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22、樽

すんげぇ、ムカつく。


夕方、早い時間に綾乃のリクエスト通り、シーフードカレーを作ってやって。

旨い、旨いと、綾乃はご機嫌で食った後、『TOP OF YOKOSUKA』に飲みに行こうと言い出した。


「あ?何で、正月からあんな店行かなきゃなんねぇンだよ?つうか、クソジジイと約束したのかっ!?」


ギロリと、綾乃を睨んだ。

とてつもなく面倒くさがりの綾乃が、約束でもしてねぇと出かけるなんて言うはずがない。


綾乃は本当に分かりやすい。

綾乃の基本は、シンプルだ。

面倒かそうでないか。

心地いいか、そうでないか。

人として、間違っているか、間違っていないか。

特に、綾乃は『品格』にこだわる。

それは、一般的な『品の良さ』を言っているわけではなく、綾乃なりの定義があるようで。

よく、わかんねぇけど。

でも何故か、綾乃の中でそれは、一本ピシッと線引きされている。

見た目、絶対に品なんてねぇだろと誰もが思うであろう『魚富士』のババアやノリオ、『養老軒』のオヤジは、どうやら綾乃にとっては『品格』があるらしく。

昨日会った綾乃の親戚たちには『品格』がないと思っているらしい。

何となく・・・わかるような、わからないような・・・俺にとってはそんな感じだ。



「実は・・・今日の夜にグランドヒロセ横須賀で鏡開きがあるそうで、樽酒が振舞われるから、よかったら飲みにおいでと昨日メールを頂いたので・・・。」


「ああっ!?何でっ、あいつがお前のアドレス知ってんだよっ。」


ムカつく!

綾乃はクソジジイに滅茶苦茶懐いている。

魚富士のババアにも懐いているが、実際は。

俺がいない時綾乃は、多分クソジジイを一番頼りにしてんだろう。

何故か、クソジジイも綾乃を信じられない程可愛がっている。

大体、あの鬼畜野郎が女に笑顔で蟹をむいてやるとか、ありえねぇしっ。

つうか、綾乃に手ぇかけ過ぎだろうっ!

俺は亭主だから、どんだけ甘えさせてもいいんだけどよっ。


それに、鬼門だぞ、俺には。

あっちの方角!


そう思ったんだけども。

よく考えてみた。


「・・・・・・・。」


いや、今日は・・・もしかしたら、外出した方がいいかもしれねぇな?


「丈治?」


いきなり黙りこんだ俺に、綾乃が不思議そうに声をかける。


「・・・まあ、条件次第では、行ってやってもいいぞ。」


「本当ですかっ。」


「ああ、条件をお前が飲んだらな?」


「えーと・・・どんなことですか?」


「まず、せっかく出かけんだから、デートしようぜ。お前、ちゃんとお洒落しろ。それから、携帯は置いて行け。せっかくだから、休みの間くれぇ、電話にふりまわされない生活しようぜ!」


よし、言った!

これは、孝ってやつから綾乃を遠ざける作戦だけど・・・。


綾乃は、よくわからない顔で頷いた。

でもすぐに綾乃は笑顔になり。


「それでは、丈治もお洒落して下さいね・・・私、実は・・・丈治のスーツ姿、む・・胸板が厚く逞しくて・・・・・・好きなのです。」


綾乃が頬を染めて、そんな事を言いやがった。


「・・・・・・。」


お前・・・・そんなこと、言って、俺をどうする気だよっ!?

か、可愛すぎるだろっ!!

しかもっ、またスリスリしやがって!!


