ってきたからだ。
広瀬のジジイや青山のジジイの関係からか知らねぇけど、クソジジイとも森村は親しいようで。
いいっつうのに、いつも森村がシャシャリ出てくる。
船津五郎とも随分親しいようで、クソジジイの関係からのほか、船津プロ関係でも何かあると、森村を通すのが常になっている。
まあ、確かに、いろんなところに知り合いがいて、調べ事もあっという間にやっちまうようなルートをもっていて、何となく得体が知れねぇ感じがする。
・・・別にいいんだけどよ・・・ただ、こいつの冷静で敬語口調がいつも癪にさわる。
綾乃の敬語は、可愛いんだけどな・・・。
っつうか、綾乃・・・無事だよな?
冷静でいようと思っているのに、気を抜くと最悪の事態が頭の中を駆け巡る。
必死で、そんな想像を消そうと自然と顔を顰めいたら。
森村が、紙をまたおしつけてきやがった。
何だって言うんだよっ。
俺は、森村の押しつけてきた紙をひったくった。
「なっ!?・・・これっ、どうしたっ!?」
さっきから差し出されていた紙はA4のコピー用紙で。
画像が粗いので携帯から撮ったものだろうか・・・プリントアウトされていたのだが・・・そこに映っていたのは。
ワンボックスカー後部座席に乗っている、綾乃とノリオだった・・・。
ニヤついた若い男も写っていた。
「浜田さんが出している捜索部隊が、一度綾乃さんを連れ去った車を発見した時に、バイク後部座席に乗っていた人がとっさに撮ったそうです。車番からも、まもなく身元も割れると思います。今大急ぎで、そういったことが得意な友人に頼んでいますから。」
コイツ、やっぱ得体が知れねぇ・・・それ、警察の仕事だろ。
どんだけ、知り合いいるんだよ。
突っ込みたいのはやまやまだが、後が面倒くさそうなので、黙っていた。
と、俺が口をつぐんだと同時に。
クソジジイが、別の面倒なことを言ってきた。
「この写メ撮ったやつ、ここへ呼べ。」
呼ばれたヤツを見て、俺はうなだれた。
そいつは、タローっつって。
ノリオの次くれえで頭の悪いヤツ。
しかも、前歯が無い・・・。
つまりはシンナーが原因らしく、もうやっていないって話だけど。
何で、コイツなんだよ・・・。
タローが部屋に入ってきた途端、氷室の祖母さんが顔を顰めた。
はあ、勘弁してくれ・・・。
氷室の祖母さんは、顔をますます顰めていった。
つまり、タローが喋るごとに、ということだが。
「でぇ、トモリンのマシンのケツに乗ってキョロキョロしてたらよー。何か見たことある、ワンボックスが走ってるからよー。とりあえず、激写したんだっ。あ、俺、激写が趣味でぇ。決定的瞬間って言うの?それ、撮るの得意なんだし。この前も、ノリオくんのくしゃみの瞬間を激写してぇ・・・あ、それ見る?保存かけてある―――「ノリオのくしゃみはどうでもいいっ!早く続きを言えっ!!」
ポケットからタローが携帯を取り出したので、慌ててせかした。
つまり、タローは何かっつうと、写メを撮るのが趣味ってことか・・・。
別に先に綾乃達を見つけたわけではなく、たまたま撮ったら中に綾乃が乗っていたということか・・・。
タローは残念そうな顔をしたが、俺の顔を見てすぐに話を続けた。
「・・・で、ワンボックスを激写したんだよ・・・したらっ、トモリンが、中に綾乃ちゃんとノリオ君が乗ってるっつうから、覗きこんだら・・・ワンボックス、スピードあげちゃってー。一気に離されちゃったからー。」
タローの話を我慢強く聞いていたが、限界がきた。
つうか、トモリンって誰だよっ。
「何で、むこうがスピード上げた時に、こっちもスピード上げねぇンだよっ。」
タローに怒鳴った。
こっちは、綾乃を一刻も早く助けだしてぇんだよっ!!
タローは昔から俺が怖ぇらしく、怒鳴り出した俺にちびりそうなくらいビビり、オドオドしやがった。
ああ、面倒癖ぇ。
だけど、珍しい事にクソジジイが助け船を出した。
「こいつは、綾乃ちゃんが心配でイライラしてんだ、タロー気にすんな。全部話してみろ。何で、追いかけなかったんだ?訳があるのか?」
「だって・・・。」
まだビビってんのか、チラリと俺を見る。
「早く言えよっ。」
「お、追いつけないし・・・自転車じゃ・・・。」
「「「はっ!?」」」
俺と、森村と、祖母さんの声がハモった。
クソジジイだけが、ため息をついた。
「つまり、お前が言うところのマシン・・・ってのは、自転車のことか?」
「そう・・・だって、トモリン免許持ってないしー。」
何か、どっと疲れた・・・。
そら、車と自転車だったら無理だろ。
「お前、横須賀から鎌倉まで自転車で移動したのかっ?」
俺の質問にタローが首を横に振る。
「横須賀からはっ、養老軒のおやじさんに頼んで車で乗せてきてもらった。トモリンは家が鎌倉だからっ鎌倉に詳しいと思って・・・マシン出してもらった。」
げ、養老軒のジジイまで出張ってんのかよ・・・。
あんま、氷室の祖母さんには会わせたくねェ・・・。
やっぱ、一般常識ではかけ離れた人間ばっかだもんな、俺の周りは・・・。
そう思って、少し落ち込んだが。
「あの・・・ありがとう・・・そんなに綾乃の事を心配してくれて・・・。」
突然、それまで口を開かなかった綾乃のお袋さんが、タローに話しかけた。
タローはいきなり、綺麗で上品で金持ちそうな綾乃のお袋さんに話しかけられて、あんぐりと口を開けた。
口を閉じろ!
前歯がないのがまる見えだぞっ!
俺は必死で念じた。
「そ、そ、そんなっ。お礼なんてっ。お、俺はただっ。俺みたいなバカにでも綾乃ちゃんは優しくしてくれて、『養老軒』で一緒にラーメン食ったり、勉強教えてくれたり、餃子頼んで、最後の1個誰が食べるか決めるのに一緒になって必死にじゃんけんしたり・・・高校の授業で作った俺のトマトうまい、って食ってくれたり・・・本当に綾乃ちゃんが大好きでっ・・・だから、俺は・・・。」
タローの震える肩をクソジジイがポンと叩いた。
タローはここら辺で一番バカだと言われる高校、湊学園農業科に通っている。
聞けば、そのトモリンとやらもそこの同級生らしい。
何となくわかった。
綾乃の事だから、こいつが可愛くなったんだろう。
クソジジイも、口端を上げてほほ笑んだ。
だけど。
「何、言っとう。こんなコォらとあーちゃんが仲ようするはずない。」
冷めた、祖母さんの声に、俺は顔を顰めた。
そんな時。
「遅くなりましたっ。」
そう言って、木島が急いだ様子で、俺達の部屋に入ってきた。
今度は、クソジジイが顔を顰めた。




