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心鬼 〜シンキ〜  作者: 栗谷
第1章 始動
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最終話 鬼狩り

 目が覚めると、自分の部屋にいた。

 困惑して辺りを見まわす。間違いない。やっぱり俺の部屋だ。

 どういうことだ? 昨日は、だって、たしか――確かめるように、きのう噛まれたところに触れてみる。


 「傷が、ない……」


 そこにあったはずの大きな噛み傷は、綺麗になくなっていた。傷どころかかさぶた一つ見当たらない。


 夢、だったんだろうか。

 ……いや、そんなはずはない。だって、はっきりと思い出せるじゃないか。

 あの痛み、あの恐怖……。あれが夢であるはずがない。いま思い出しただけでも、全身から血の気が引いてく。


 ――そういえば、あの子は結局なんだったのだろう。長い黒髪の、真っ白な肌をした人形のような容姿。そして、そんな見た目とは相容れない巨大な鎌をたずさえた、あの少女。


 俺を救ってくれたのか? 

 最後に言っていた鬼って、一体何のことなんだ? 

 突然死んだあの男は、本当に犯人だったのか?


 分からないことが多すぎる。混乱してきた。


 「真尋〜ご飯だよ〜」


 一階から、俺を呼ぶ声が聞こえた。



 ……難しいことは後にしよう。それに、なんだか猛烈に腹が減っている。

 なんにせよまずは食べてからだ。叔母さんの作る料理は、絶品なんだ。


 「今行きます」


 そう答えて部屋を出る。階段を下りて居間へと向かった。

 と、そこで違和感。

 おかしい。食べ物の匂いが全くしない。

 ……風邪でも引いたか? いや、別に鼻が詰まっているわけじゃない。


 じゃあ、なんで?


 不思議に思いながら食卓に座る。叔母さんの料理は、目の前にあった。思いっきり鼻から息を吸い込む。

 それでも、無臭。


 「あの、叔母さん、これ……」


 「ん? 料理がどうかしたの?」


 「ああいや、別に……美味しそうだなって思って」


 「あら本当? 嬉しいわぁ」


 嘘じゃない。匂いがしない以外は、いつも通りの美味しそうな料理だ。

 そうだ、大丈夫。なにもおかしなことはない。こんなこと、不安に思うまでもない。

 そう自分に言い聞かせて、恐る恐る口に運んだ。


 「え……?」


 無味。味が全くしない。

 ――いや、それだけじゃない。


 消えた。料理が、口の中で消えたのだ。さながら、綿あめのように。


 「なんだよ、これ……」


 「……? どうしたの真尋、もしかして不味かった?」

 

 叔母さんが不安そうに俺の顔を窺った。


 「す、すみません、叔母さん。なんか今日、食欲がなくて……」


 「あら本当? 具合でも悪いの? 今日は学校、休む?」


 「いや、それは大丈夫です――学校には、行きます」


 「そう……無理はしないでね?」


 食卓を外し、洗面所へ向かう。

 顔を洗いながら考えた。何かがおかしい。一体どうなってる。


 空腹は先ほどよりも強くなる。早く何かを食べたい。

 なんだか、嫌な予感がした。






 学校へ向かう。アスファルトで舗装されていない道は相変わらず歩きづらい。だが不思議と、疲れは感じなかった。


 しばらく歩き、いつも剣菱が俺に声を掛ける場所に着く。

 すこし立ち止まってみる。当然だが、剣菱は来なかった。





 ああ、腹が減った。






 学校に着く。中に入り、教室へと向かう。


 「真尋、おはよう」


 夏絵の声が聞こえた。


 「あ、ああ……おはよう。夏絵」


 俺が挨拶を返すと夏絵は微笑んだ。

 その笑顔を見て思う。俺は、夏絵が好きだ。

 夏絵の声も。笑顔も。香りも、全部。


 ……香りは特に好きだった。優しくて甘い香り。都会にいたころは、人からそんな匂いがするだなんて考えたこともなかった。


 ああ、本当に、なんて――美味しそうな、良い香り。


 「……え?」


 俺は今、何を考えた?


 ――何って、食べたいって思ったんだろ?


 俺の中のもう一人の俺が、勝手に語り始める。


 食べたい。食べたい。食べたい――

 夏絵の肩に手をかけた。


 「ふえっ? ちょっと、真尋?」


夏絵は真っ赤になり狼狽える。そして俺は、夏絵の首に、口を――


 「ああああああああ!」


 叫び、夏絵を両手で思いっきり突き飛ばした。尻餅をついた夏絵を尻目に、俺は学校から走って抜け出した。


 今、俺は何をしようとした!? 

 なんで、なんで俺がっ……なんで!


 そのまま走り続ける。どこか遠くへ、誰もいない場所へと、目的もなく、ただただ走り続けた。



 □



 どれ程の時間が経ったのだろう。あたりはすっかり暗くなっている。

 ふと空を見上げる。今日は満月だった。雲ひとつない漆黒のなかで、その輪郭を際立たせている。とても綺麗だ。


 もう走る気にはなれなかった。道端に座り込む。これからどうしよう。行く当てがない。



 遠くの方から、誰かが歩いてくる。

 ああ、やめろ。いまの俺に、近づくな。


 近づくにつれて、姿がだんだんと見えてきた。多分、女だ。

 女にしては背が高いが、身体つきから見て間違いなかった。


 ……ん?


 右手に何かを持っている。長い、何か。

 あれは――


 日本刀だ。

 日本刀を持った、背の高い女。

 ――我々は、恐らく日本刀が凶器だと考えています。光田の言葉が思い出された。


 女はどんどん近づいてきて、俺の前で立ち止まる。

 そして言った。


 「前野真尋。お前を――殺す」

 

 その女は、見たことのある顔をしていた。

 キリッとした眉と瞳。長い黒髪はどこか威圧感を覚える。


 苅部美嘉。


 それが、この女の名前。


 「苅部……どうしてだ……」


 苅部は答えない。ただ黙って、日本刀を構える。


 「お前が殺したのか? 剣菱を」

 

 苅部は俺をまっすぐ見据えた。そして、答える。


 「ああ、そうだ。私が殺した」


  ――私が、剣菱を殺した。


 「どうしてだよ……どうしてなんだよっ……!」


 大きな声で叫ぼうとした。だが、いまにも失われそうな理性に引っ張られて、張り上げたつもりの声は尻すぼみの情けないものだった。

 苅部はそんな俺を冷たい瞳で見下して、まるで当たり前のことのように呟いた。


 「それが、鬼狩りの使命だからだ」

 

 「鬼……狩り……?」


 いつか聞かされた、木野辺村の伝説。人喰い事件を七日間で解決した、英雄。

 

 「俺を、俺を殺すのか?」


 「そう言ったはずだ」


 苅部は無表情でそう答えた。


 ……待てよ。待ってくれよ。頼むから――


 刹那、苅部は日本刀を、俺に向けて振り下ろす。


 痛みは感じなかった。ただ、意識だけが遠のいていく。 

 今日は満月。月が、美しく輝いていた。




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