ウサギは危険な存在らしいです
「…ネーシア。あんた、大変な仔を産んじまったねえ…」
呟いた老婆は自らの声に生気がないことを感じた。
それも仕方のないことだろう。ネーシアの産んだ稚児は、存在してはいけないモノだった。
村長に話さなければならないだろう。その時を思うと、心が冷える。
今目の前で、幸福を噛みしめたような顔で眠る母親の息子となるはずだったモノを、村としては処分しなければならない。
そのことを知ったネーシアの反応が、例えどんなものであれ、悲惨であることに変わりない。
長く生きた老婆は、村の風土に慣れ過ぎていた。ネーシアの息子をモノとしか見れないところに、本人もそれを感じている。
けれど、それでも、彼女の母親としての気持ちが、願わくば、稚児に少しでも"光在れ"と思わざるを得なかった。
そんな鬱蒼とした気持ちの中、手の中の稚児を見ていると、ソレもこちらを不思議そうに見ていることが分かった。
本当だったら、産まれたての幼子を母親から離すなんてことはしたくない。
だが、それでも老婆は、ソレを手に持って、村長の元へ、ゆっくりと向かった。
少しでも、コレが長く生きれるようにと。
「それで、儂のもとに連れてきた、と」
白いひげを蓄えた老爺は、気難し気に髭を触る。
「何とも、厄介なことをしてくれたもんだ」
ため息とともに聞こえた言葉は、少し心のこもったものだった。
「それで、村長はどうするつもりだい?」
老婆はまるで他人事のように老爺に詰め寄った。
「コレはこの村で伝承される魔の子だよ? 処分するなら早いことしないと」
「そうは言ってもだよ、ナリア。儂には、そんな大層な存在には見えない。だというのに、そんな寂れた伝承に従って間引いてしまうというのは、少々気が引けるとは思わないかね?」
そんな老爺の声を聞いてか、赤子は老爺に縋りつく。
不浄の子であるとは言え、自らの孫である。可愛いのだろう。
「あんたは甘すぎる。この伝承が本物だと知っているだろうに。どうしてそんなことが言えるんだい?」
「我々は千差万別だ。一人として同じ存在は居ない。ただ、過去の悪魔に似ているからと言って、そんな心無いことはできんよ」
「それで村が潰れてしまったら、どうするんだい? ソレを一人処分すれば、先を怖がる必要もない。村長としては、当然なことだと思うがね」
老婆=ナリアの言葉に、老爺はたじろぐ。責任ある者としての義務感が、鎌首をかしげる。
それでも、自らの娘の子を、殺す気にはなれなかった。
「もし、仮にだ。そうなってしまいそうなら、村から追放すればいい。何も、今判断する必要はないだろう?」
老爺の苦し紛れの言葉に、ナリアは激怒した。
「そう言って、魔の子を生かした村は悉く滅んできたんだ!それは、ノージャの息子であるアンタが一番知ってるんじゃないのかい!?」
その剣幕に、老爺は押し黙ってしまう。それはまさしく正論で、それでも否定の言葉を探したからだった。
「ナリア、儂にはできん。誰にも殺させやさせぬ。儂の孫は生かす。そんなに言うのであれば、村から外れたところに住めばよかろう。何かあれば、追放する。それまでは、村の一員だ。例えそれが認められぬとしても、儂の孫には変わりない」
「クソ甘いジジイだよ! アタシは降りるからね! こんな危険な村には居られないよ!」
そう言って、ナリアは老いた体に鞭を打って立ち上がり、村長の家を出ていく。
「…好きにすればいい!」
それは最愛の人を失った男の強がりだった。