グッ、と下半身に力を入れる。


「・・・じゃあ、早く用意しようぜ?お前、このままだとベッド直行だぞ?」


そう言うと、綾乃は首を傾げた。


「・・・眠いのですか?」


はあ、何でこの状況で眠いって考えるんだよっ。

俺はため息をつくと、早く用意しろと綾乃をせかした。




俺は去年NYで買った、シンプルな黒のスーツを着た。

若手のデザイナーのものだが、シルエット重視のかなりスタイリッシュなものだ。

ベストもついている。

シャツも同じデザイナーのもので、合わせて買った白のシャツ。

シンプルだが、カフスの部分がお洒落だ。

ノーネクタイだが、カフスはつけた。


綾乃は、俺がこの間ロンドンへ行った時に土産に買ってやった白のミニのワンピース。

モール生地で温かそうな、ウエストラインがなくストンとしたデザインだ。

生地にラメが織り込んであり、華やかな感じだ。

胸元にはパールのデコレイトがあり可愛らしい。

ブーツを合わせるともっと、似合うはずだ。






案の定、グランドヒロセ横須賀に入ると、綾乃は男どもの視線を集中させた。

優越感と、嫉妬心、両方がわき上がる。

だけど。


「私、開けたての樽酒って初めてなんですー。木の香りがして、凄く美味しいでしょうね、きっと。ふふっ、楽しみですー。」


俺の手を握りしめながら、ワクワクした表情で綾乃がそう言った。


こいつ・・・旨い酒を飲む事しか、頭にねぇな。

俺は、綾乃らしいと、苦笑しながら綾乃のコートを脱がせた。


「コート預けてくるから待ってろ。」


俺は綾乃にそう言うと、クロークへ向かった。

後から考えれば、一緒にクロークまで行けば良かったんだが。




ロビーはごったがえしていた。

どうやら、ロビーで鏡開きをするらしい。


だけど、今日は3日だぞ?

何で元旦にやらねぇんだよ。

そう思ったが、商工会議所のやつらと話をしている広瀬のジジイの顔を遠目に見て、なるほどと納得した。

客の顔をみると、地元の人間が7割くらいだ。

つまり、今日は。

グランドヒロセ横須賀と、地元の連中の新年会っつうことだ。

グランドヒロセは世界各地に展開する、超一流ホテルだ。

だから、社長である広瀬のジジイが、こんな所に正月からいる事が普通じゃ考えられねぇんだけど。

だけど、だ。

詳しくはしらねぇが。

ここは、広瀬のジジイの特別な場所らしく・・・いや、あいつらもそうだ。

青山のジジイと戸田のジジイも。

そして、クソジジイにとっても――

だから、広瀬のジジイは時間ができると、いつもこのホテルに居る。

クソジジイが、『TOP OF YOKOSUKA』の支配人で居続ける意味も、そこらへんにあるんだろうけど・・・まあ、関係ねぇし。


そんな事を考えていたら、広瀬のジジイと目が合った。


げ。


意味深に笑って、こっちへやってくる。


「おー、丈治。久し振りだなー。おめでとう、結婚したんだってな?」


ニヤニヤしながら、声をかけてきた。

広瀬のジジイは、クソジジイとマブらしく。

俺がガキの頃から何かっつうと、やけに俺に絡んでくる。


絡む、っつうか。

・・・まあ、ガキの頃は結構面倒をかけたかもしんねぇ。

母ちゃんが死んでから、ちょいと悪さをして、補導された時なんかは。

クソジジイの代わりに、よく広瀬のジジイが警察まで俺を迎えに来た。

広瀬のジジイがいないときは、戸田のジジイだ。

青山のジジイってこともあったな。

クソジジイは前科まえがあるから、警察を避けていたし。

まあ、ジジイどもとはそんな仲だ。



「・・・クソジジイが言ったのか?」


俺が眉間にシワを寄せ、そう聞くと。

広瀬のジジイは、クスリと笑いやがった。


「あー、ジョーにも聞いたが・・・それより、戸田だ。あいつがお前の嫁さん可愛い、ってうるさくてなー。あ、青山もそんなこと言ってたな。何だよ、俺だけ会わせてもらってないぞ。早く会わせろ。せっかく樽酒用意したんだぞ?」


「あ?何だと?」


何か、今。

聞き逃せないこと、ジジイが言ったよな?

俺の問いに、広瀬のジジイがニヤリと笑う。


「いやな、ジョーに聞いたんだけど。お前の嫁さんは、あんまり外出好きじゃないらしいな?普通に誘っても断られそうだし。で、日本酒に目がないって聞いたから、樽酒用意したんだ。もちろん、辛口だぞ?」


大きな、ため息が出た。

地元云々は、外れだった。

単に、綾乃に会いたいがための、鏡開きかよっ!


