第3話 バスの中
――それじゃあ、土曜日の12時頃にバス停の前、集合ね!
先日、みんなで遊ぶ約束をした際に夏絵にそう言われ、俺は今バス停に向かっていた。
雲ひとつない空から太陽の光が俺を突き刺す。都会は、同じ夏でもここまで暑くはなかったはずだ。
それに、夏とは言ってもまだ6月に入ったばかり。だというのにここまで暑いのは何故なんだ?
嫌に喉が渇く。しかし、この村に自動販売機などあるわけもなく、口の中にあるわずかな唾を飲み込み我慢する。
「やっとついたぁ……」
バス停にたどり着いた途端、思わず歓喜の声を上げてしまった。ただバス停に向かうだけで、何故こんなにも辛い思いをしなければならないんだ。やはり田舎は末恐ろしい。
ところで、なぜ”バス停に集合”などという曖昧な表現で、辿り着くべきバス停が分かるのか――不思議に思った人もいるかもしれない。
理由は簡単。そう、この村にバス停は一つしかない! だから分かるのだ!
…………。
一体なんの自慢なんだ。言ってて悲しくなってきたぞ。
ちなみに、只今の時刻は11時30分。どうやら俺が一番乗りらしい。
――と、思っていたのだが、
「真尋くん、随分とお疲れのようだねぇ」
大内が、突然後ろから話しかけてきた。
「うおっ、なんだ大内か。びっくりした」
「別に驚かせるつもりはなかったんだけどな〜」
……いやいや、お前、俺が疲れてるせいかもしれないが、全く気配を感じなかったぞ。忍者かよ。
「あっ、あのトゲトゲ頭のシルエットは……」
大内が露骨に嫌そうな顔をして呟いた。向こうの方から、剣菱が歩いてきていた。
剣菱もこちらに気がついたようで、大きく手を振っている。
大内は完全に無視を決め込んでいたが、さすがに俺まで無視をするのはなんだか気が引けたので、手を振り返してやった。そして、剣菱もバス停へたどり着く。
「よう真尋。お前、いつも汗だくだなぁ」
「うるせぇよ。俺が悪いんじゃない。この村がおかしいんだ」
「俺は全然汗かいてないけど?」
剣菱が嫌味ったらしく笑う。
だがまあ確かに、剣菱も大内も、全くと言っていいほど汗をかいていなかった。
剣菱はとにかく、大内まで汗をかかないとは。もしかして俺、体力全くない?
「なんだお前、結局来たのかよ。俺が来るなら来ないとか言ってたくせに」
「そんなの私の勝手でしょ? 小太郎君こそ帰ったら? 暑苦しいし」
また言い争いを始める剣菱と大内。
全く、飽きないなこの二人も。
「ごめん! おくれたぁ!」
突然、大きな声が聞こえた。
この声は夏絵だ。向こう側から走ってくるのが見える。
さすがの夏絵も、バス停に着いた頃には、少し汗をかいていた。走っていたのだから当然か。それでも少し安心した。よかった、やはり特別体力がないってわけじゃないんだ、俺!
……いやしかし前野真尋よ。夏絵は女の子だぞ?
「………」
これ以上考えると、悲しい真実に辿り着くだけなので考えるのをやめた。
「私が集合時間決めたのに、私が一番最後とは……ふかく!」
不覚って、お前は何時代の人だよ。
「やっほー夏絵」
大内が可愛らしい笑顔で、夏絵に挨拶をする。
先ほどまで、しかめっ面をしながら剣菱と会話していたとは到底思えない顔だ。よくそこまで表情をころころ変えられるな……。
それから暫くして、バスがやって来た。
バスで片道1時間。それが町に着くまでにかかる時間だ。
往復で2時間というのは、懐事情の悪い俺にとって少々厳しいものがあった。だが、叔父さんと叔母さんにそのことを話したら、快くお金を渡してくれた。本当に、感謝してもしきれない。
車内は案の定ガラガラで、ほぼ貸切状態だ。
大内と剣菱は、それぞれ一人ずつ席に座った。まあ、他に誰もいないのだから当然か。俺も一人で座るとしよう。
左奥の二人席に、一人で腰掛ける。
――が、そのとき突然、夏絵が俺の隣に座った。
思わず、赤面してしまう。
「案内するって言ったでしょ?」
夏絵は笑顔でそう言った。
「あ……う、うん」
声が上手く出ない。バスが動き出す。
夏絵はバスに乗っているあいだ、バスから見える景色や建物について、色々と話してくれた。
夏絵とこんなに近くで話したのは初めてかも知れない。彼女は、とてもいい香りがした。