20、麺
まったく、どんだけ家が好きなんだよと、突っ込みたくなるほどだ。
グランドヒロセ銀座の部屋をとったのはいいが、結局泊まらずに帰ってきた。
つまり、ご休憩っつうやつで。
ラブホじゃねぇんだからよ。
泊まろうと誘っても、家に帰りたいと言いやがるからしかたなく帰ってきた。
まあ?
ヤることはやったけどもよ。
俺が運転する帰りの車の助手席で、直ぐに爆睡する程綾乃も満足だったようだし?
18時頃、自宅に着いた。
さすがに、これから晩飯作るのも面倒で。
「何か、食いにいくか?」
そう言うと、綾乃が嬉しそうに頷いて。
「じゃあ、駅裏の『養老軒』で餃子とラーメン食べたいです!」
「・・・・・。」
何が悲しくて、正月からあんな・・・・汚ねぇ店で、飯食わなきゃなんねぇんだよっ。
しかも、あそこのオヤジ、元ホンショクで小指ねぇぞ?
その所為か、現役の奴らの出入りも多いし。
どう見ても3Kだろ?
汚ねぇ(店)、キツイ(オヤジの顔面)、危険(客層)・・・。
綾乃が行くような店じゃねぇだろ?
俺は・・・・あの店、普段は絶対に行かねえし、近づかねぇ。
って、あれ?
「何で綾乃、『養老軒』を知ってんだ?」
「ああ、この間丈治がNYへ行っていた時に、ノリオ君に連れて行ってもらったんです。」
あの野郎・・・。
何で、よりにもよってあの店に綾乃連れて行くんだよっ!!
まあ。
ノリオと一緒なら、この界隈でも安全だけどな。
ノリオはバカだけど。
何故か、此処のやつらはノリオをバカにしない。
そればかりか、皆ノリオが好きだ。
しかも、何故か。
ノリオが店に入ると、その店の客入りが滅茶苦茶良くなる。
だから、ノリオはどこへいっても、大歓迎だ。
綾乃の事だ。
ノリオに連れられて上機嫌で、ラーメン食ったんだろう。
目に見えるようだ。
綾乃は不思議だ。
信じられねぇくらい、育ちがいいのに。
何故、こんな環境の悪い所を好むのだろうか。
俺からしたら、こんな腐った環境、反吐が出るくらい昔からムカついていたのによ・・・。
「おじさん、私もやしラーメンと餃子をお願いします!あ、紅ショウガ多めで!!・・・丈治は何にします?」
うちの店で見繕ってやったジーンズとセーター、ダウンに着替えて、リラックスした・・・いや、いつものボーっとしたオフの綾乃が、嬉しそうに『養老軒』のオヤジに注文した。
「おー・・・じゃぁ、チャーシュー麺と餃子と・・・五目チャーハン。あと、ビールな。コップ2つ。」
「ビール!!うふふっ・・・五目チャーハンも、いいですねー・・・あ、私にも一口、くださいね?」
ホント不思議なやつだ・・・こんなクソ汚ねぇ店で、なんでそんなにテンションあがるんだよ。
俺がじっと綾乃を見ると。
綾乃が不思議そうな顔で、ん?と俺を見た。
って。
その顔、可愛すぎだろっ!
カウンターで隣同士に座っているから、慌てて横をむく。
だけど。
ピト――
「・・・・・・・・。」
はあ。
またやってくれた。
俺の腿に。
綾乃の腿を。
くっつけやがった――!!!
しかも。
パフッ――
顔をまた、俺の上腕部に押し付けやがった――!!!
俺の心臓がバクバク音を立てる。
結婚してもうすぐ半年になるってのに、こんなことをされる度に、堪んなくなるのは。
綾乃は、気づいてねぇよな・・・。
「ビール、ここ置くぜ。」
ドスの聞いた声がしたと思ったら、目の前に栓が抜かれたビンビールと、コップ2つが差し出され、一瞬目が合った。
綾乃がその声にはじかれたように顔を上げると、照れくさそうにほほ笑んだ。
「おじさん、ありがとうございます。」
「・・・おう。」
何だ?
この強面のオヤジが、顔を赤くしてる?
しかも、目を細めて・・・・ゲッ!!
これって、もしかして。
わ、
わ、
笑ってんのかっ!?
俺が、目の前の恐ろしい光景を到底信じられない状態で固まっていたら。
「てめっ、やんのかっ!?ゴラァッ!!」
「ああっ!?」
俺らの背後で怒鳴り声がした。
・・・と思ったら、椅子の倒れる音が続く。
振り返ると、チンピラとピンサロのポン引き。
どっちも、どっちだ。
だけど、綾乃がいる。
こんな場面、ビビるよな・・・って、え?
旨そうに、ビール飲んでやがる。
怖くないのか?
綾乃の反応に驚いている俺を、綾乃が見た。
「いいですねー、言いたいこと言い合える仲って。」
「は?」
綾乃の、トンチンカンな答えに返す言葉がない。
オヤジは噴き出した。
喧嘩を始めた2人も、綾乃の言葉にギョッとしている。
「あれ?綾乃さん?」
「本当だ、今晩はー。」
えっ、何でこいつらが綾乃を知ってるんだ?
聞けば、俺が海外に行っている間に、クソジジィが綾乃を繁華街につれだし、皆に顔を覚えさせたらしい。
それで、この界隈はガラが悪いのにもかかわらず、綾乃に誰も絡まないんだな。
「意見交換もいいですけど・・・ラーメン、伸びちゃいますよ?」
そう綾乃が言った途端。
2人が席に座り、凄い勢いで食べ始めた。
何だ、これ・・・。
注文したものが来て。
旨い、旨いと、夢中で食う綾乃に、店のオヤジがクスリと笑った。
そして。
「ジョージ。いい嫁さんもらったな・・・よかったな。」
「・・・・・・・おう。」
あんなに・・・。
あんなに、嫌だと思っていた店のオヤジの笑顔が、母ちゃんの笑顔とダブって見えて。
今のオヤジの言葉がまるで、母ちゃんの言葉みたいに聞こえて。
何かが、胸を押し上げるような感覚が急に襲ってきて―――
俺は慌てて、ビールをあおった。
そんな俺に、しみじみと綾乃が言った。
「やっぱり、丈治とおじさん・・・似てますよねぇ。お母さんのお兄さんですものね。」