樽酒、3樽・・・結構するだろ。

まったく、金持ってやつは・・・。

無言であきれ返っている俺に、広瀬のジジイはさらに図々しい事を言い出した。


「そうだ、ロビーにグランドピアノ出したから、お前今日ピアノ弾けよ。」


「あぁっ?何勝手な事言ってんだよっ。事務所も通していないし、無理にきまってんだろうが。」


「あー、ケイタには話してある。ちなみに報酬は現金じゃないからな。それも、了承済だ。」


「はっ!?」


とんでもない事を言い出した。


「そんな驚くな。報酬って言うのは、お前の結婚式と披露宴、ここでやらせてやるってことだ。勿論タダで、だ。」


「・・・・・・・。」


突然話が大きくなったが、多分これ。

絶対に仕組んだんだろうな・・・。

事務所参加で。


帰りてぇけど。

樽酒飲む気満々の綾乃は、帰りたくないだろうし・・・。


俺は、もう一度大きくため息をついた――




俺は、自分でも自覚しているが。

独占欲がかなり強ぇ。

いや、強いというよりも。

こと、綾乃に関しては、独占欲の塊だと思う。


渋々広瀬のジジイに演奏することを了承し、コートをクロークに預け、綾乃の所へ戻ろうとしたが。

7メートルくらい向こうで、細身のスーツの男と綾乃が笑顔で話しているのを見て、足が止まった。

綾乃の傍に男がいることにも腹が立つが。

それよりも綾乃の笑顔だ。

あれは――


「おっ、嫁さんか?他の男と楽しそうに話てんなー。丈治、いいのかー?」


綾乃を紹介しろとしつこく着いてきた広瀬のジジイが、からかうように俺にそう言った。


ムカつく。

いいわけねぇだろっ!


大股で俺は綾乃の所へ行った。


「綾乃。」


いつも綾乃に話す声のトーンではなく、かなり低い尖った口調になったのは仕方がねぇ。

後ろでクスクス聞こえる笑い声に、一瞬、広瀬のジジイの首を絞めてやろうかと思ったが。

そんな事よりも、綾乃だ。


「あ、丈治。コートありがとうございました。もうすぐ、鏡開きするんですって!!ふふっ、楽しみですー。」


まあ、笑顔の綾乃だったが、俺を見た途端もっと笑顔になったのは、よし、としてやる。

それに、この笑顔は樽酒のためではなく、あくまで俺に向けた笑顔だ。

絶対に!・・・と、自分に言い聞かせる。

だけど。


「あーちゃん?こちらは・・・。」


視界から消していた、男が綾乃に話しかけてきやがった。

しかも。


「あーちゃん、だと?」


人の嫁をつかまえて、馴れ馴れしいんだよっ。

ギロリ、と睨むが。


「あ、丈治。こちらは、木島孝さんといって、私の幼馴染なんです。」


「・・・・・・。」


今・・・孝、っつったか?

嫌な予感がして、男をしっかりと見た。

上質なスーツをきっちりと着こなして、トレンドっぽく黒ぶちの眼鏡をかけてやがる。

俺より低い身長だが、175位はあるだろう。

細身で、まあそこそこのイケメン。

シュッ、としたイケメンっつうことで、綾乃のストライクゾーンか?

しかも幼馴染ってことは、綾乃をよく知っているってことだよな。

デートの誘いだったってことは、今までもデートとかしたのかよっ!?

俺とはロクにデートなんかしねぇじゃねぇかっ。

そうイラついていたら。


「タカちゃん、私のしゅ、主人です。半年くらい前に結婚したんです。」


そう言って、綾乃が俺の腕に自分の腕をからめた。

一瞬、綾乃の胸が俺の腕にあたり、めまいがしそうになったが。

我に返る。


「タカ、ちゃん、だと?」


馴れ馴れしい呼び方に、再度イラッとくる。

だけど、そんなことはお構いなしで、木島は慇懃無礼に自己紹介を始めた。


「木島孝です。あーちゃんとは、あーちゃんが小学校へ入るまで芦屋の氷室の本宅で、一緒に育ちました・・・今は、氷室家の顧問弁護士です。」


何だと?

