表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/49

13、食

いつもありがとうございます。この後0時にキリが良いので2話続けて投稿いたします。よろしくお願いいたします。

無意識に手を横に伸ばしたが、綾乃はいなかった。

シーツに温もりは、残っていねぇし。

ゆっくりと開けた目に、明るすぎる日差しが差し込み、思わずまたきつく目を閉じた。


12月に入り、綾乃は受験シーズン真っただ中で。

早朝から真夜中まで仕事だ。

最近、ろくに顔を見てねぇ気がする。

俺も、1週間後の東洋テレビの開局60周年のオープニングセレモニーのリハで、このところ忙しい。

完全にすれ違いだ。

今日だって、帰宅したのは朝方5時だったし。


グタグタを抱いて寝る綾乃にムラッときたが、疲れている綾乃を少しでも寝かせてやりたくて我慢したし。

はっきり言って、綾乃不足でイライラしている。

時計を見ると9時。


はあ。

あんま寝てねぇし。

だけど・・・。


俺は、思い切ってグタグタから手を離し、起き上った。





11時。

俺は東條チャイルドアカデミースクール鎌倉校へやってきた。


今日の俺のスケジュールは、深夜からリハが入っているだけだ。

東洋テレビ局の玄関を使ってのセレモニーもあるので、業務時間外にリハを入れているからだ。


本当はゆっくり休んだ方がいいのかもしれねぇんだが。

それよりも、綾乃不足でイライラがとまんねぇ。

それに、綾乃の食生活も気になるしなぁ。



受付に行くと事務の女が、俺の顔を覚えていたようで。


「こんにちは・・・あの、氷室校長は今授業中なんですが・・・。」


申し訳なさそうに、そう言った。


だよな、まだ昼前だしな。

だけど、顔が見てぇ・・・もう、限界がきている。


「見学とか・・・無理ですか?」


そう言うと、事務の女は少し考えてから、どこかへ内線電話をかけた。


少し話した後OKが出たようで、綾乃のいる教室へ案内された。

そして、教室の前に着いたところで、突然教室の中から扉が開いて綾乃が出てきた。


「あー、すごくタイミングがいいです!!丈治、助かりました。ちょっと手伝ってください!!」



結局、伴奏係をさせられ。

まあ、ガキどもが、楽しそうに歌ってるからいいんだけどよ。


って、そんなことより。

綾乃、痩せたよな・・・。

授業をしている綾乃の頬は、げっそり、コケていた。

俺が今朝寝る前に用意したサンドイッチも半分しか食ってなかったしな。

小さくため息をついて、やっぱり今日来てよかったと思った。



塾は追いこみの特別授業で、土曜日の今日は『入試直前集中対策講座』と銘うって、9時半~11時半、13時~16時までの特別クラスになっていた。

もちろん、昼食用の弁当持参だ。

弁当の時だけ、親が一緒に教室で食べる。

ガキの体力を考えてだろう、昼飯込で1時間半の休憩をとっている。



午前中の授業が終わり、教室に保護者が弁当をもって入ってきた。

大体、両親そろって来ている。

そして、俺を見て驚いている。


「紺野丈治さんですよね?前にリトミックをして下さった・・・今日の授業も紺野さんが参加してくださったのですか?」


興奮した母親が質問をしてきた。

結構30代の女のファンも多いんだよな・・・。


質問に答えようと口を開きかけたが。


「はい、実は。紺野は、私の主人です。一昨日、逗子学園小学校の試験に歌の課題が出たようで、もしかしたら他の学校もその傾向があるかと思いまして、急遽歌を本日のカリキュラムに導入しました。ですが、講師の中でピアノを弾くのが私だけで・・・ピアノを弾きながらですと授業を進めにくくて。そこへ丁度主人がきたので、伴奏をしてもらったのです。」


俺が旦那だという綾乃の説明を聞いて、保護者からどよめきの声が漏れた。

なんだ、俺の事言ってなかったのか。


ガキどもも意味がわかったらしく、興奮している。

興味津々だな。


それに、綾乃も気がついたみたいで、困った顔をした後。


「私の事はいいので、子供さんにお昼を食べさせてあげて下さい。休み時間にしっかり食べさせて休憩をとらないと、午後からの授業に集中できませんから。」


そう言った。

だけど。


「じゃあ、氷室先生も、お弁当一緒に食べようよー。」


ガキがそんなことを言い出した。

保護者も同じように勧めだしたが、綾乃は困った顔をした。


「あー、お昼持ってきていないので・・・。」


何だと?もしかして、今日は昼メシ抜きにするつもりだったのか?

