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11、腕

「いいか?ここ動くんじゃねぇぞ?俺が戻るまで、此処にいるんだぞ?」


俺の言葉に素直に頷く、綾乃。

あまりにも普段の服装に気を遣わねぇから、今日はうちの店で綾乃に似合いそうなアンサンブルニットとスキニージーンズを見つくろい着せている。


アンサンブルはレモンイエローで、綾乃がパールのネックレスを持っていたのでイヤリングと合わせて付けさせた。

そして仕上げに、ベージュのパンプスを履かせ、女っぽくもあり格好よくキメテやった。

フレンチショートカットが良く似合い、本当に今日はいつもにもましてイイ女だ。

いや、物凄く可愛いこともあるが。

そんな綾乃の可愛い顔を見つめ満足したが、良く考えると・・・急に不安になった。


「おい・・・もしナンパなんかされても・・・絶対について行くなよっ!?」


念には念をおした。

それでも不安になった俺は、綾乃が座る向かいの席の椅子にジャケットを脱いで掛けた。

こうすれば男連れで、少し席をはずしているだけと思うだろう。


俺の行動をぼんやり見ていた綾乃だったが、少し考えてから俺を見上げた。


だからっ、その顔可愛すぎるだろうがっ。


と、心の中で叫びまくる俺のことなんかお構いなしに、綾乃はとぼけた質問をしてきた。


「・・・暑いのですか?」


ジャケットを脱いで、Tシャツになった俺の腕を見つめる。


はあ。

やっぱ、綾乃だ。

俺の心配なんか、全然わかっちゃいねぇ。


説明するのもなんだか馬鹿らしくなり、そうだと頷いておいた。


だけど。

やっぱ、綾乃だった。

俺の心配なんか、全然わかっちゃいねぇくせに。

また、爆弾を俺の心に投下しやがった。


「・・・丈治の、たくましい腕・・・好きです。見ると、ドキドキします。」


うあああああああああああっっっ!!!!

な、な、な、なっ。

なんてこと言いやがるんだっ!?

しかも顔を赤らめての、オプション付ッ!!!!!

う、嬉しいけどっ!?

だけど、これから仕事の打合せなんだよっ。

ケイタにニヤケタ顔なんか見せられねェだろうがっ。


俺は、無駄かもしんねぇけど深呼吸をして、心を落着かせようと試みた。


スーハスーハーしていると、携帯が鳴った。

着信を見ると、ケイタ。

早く来いって催促にちげぇねぇ。


俺は、もう一度ため息をつくと。


「事務所からだ。行ってくる。」


綾乃にそう言って、喫茶店を出た。





昨日は思いもかけず大掃除となったが、その後たっぷりと約1週間ぶりの綾乃を堪能した。


だけど、今日は帰国した翌日だ。

日曜日ということもあり、朝はゆっくり綾乃と過すつもりでいたのによ。

早朝ケイタからの電話で、起こされた。

打合せがあるから事務所に来い、だと。

いやだ、というとうちへ来ると言いやがる。

仕方がねぇから、打合せ1時間で終わるなら行ってやってもいいと言ってやった。

でも、横須賀から青山の事務所の往復を考えると結構な時間をとられる。

帰国したばっかの俺は綾乃と離れていたくねぇから、青山まで一緒に連れてきた。

普段出無精の綾乃も珍しく素直に出かけることに従った。

やっぱ、俺と離れていたのがさびしかったらしい。


ま、まぁ!?

