26、親
「冗談じゃねぇ、今更話すことなんかねぇっ。」
精一杯の強がりだってわかってたけど、クソジジイをそう突っぱねた。
だけど。
「丈治がそんな弱虫だったなんて、思いませんでした。私の大好きな丈治は弱虫じゃないはずです。」
綾乃が静かな声で、そんなこと言いやがるから。
店から出られなくなっちまって。
そんな俺を見てゲラゲラ笑うクソジジイを、思いっきり睨みつけるのが関の山で。
仕方がなくため息をつき、俺は奥の座敷に向かった。
だけど。
「・・・おい、俺1人で行くのか?お前は何で来ねぇんだよ」
俺の後についてこねぇでカウンターに腰を下ろす綾乃に、俺は不満の声を漏らした。
綾乃はそんな俺の不満なんか気にもしねぇで、にっこりと笑いやがった。
そして。
「2人で話してください。私がいると気になって、丈治は素直になれませんから。」
なんて生意気な事を言いやがった。
「「ぶっ・・・。」」
途端に、クソジジイとシュウが噴き出しやがった。
俺は舌打ちをすると、綾乃に飯は後で一緒に食うから待ってろとそう言いすてて、奥の座敷に入った。
座敷に入り、障子を閉めると。
クソジジイが、タバコを咥えた。
だけど、咥えただけで火は着けずにカチカチとライターを鳴らしているだけだった。
つまり、まあ。
何から話すか、考えているんだろうが。
俺も暫く考えたが、頭に浮かぶのは、やっぱ。
綾乃で。
綾乃を中心に考えたら、自然とクソジジイに伝えるべき事が、頭に浮かんだ。
柄じゃねぇけど?
「・・・あんたに、文句は色々あるし。お世辞にもいい環境だったなんて言えねぇ。ガキの頃・・・ずっと早く大人になりてぇって思っていたくらい、最悪な状況だったからな。」
まあ、今更。
こんなこと、ぶーたれても仕方がねぇんだけどよ。
「ああ・・・俺の、所為だ。」
クソジジイが頷く。
やっと、と言う感じで絞り出した声だった。
ずっと、俺が思っていたこと。
それから、綾乃と出会って思ったこと。
俺がこの街に対する感情と、綾乃のこの街に対する気持ち。
そして、今・・・俺が――
「俺は。自分の母親の事を愛していない男の子供、っていう自分の状況がずっと嫌だった。母ちゃんを愛していないなら、俺にも冷く当たればいいのによ、あんたは俺を手放しで可愛がるから、母ちゃんも期待しちまったんだ。だから・・・しまいには母ちゃんは俺の事を、あんたを繋ぎとめるための道具だと思ってんじゃねぇかって、そんな情けねぇことまで考えちまって、ずっと生まれてこなければよかったって思ってた。」
淡々と語る俺の言葉に、驚いたようにクソジジイが俺を見た。
確かに、綾乃の前ではこんな情けねぇこと言えねぇな。
「丈治・・・。」
クソジジイが顔を歪めて、弱々しく俺の名前を呼んだ。
名まえを呼ばれたのなんて、何年振りだろうか。
・・・そうだ、母ちゃんが死んだ時以来だ。
俺が、名まえを呼ぶなって、あの時腹が立って言ったんだった。
俺は、大きくため息をつくと。
クソジジイを睨むように、見つめた。
「だけど、今は。生まれてきてよかったと、心から思っている。綾乃と出会えたからな。」
昨日、ベッドの中で綾乃は。
俺を胸に抱きながら、俺が知らなかった事をポツリポツリと話し出したのだった。
「実は、丈治が私の両親に結婚の話をする前に・・・浜パパが、私の両親と会っていたのです。」
俺は信じられない気持だった。
聞けば、綾乃の親父さんは前日に日本に戻っていて、おふくろさんと一緒にグランドヒロセ銀座に一泊していた。
そこで、クソジジイは親父さんとおふくろさんに、自分の過去を洗いざらい話し、俺のいいところを話し・・・もし、自分の事で結婚を反対するのなら、自分は縁を切って2度と関わらないと言ったそうだ。
その時、広瀬のジジイと戸田のジジイ、青山のジジイも同席していて、クソジジイの起こした事件の説明も、ジジイたちがしたのだという・・・。
俺は、何とも言えない気持ちになった。
「浜パパは勿論ですが、広瀬さんも青山さんも戸田さんも・・・皆さん、丈治の事を本当に思って下さっているのです。環境が悪いって、丈治はよく言いますが・・・こんなに丈治の事を思って下さる方や、友達に囲まれて育ったんじゃないですか・・・丈治が言うところの環境のいい場所で育った私には、そんな風に思ってくれる人は・・・あまりいなかったです・・・先日グランドヒロセ銀座で会った氷室のお祖母様も・・・可愛がって下さいましたが・・・私の気持ちより、世間体に重きを置いていましたから。別に、それがいけないのではなくて、考え方の違いなので・・・間違ってはいないのですが。でも、私が求めるものは違うのです。私が本当に望む事は・・・丈治なら、わかりますよね?」
そんな事を、綾乃は語っていた。
何となく。
その言葉は俺の心に、染み込んで行った・・・。
「だけど、今は。生まれてきてよかったと、思っている。綾乃と出会えたからな。」
クソジジイは、その俺の言葉に肩を震わせた。
「・・・・・。」
「綾乃と出会って、俺が生まれてきた意味が分かった。だから――」
俺は、クソジジイを正面から見据えた。
「・・・・・。」
「だから、あんたには・・・感謝している・・・一応。」
「・・・・っ・・・お、れの方こそ・・・捨て子で肉親がいない俺に・・・俺の、息子に生まれてきてくれ・・・・て・・・・感謝、して・・・っ。」
クソジジイの涙を初めて見た。
とっさに俯き。
両手で顔を覆うと、くぐもった嗚咽が聞こえた。
ずっと、反発してきたが。
ガキの頃、母ちゃんが酒に酔って起きてこない時は、よく飯を作ってくれた。
洋服や、身の回りのものはほとんど買ってくれた。
病気になった時も、母ちゃんは相変わらず飲んだくれていたから。
仕事を休んで、看病をしてくれた。
そんな事がふいに思い出されて、喉の奥が熱くなった。
やべぇ。
こんなダセェ所、綾乃には見せらんねぇ。
グッとこみ上げるものを、必死で飲み込んだ。
と、その時。
突然、障子が凄い勢いで開いた。
「大変だっ!丈治っっ!!綾乃ちゃんがっ、さ、攫われたっ!!」
シュウの叫び声に、一瞬何が起こったのか、俺は理解できなかった――
綾乃が、攫われた?




