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心鬼 〜シンキ〜  作者: 栗谷
第7章 起源
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最終話 神対鬼



 突如として現われた夜影健太郎により、北海道拠点は崩壊の一途を辿っていた。

 二体の心鬼が倒されたうえ、海堂が裏切り――残った隊員たちの数は、もはや数えるほどであった。しかしそれでも、隊員たちは決死の力を振り絞り、戦った。

 だが、それでも敵うはずがない。三日三晩の戦いの後、北海道拠点は完全に落とされた。


 「帰還船がもうすぐやってくる。ようやく、準備が整ったわけだ」


 夜影健太郎は、北海道拠点の置かれていた山の頂上から、遙か遠くに見える地平線を眺めながら呟いた。


 「……約束は果たしたんだ。約束は守ってくれるな」


 「信じてくれて構わない」


 その隣に立つ海堂の問に、健太郎はそう返す。

 彼は続けて、


 「もちろん、お前が裏切らなければの話だがな。海堂信一」


 「…………」


 海堂は押し黙り、目を伏せた。


 誰もいなくなった北海道拠点。

 山のそこらには死体が転がり、拠点そのものは跡形もな崩れっている。

 そこに息づくものはおらず、辺りは異様に静かであった。――だからであろう。迫り来る妖気に、海堂が気がつくことができたのは。


 「健太郎、妖気だ」


 「知っているとも。これは――」


 ――これは心鬼のものだ。


 健太郎がそう言う間もなく、彼は現われた。

 死体だらけの山を駆け上り、迷うことなく健太郎の前までやってきた。


 「待っていたぞ、お前を」


 「真尋……」


 海堂がつぶやく。

 彼――前野真尋は、虚ろな瞳でふたりを見やった。


 「どうやってここまできたか――はあえて聞くまい。それはどうでもいいことだ。お前をここまで導いたのは鬼神なのだから。その運命には、どうあってもあらがえない。それが前野真尋という完成した鬼人の

定めだ」


 「神さま。俺は……」


 「さあこい前野真尋。私のもとへ――」


 夜影健太郎がそう言った―――その刹那。

 真尋の拳が健太郎の身体を切裂いた。

 そう、それは正に斬撃と呼ぶに相応しい。凄まじい勢いで振りきられた拳は妖力を纏っていて、健太郎の内臓を抉り、脊髄をへし折り、上半身と下半身を分離する。


 「神さま――いや鬼神。俺は……お前を殺す」


 「ハハ」


 上半身のみになった健太郎が、ちいさく笑う。

 

 「まさかまだ正気を保っているとは。お前の精神力には驚かされる」


 「力を貸すか?」


 「いや、いい。それにお前では勝てないさ」


 上半身のみの姿で話しながら、健太郎は宙に浮かんだ。臓器を地面に落としながら、重力を無視して空中に留まるその様はもはや人間ではない。しかし真尋は驚きもせず、健太郎を睨んだ。

 

 「酷いことをしてくれる。この身体は弱いんだ。ともすれば、簡単に滅してしまうほど。――なあ前野真尋、思わないか。完全体たる鬼神が見たいと。こんな再生すらしない肉体に閉じ込められた鬼の父たる神を、哀れには思えないか」


 「黙れ」

 

 一言。真尋は言葉を返す。


 「お前を殺せば、ぜんぶ終わる。俺は知ってるんだ。ぜんぶ……ッ!」


 真尋が叫んだ、とたんに彼の持つ妖力が膨れあがっていく。空気を震えさせ、地を揺るがすような爆発的な力だ。海堂がその力に気圧され、数歩後ずさった。


 「そうか。もう覚醒済みか。――いったいどれだけの人を喰った? クク、まあいい。ならば無理やりお前を喰らうまで。さあよこせ! お前のなかに眠る私の血を!」




 □


 


 「――で。結局逃げられちゃったの?」


 薄暗い、巨大な戦艦のなかで、斧を持った女が健太郎に聞いた。

 健太郎は、


 「ああ。転移結界を利用してどこか遠くへ飛んでいったよ。……どうやら、前野真尋にも協力者がいるようだ。それも鬼狩りの連中ではない、我々の仲間――鬼使いの」


 「あはは。裏切られたんだ! 君はけっこう抜けてるところがあるからねぇ」


 心底愉快だとでも言うように、その斧女はケラケラと笑う。

 周りに敵がいない状況でも手放すことのない血なまぐさい斧と相まって、その笑顔はどこか壊れている。しかし、そんな壊れた女だからこそ契約を行った健太郎は、そんな彼女の壊れた笑顔を見るのが好きだった。


 「ずいぶん上機嫌じゃないか、泉。伊尾島での仕事は上々だったようだな」


 「――ああ、違うよ健太郎。いまの私は”泉”じゃない」

 

 しかし今度は、斧女は冷めた笑顔で言った。

 

 「私にはたくさんの名前がある。”実験体”、”例外”、”完成品”、”重罪人”に君の言う”泉”……。けれど結局そのどれもは過去のものでしかないの。いまの私は恵令奈。――大内恵令奈だよ」


 「……そうだったか。いや、お前にしては珍しい。名前なんてものに拘るとはな」


 「けっこう気に入ってるんだあ。この名前」


 言って、斧女――大内恵令奈は微笑んだ。


 それから、二人の間に会話はなくなった。

 ただ静かに海上を進む船の目的地は、最後の部位が眠る木野辺村である。

 すでにほとんどの力を取り戻した鬼神は、その力を存分にふるい、各地に潜んでいた、発祥してない感染者たちを鬼にへと変えた。

 日本は――否、世界は鬼に溢れ、静かに終焉の時を迎えようとしていた。

 

 この世界が理想郷に変わるまでもう少し。

 薄暗い瞳の奥に大いなる絶望を秘めて、健太郎は口角をつりあげた。

 

 


 

  

 

諸事情があり二ヶ月ほど放置せざるを得ませんでした。申しわけありません。

残り二章分、約30万文字の予定です。必ず完結させるので、もう少しお待ちください。


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