極夜の町
たどり着いた町は思ったよりも大きかった。
入口には火を灯した松明が2本、その間にあいた門を荷台を乗せた馬車が行来する。
少女は都会に出たばかりの田舎者のように目を輝かせながら町を歩く。こんなにまともな町は何日ぶりだろうか。これだけの規模の町であれば先ほどの妄想に近い宿屋もあるかもしれない。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。この辺に来たのは初めてかい?」
キョロキョロと視線を泳がせながら歩いている少女に突然声がかけられた。振り返ってみるとたくさんの果物を持った荷馬車の前でにっかりと歯を見せる初老の男性。
「えぇ、私旅をしてるんです。この辺りは初めてで。」
少女が答えると男性は驚いたようにひゅうと口笛を吹いた。
「旅人たぁ今時珍しいねぇ、しかもうちの娘くらいの年くれぇの子が」
そう言うと男性は後ろの果物の山からリンゴを1つ掴んだ。
「ほれ、ちっさな旅人さまに餞別だ。持ってきな!」
掴んだリンゴを優しく少女に放った。
優しさに触れた少女は笑顔でリンゴを受けとる体勢をとる。と同時に横からの受ける突然の衝撃。誰かがぶつかってきたのだと瞬時に理解できた。それもわざと。
顔をあげると砂避けの外套を深く被った少年が自分に放られたリンゴを見事にキャッチしていた。そしてそのままの勢いで駆け出す。
「あ、こらクソガキ!てめぇにやったんじゃねぇぞ!どろぼー!」
リンゴをあげたかっこいいおじさま、といったキメ顔をした男性は台無しの憤慨した顔に変わった。
「あ、ははは・・・。いいですよ、私がもらったリンゴを私があの子にあげたってことにしといてください。」
少女が告げると男性は不満そうな顔をしながらも「そうかい」とおさめてくれた。
「明日もう一度来てリンゴいただきますね。もちろんお金を払って」
そう告げ、少女はその場を早々に後にした。
常に夜であるこの町で少女には今がいつの刻なのかがわからない。知らぬうちに宿屋が満杯になっていた、という悲劇を避けるためにもなるべく早く宿屋を見つける必要があった。
ほどなくして宿屋の看板が見つかった。扉を開けると暖炉の熱気が顔をなでた。
目の前の受付にまっすぐ向かい宿を申し出た。
「おや、初めて見る顔だね。ちょっと待ってね、空きを確認するから。」
先ほどの男性といい、ここらでは新顔は珍しいのだろう。宿屋の客も物売りの業者が利用するばかりで皆顔見知りのようだ。
「あぁ~、一人部屋は空いてないねぇ。二人部屋なら一部屋あるんだけど・・・」
意識がすぅっと引いていくのを感じた。二人部屋ということは料金は約二倍。保存食をためらうような状況でこんな無駄な出費は許されない。しかし目の前にぶら下げられた温かい食事とベッド。少女が唸るようにお金の入った巾着とにらめっこをしてると横やりが入った。
「あんた、変わった格好してるけどひょっとして魔力持ちかい?」
宿屋の主人から投げ掛けられた言葉に反射的に反応した。
「あ、はい。水の魔力を持ってます。」
その言葉を聞いて主人の顔がぱあっと明るくなった。
「水の魔力かい、そりゃちょうどいい!実はうちの水瓶が割れちまって水が全部無くなっちまったんだ。悪いんだけどちょちょいと満たしてくれないかねぇ?」
主人は薄ら笑いを浮かべながら頭を下げた。しかし少女は主人にばれない程度に訝しげな顔を浮かべていた。確かに水の魔力持ちであれば何もないところから水を産み出すことは朝飯前だ。しかし当然無尽蔵に出せるわけでもなく力を使うほどに体は疲弊していく。朝飯どころか今日の夕飯すらまともに食べられるかの瀬戸際である少女にとってはなるべくなら避けたい願いであった。
そこに主人から救いの声ともいえる言葉が発せられた。
「水瓶満たしてくれたら今空いてる二人部屋、一人部屋の料金で使っていいよ。」
「ぜひやらせてください!」
間髪いれずに答える少女。
「じゃあ部屋の準備はやっとくから名前だけいいかな?」
主人は宿帳を取り出しながら言う。
「鈴華、氷雨鈴華です」