奇妙な同居人
鈴華は空の水瓶の上に手をかざすと短く言葉を紡いだ。
すると何もない空間から水の玉が現れ、そこから落ちる水が水瓶を満たしていく。宿屋の従業員だろうか、周りで見守っていた数人から小さく歓声があがる。
水瓶が一杯になると鈴華は手をおろした。主人に終わったことを報告してから部屋に戻ろうかと受付に向かうとガチャンと何かが割れるような音がした。
「頼むよ!なんなら物置小屋みたいな部屋でもいいからさぁ。」
受付から怒鳴り声にも近い大声が聞こえてくる。どうやら興奮して受付の花瓶を引っ掻けたらしく、ガラスの破片が落ちている。
騒いでいるのは若い女性。鈴華より少し年上だろうか。短めに切られた赤髪と薄い革鎧に身を包んでおり腰にはシンプルな細剣を携えている。
「そんなこと言われましても先ほど言った通り今日は満室なんです。物置小屋だって従業員が出入りするのでお泊めすることはできません。」
主人は長い交渉に付き合わされてだいぶ疲れているようだった。困り果てた主人が鈴華に気がついた。
「やぁ、氷雨さん。どうもありがとうございました。お部屋は2階の一番奥になります。どうぞごゆっくりおくつろぎください。」
そう言うとうるさい客から逃げるように目を反らし鈴華に鍵を渡した。鈴華はお礼を言い鍵を受けとると受付を通りすぎ階段を上った。しかし2、3段上ったところで足が止まる。後ろを振り返れば先ほどの女性はまだごねているようだ。宿屋に来るのが少し遅れればああなっていたのは自分かもしれない。鈴華は少し悩んでから思いきって声を出した。
「あ、あの。もしよかったら私の部屋に泊まりませんか?」
女性はばっと振り返り鈴華を見つめた。まるで救いの女神の前に対峙しているかのような目で。
「それ、ほんとかい?」
「ええ、私の部屋は二人部屋ですしあなたさえよければ。」
女性は鈴華の方へと駆け出しその手を両手で握った。
「あぁ、マジで助かったよ。最近野宿続きの中で宿屋見つけちゃったから体がもう野宿拒絶しちゃっててね。おやっさん、この子がいいって言ってんだ、泊めさせてもらうよ」
手を握ったまま女性は振り返り叫ぶ。
「んん、氷雨さんがいいなら構わないけど。知らん人と同じ部屋なんて注意した方がいいよ。寝て起きたら荷物全部無くなってたなんてことが無いとは言えないからね。」
「んなことするわけないよ。おやっさん、客に対して失礼だよ。それよりも夕飯ていつ頃なの?ずっと星空じゃ日の入り時刻もわかりゃしない。」
そう聞かれると主人は受付の上にあいた天窓を見上げると少し考え、顔を戻した。
「ヤギの星が少し過ぎた頃だな。あと一刻もしないうちに夕食は部屋にお届けしますよ。」
太陽の出ないこの町では流れる星の位置が時計がわりになっているようだ。感心しながら鈴華と女性は部屋に入った。
「さっきはありがとね、えーと氷雨さん・・・だっけ?」
部屋に入りベッドに腰掛けながら一息ついたところで女性が話しかけてきた。
「はい、氷雨鈴華15歳です。鈴華と呼んでください。水の魔力持ちで一人で旅をしています。」
「へぇ~一人旅か、なんかいいねそういうの。あたしは天見霧奈、21歳。霧奈でいいよ。魔力は無し、でもこいつがいるからそんじょそこらの奴には負けたことないよ!」
そう言うと霧奈は傍らに置いた細剣を手に取りさやから抜いた。その剣はシンプルな作りではあったがよく手入れがされており燭台の炎を照り返し光っていた。
二人は温かい食事をとり鈴華の旅の話や霧奈の武勇伝などで盛り上がり難なく打ち解けていった。
「鈴華、急ぎの旅じゃないんだったら明日この町を二人で散策しない?私ももっと鈴華と話したいし。」
鈴華としてもせっかく仲良くなった霧奈と朝起きたらさようならというのも寂しいと思っていたため快くこれに同意した。
「じゃあまた明日ね、おやすみなさい」
二人は挨拶を交わし燭台の炎がふっと消された。