っつうことは・・・。


「え、そうなのですか?タカちゃんが弁護士になったのは知っていましたが・・・本宅の顧問弁護士だなんて、知りませんでした。では、ここへ見えたのは・・・。」


綾乃も同じ事を思っているらしい。

綾乃の言葉に、木島が口を開きかけたが。


「おい、そろそろ鏡開きすっから。丈治、ピアノ弾く準備しろ。」


眉をひそめた綾乃の表情が、広瀬のジジイの言葉で一変した。


「ええっ、丈治!ピアノ弾くのですか?うわ・・・嬉しいです!!」


ふ、こいつ・・・俺のピアノ本当に好きだよな。

まあ、この顔を見られただけでもいいか。


そう思い、俺は頷いて綾乃の頭をクシャリと撫でると、広瀬のジジイを振り返った。


「綾乃だ。俺の嫁さん。ジジイ、手ぇだすなよっ?」


そうそっけなく言うと、広瀬のジジイが噴き出した。


「もう、丈治!失礼じゃないですか?紹介して下さい!どちら様ですか?」


「あ?これか?広瀬のジジイだ。クソジジイのダチ。エロジジイだからな。気をつけろ、綾乃。」


そう言うと、広瀬のジジイは腹を抱えて笑いだした。

木島は広瀬という名字で、ここの社長だと気がついたようだが。

綾乃は、気づいちゃいねぇ。

だけど、やっぱ、綾乃で。


「はじめまして、綾乃です・・・丈治が、こんな風な態度をとるということは、大変お世話になっているんですね?これからも、どうぞよろしくお願いします。」


そんな事を、笑顔で言いやがった。


「お、おい・・・滅茶苦茶いいコじゃねぇか。」


広瀬のジジイが、耳打ちしてきやがった。


ウゼェ。


俺は舌打ちをすると、仕方がなくジャケットを脱いで綾乃に渡すとピアノに向かった。




まもなくして、樽酒がふるまわれ、広瀬のジジイが乾杯の掛け声をし・・・っていつの間にかノリオとヤスオが来ていて、綾乃は一緒に旨そうに桝を傾けていた。


そして、満面の笑みの綾乃を見ながら、今日できたての曲を俺は弾き出した。

あの、笑顔を想いながら作った曲だ。




数曲を弾いて、拍手をもらい立ち上がった。

綾乃のところへ戻ると、笑顔で迎えてくれた。


「丈治!素敵でした!最初の曲って、私初めてきくのですが?」


「ああ、今日昼間できたばっかの曲だ。」


そう言った後、綾乃の耳元で、お前を想って作ったんだ、とささやいてやった。

途端に、綾乃が赤面する。


くっ。

可愛いじゃねぇか!!


綾乃の可愛さに、思わず心の中で悶絶する。

だけど。



カクッ――


突然、膝が、ガクン、と崩れそうになった。


振り返ると。

ゴツイ、ムカつく下品な顔。


「もー、丈治ぃ、正月早々イチャコラしてんなよぉ!」


はあ。

60過ぎたジジイが、膝カックンなんてすんなよ。


戸田のジジイだ。

青山のジジイもいやがる。

2人とも、羽織袴姿で、ゲラゲラ笑ってやがる。


この姿ってことは。

青山流華道展、新春会の最中じゃねぇのか?


聞けば、明日まで開催で、今日閉場時間とともにダッシュで出て来たんだと。


何やってんだよ。

仮にも、流派の家元と、幹部だろ?

あきれ返って物も言えない。


ギロリ、と睨むと。


「おー、丈治、そう睨むなよぉ。松が綾乃ちゃんを紹介してもらって、一緒に今日飲むっつうから、俺らも出し抜かれちゃたまんねぇだろっ。だからぁ、会場の方は、菊弥にまかせて、ぶっ飛ばしてきたんだからよぉ。」


「うるせぇよ、もう、帰るし。」


限りなく面倒で、俺はそう言うと綾乃に帰るぞと言った。

だけど。


「綾乃ちゃーん、まだ樽酒が結構残ってんだよ。このまま『TOP OF YOKOSUKA』に移動してのまねぇか?」


広瀬のジジイが飛んでもねぇことを言いやがった。


はあ・・・。


案の定、酒につられた綾乃。


ガックリ、として。

俺はエロジジイ3人に拘束されるように、綾乃とエレベーターの方へ歩きだした。



が、その時。


「すみませんが、私もご一緒したいのですが。あーちゃんに、今日は話があるんだ。」


木島孝が、感情のない声でそう言った。





浜田ジョー、広瀬、青山、戸田の関係性は『TOP OF YOKOSUKA』というお話を読んでいただけるとわかります。また、次章の内容も『TOP OF YOKOSUKA』で事情がわかります。ただし、『TOP OF YOKOSUKA』は、ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお勧めしません。『TOP OF YOKOSUKA』を読まれなくても、話はつながります。

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