ラブラブだからなんだけどなっ。





打合せには珍しく、社長もいた。

船津五郎も。

俺が所属する事務所は、俳優の船津五郎の弟が社長をやっている。

まあ、つまりは船津五郎のマネージメントから始まった事務所なんだが。

結局は船津五郎の考えが事務所方針で。

社長の肩書はあるが、弟は事務方というわけだ。

兄弟仲は良く、いつもあうんの呼吸だ。


事務所は所属タレントが俺を入れて5人で所帯はそんなにでかくねぇけど。

俺以外は皆、大物ばかりだ。

船津五郎は日本を代表する実力派の大物俳優で、海外からもオファーがある国際俳優だ。

で、瀬野将は、イケメンで若手では実力NO.1と言われている売れっ子俳優だ。

ムカつくけど、綾乃がファンらしいが・・・まあ大概の女は瀬野が好きだと言うだろうな。

何しろ『抱かれたい男NO.1』を10年ダントツでとり続け、殿堂入りしたくらいだからな。

だけど素顔はイイ男ぶったやつじゃなくて、プロ意識はスゲェけど、普通の気の良い男だ。

んで、案外気が合うんで20代前半はよく連れだって飲みにいったり、まあ・・・綾乃にはいえねぇけど、モデルの女と遊んだり・・・とか、そういう仲だ。

あと、志摩アイナっていうイイ女系の売れっ子女優。

でもイイ女っつうのは、表向きだけで。

素は、肉食系の男好き、情緒のない女・・・なんでもお構いなしにズバズバいいやがる。

悪いやつじゃねぇけど、ちょっと、勘弁って感じだな。

それから、政治評論家の堤宗太郎ってすげぇ有名な禿げオヤジと。

何故か、俺。

俺以外は皆、船津五郎と友人関係だ。


3、4年前まではもう少し所属タレントもスタッフもいたが、詳しくは知らないが小さなトラブルとかがあったりで、結局事務所を縮小した。

船津五郎の信用できる人間しかタレントもスタッフも残さなかったらしい。

俺は全く船津五郎と親しくもないが、ケイタとは幼馴染で。

事務所に入ったのは大学在学中からだから10年ちょっとだが、好き勝手やっているわりにはいまだにクビにならない。

まあ、殆んどスケジュール管理をしてもらっているのがメインで、後は手がかからないっつうのもあるのかもしれねえけど。


打合せが始まり、社長から話を聞いてぶったまげた。


「え・・・年末の・・・東洋テレビ開局60周年の、オープニングに俺がピアノ弾くんすかっ!?」


しかも、オリジナルの曲で・・・とのオファーらしい。

まあ、確かに。

半年前に密着取材を受けた俺のドキュメントは東洋テレビで注目を集め、リクエストがあった再放送では40パーセントの視聴率をあげたそうだが・・・。

驚く俺に、まだ話が続いた。


「来月、先だって開局60年の祝賀会が行われる。その時は、既成の曲で構わないが、3曲ほど宴席でピアノ演奏をしてほしいそうだ。」


ああ、だからフォーマルスーツか・・・。

断る理由もねぇしなぁ・・・。


「まあ、ピアノ弾ければなんでもいいんで・・・細かい打合せは、正式にオファーうけてからっすよね?じゃあ、俺失礼します。」


と、思ったことを言うと。

船津兄弟は噴き出し。


「ジョージ!!てめぇ、いいかげんにしろよっ!!」


ケイタが怒鳴った。


「あ?うるせぇんだよっ。だからやる、っつってんだろうがよっ!」


「お前は何でそんなに欲がねぇんだよっ。お前の腕認められたんだぞっ!?」


ケイタが俺を睨んだ。


まあ、つまり。

デケェ仕事が決まりそうなんだから、もっと喜べっつうことだろ?

だけどなぁ・・・。


「・・・どこでだって、ピアノを弾くことには変わりねぇんだよ。俺はどこでだって、楽しく気ィ良く、ピアノが弾けたらそれでいいんだよっ。ダセェこと考えてんじゃねぇよっ。」


俺がそう言うと、ケイタは黙り込んだ。


すると、船津五郎が突然口を開いた。


「木村君・・・紺野君はこれでいいんだと思う。私が彼を買っているのは、彼がピアノを弾く場所を選ばずに、どこでだって、自分の世界を作り楽しむという姿勢なんだよ。」


俺は、その言葉に驚いた。

そんな風に、俺のことを思っていたのか・・・。


俺は、まじまじと船津を見た。

すると、船津もニコニコと笑いながら俺を見つめた。


温和なおっさんだと思っていたが、本当に穏やかな性格らしい。


「俺は、君のピアノ好きなんだ。客観的にみるとこの仕事は、めったにないほど大きな仕事で、君にとってはチャンスになるかもしれないんだけどね。だけど、結果は後から付いてくるもんだ。君は君らしく楽しめばいい。私も楽しむ君の演奏が聴きたいんだ。」


まあ、船津五郎の言った通り、チャンスはチャンスなんだろうな。

だけど、有名になったからって何だ?

今とおんなじスタンスを変えるつもりもねぇし・・・。






喫茶店に戻ると、綾乃は書類を広げて仕事をしていた。


「ナンパされなかったか?」


向いの席に腰かけながら、そう言うと綾乃は顔をあげた。


「さあ?」


「さあ・・・って、何だよ?」


「え・・・だって、仕事をしていたので・・・何人かに何か話しかけられたような気もしますが、仕事を中断したくなかったので、顔も上げないで返事をしませんでしたから。」


すげぇ・・・ガン無視か。

まあ、今の仕事している雰囲気は、『ザ・女取締役』バージョンだもんな。


おかしくなって、ゲラゲラ笑っていたら。

綾乃が真顔になり、俺を睨んだ。


「丈治・・・笑うヒマがあるのでしたら、上着を着て下さい。」


「あ?」


「・・・私の好きな、丈治の腕・・・他の女性に・・・見られたくないです」


「・・・・・・。」


あ、綾乃がっ。

顔を赤らめながら、そんなことを突然言うからっ。

俺は一気にテンションと心拍数が上がり、慌てて上着を着た。


そして。


「帰るか・・・昼飯は途中で、N田駅の蕎麦屋か?」


そう言いながら、立ち上がり伝票をつかんだ俺は、一刻も早く家に帰りてぇって思った。

俺の言葉に嬉しそうに頷くと、綾乃も立ち上がった。


そして・・・やっぱ、綾乃は。

俺の心臓を止めるのが狙いなんじゃないかと疑いたくなった・・・。


何故なら。

そっと、綾乃が俺の腕をとり、顔をすりつけたから――



俺・・・。


横須賀まで・・・・。




もつか?





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