このところ東洋テレビの仕事で忙しく、俺は弁当を綾乃に作っていなかった。

つうか、俺が帰るのが遅くて綾乃が出社するのが早いから、綾乃に当分は作らなくていいと釘をさされていたのだ。


だけど。

よかった。


「弁当ならあるぞ。ここへは、お前に弁当届けにきたんだ。・・・とってくる、待ってろ。」


いや、弁当を届けるという大義名分で、顔を見に来たのが本音だけど。


俺の言葉に冷やかしのようなガキどもの声が響く。

綾乃は顔が真っ赤だった。




教室にもどると。

それぞれ家族が遠足のように、弁当を広げていた。


いや、ただの遠足じゃねぇ。

やっぱすげぇな・・・。

皆、競うように豪華弁当だ。


つうか、仕出し?

すげぇ、懐石膳・・・配達が来たのか?


げ、こっちは・・・おいっ、高級レストラン『キッチンオニオン』のステーキ弁当じゃねぇか。


あ、あっちは五段重ねのお重だ・・・包んであった風呂敷に、『料亭きたむら』の店名・・・。

『料亭きたむら』は、北鎌倉にあるつつじで有名な一流料亭じゃねぇか。


なんだよ、これ・・・。

しかも、こんな高級弁当食っても、ガキどは感動もせずに普通に食ってやがる。

普通、ガキの弁当には、ステーキも伊勢エビも、飾り切りの『松胡瓜』なんてもんはいってねぇし、マスクメロンもねぇのに。


・・・なんか、ちょっと。

こいつら、不憫になってきた・・・。


そんなことを感じながら、空いている席に座っている綾乃のところへ行くと。

綾乃がすげぇ、嬉しそうな顔で俺を見てきた。


オイ、お前がガキどもより一番嬉しそうじゃねぇかっ。

たまんねぇな・・・可愛すぎだろっ!!

やっぱこの顔を見ることができただけでも、弁当持ってきてよかったな・・・。

そう思って、弁当箱を広げると。

綾乃の笑顔が、ますます広がった。

そうだ、その笑顔だっ。


「丈治、すご――「ああっ!!先生のお弁当!!ビッグマウス伯爵だっ!!すごーーーーーーい!!」


1人のガキが目ざとく、俺の弁当を覗き込み大騒ぎしだした。

途端に、ガキどもが俺たちを取り囲み、弁当を覗き込む。

何故か、保護者も。


そう。

最近、綾乃が好きなマンガの主人公の『ビッグマウス伯爵』のキャラ弁を、今日は作ってみた。

我ながら、いい出来だと思っていた。

綾乃、本当はこういうベタなもん好きだよな。


綾乃を見ると、綾乃が食事の大切さを保護者達に語っていた。

高級弁当もいいが毎回ではなくて、手作り弁当も作って下さいと。

赤、黄、緑の法則っつってるし・・・。

完全に化けた『ザ・女取締役モード』の顔で。

げ、笑顔もなくなっている。


はあ。

結局、飯の時まで仕事かよ。


がっくりしている俺に、話し終えた綾乃が近づいてきた。

そして。

保護者とガキどもが弁当を見て騒いでいるところから少し離れて。


「今日は、お弁当を食べたら、帰って寝て下さい。」


『ザ・女取締役モード』の顔のまま、綾乃がそう言った。


「あ?おま・・何言って・・・。」


ムカッときた。

全然一緒にいられねぇからわざわざ来たのに、そんな言い方ねぇだろっ!?


だけど、淡々と綾乃は言葉を続ける。


「丈治の気持ちは、とても嬉しいです。でも、今は追いこみの時なのです。集中を高めて、一分一秒でも多く、合格に向けて時間を注ぐ時なのです。プライベートを持ち込んでイイことはないです。」


ぴしゃりと言われた。


「・・・・・。」


確かに・・・そう言われたら、返す言葉もねぇ。

普段とは違って、綾乃は仕事に対しては手をぬかねぇもんな。

しかも、ここは綾乃の職場だ。


はあ。

まったくそのとおりで。

自分の甘さに、ヘコんだ。


だけど、やっぱり綾乃は綾乃で。

無自覚に、また爆弾を放つ。


「丈治、本当に帰ったらすぐ寝て下さい。私、頑張って、今日は18時でここを出ますから。」


「あ?」


「限界なんです。」


「は?」


馬鹿な俺は。

綾乃の言っている意味がわからず、綾乃を覗き込んだ。


そして。

前触れもなく・・・投下された。


「・・・・もう、随分・・・私、丈治に食べてもらってません。」


ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!




俺は、結局。

弁当を食わずに、そのまま家に帰った――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