第1話 最後の日
私は一人だ。
皆、私を置いていなくなってしまった。最初に、エレナちゃん。次に小太郎。――そして、ミカちゃんと真尋。
ミカちゃんと真尋が居なくなったのは、いまからちょうど十日前のことだ。
思えばあの日、真尋は様子がおかしかった。私をいきなり突き飛ばし、そのまま逃げるように走り去った。
すぐに追いかけようとした。でも、ミカちゃんに止められた。
「大丈夫。夏絵は何も心配しなくていい。私が、追うから」
「で、でも――」
「大丈夫」
――大丈夫だから。
そう言って、ミカちゃんは学校から出て行った。
それが、最後に見た二人の姿。
メディアはすぐにこの事件を取り上げた。大量殺人の起きた村で、二度目の行方不明。しかも今度は二人同時に。
それは、退屈な日常に毒された人々にとってあまりに刺激的なニュースだった。
日常の――それも、その象徴ともいえる片田舎で生まれた非日常。寂れた寒村でおきた連続失踪事件に、日本中が注目していた。
「引っ越さないか? 夏絵」
居間で、突然お父さんにそんなことを言われた。
「ど、どうして……?」
あまりに急な提案だったこともあり、動揺を隠すことができなかった。声が震える。お父さんはそんな私を、腫れ物でも見るような目で見つめた。
「この村で、最近妙なことが起きすぎてる。しかも、お前と仲の良かった友達全員が事件に巻き込まれたんだ。このままじゃ、お前まで巻き込まれるかもしれない」
「で、でも、私は――」
「お前の気持ちは分かる。だが、しかたがないんだ」
しかたがない……?
なにがしかたがないというのだ?
瞬間、色々な感情が胸のなかを駆け巡った。それはひと言で現すことはできないが、無性に悲しく、そして空しかった。
「待ってよお父さん! お願い、この村から離れたくない……!」
涙ぐみながら懇願する。
木野辺村を出る? そんなのいやだ。考えただけで涙がでてきてとまらない。
「お前、どうしてそこまで……」
そんなの、当然じゃないか。この村にはたくさんの思い出が詰まっている。
それに――私はまだ信じているんだ。
エレナちゃんやミカちゃん。そして真尋。彼らがいつか、この村に帰ってくるんだって。小太郎だって、この村で眠っているんだ。木野辺村から出て行くなんて考えられない。
「そうか……分かったよ。夏絵」
「じ、じゃあ!」
「引っ越さないわけじゃない、そこは譲れないからな。ただし、引越し先は隣町――新野町だ」
□
今日は私にとって、木野辺高校へ通う最後の日だ。それが余りに名残り惜しく、学校に早く着きすぎてしまった。
私は今度から、新野高校へ通うことになる。
正直、まだあまり納得できていない。だがわがままばかり言ってもいられないだろう。引っ越し先も、新野町という近場にして貰ったのだ。それに、お父さんだって辛くないはずはない。
「藤野さん」
担任の室伏先生が、教室に入り話しかけてくる。
「先生。おはようございます」
「……藤野さんとこの教室で会うのも最後ですね。とても、寂しいです」
「…………」
室伏先生は浮かない表情で話を続ける。
「藤野さんだけじゃありません。皆、ここから去っていってしまう」
室伏先生は、小さなため息をついた。
実は、皆考えることは同じの様で、私以外にも転校していく人がいた。もう既にしている人もいるし、これからの人もいる。
元から生徒の少なかった木野辺高校にとって、これは大打撃だった。
そしてその打撃をうけ、今抱えている生徒が全員卒業する三年後、木野辺高校は廃校になる事が先日、正式に決まった。
変わらないものなどない。
たとえそれが、どんなに大切なものであっても。
それから暫くして、クラスメイトたちが教室にやって来た。
皆、各々自分の席に座っていく。全員が集まっても、空席のままの幾つかの机。
その光景にも慣れてしまった。
それが、とても悲しかった。
次の日。朝早くに起き、車に乗った。荷物は既に引っ越し業者に預けている。
車に揺られながら、色々な事を思い出す。
エレナちゃん。ミカちゃん。小太郎。そして――真尋。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。いったい私がなにをしたというのだろう。
なにもしてないからだ。なにも、できなかったからだ。
気がつけば、自然に涙が溢れていた。
どうしようもなく悲しくて、けれどそれを解決する手立てなど思いつくはずもなくて。
こんな行き場のない悲しみを味わったのは随分と久しぶりのことだ。そのときは、どうやって経ち名おったんだっけ?
ああ、そうだ。友達が、みんながいたから……。そのときにはまだ真尋はいなかったけれど、そばにいてくれる人がいるだけで、私は何度でも立ち直れたんだ。
でももういない。あのとき私を支えてくれた人たちは、いまはもう私の前から消えてしまった。
「……夏絵。父さんがいるから。大丈夫だ、俺はどこにもいかないから」
そのとき、車を運転していたお父さんがそう言った。
わたしは一度、こくりとうなずいた。