第15話 心
「また分かれるのか? でも、ここって敵地ど真ん中なんだろ? 流石に固まって行動しないと危ないだろ」
二手に分かれようと提案してきたミカに対し、そう意見を言う。
しかし、ミカの意思は堅いようで、
「私たちがこうしている間にも、鬼神復活の準備は着々と進められているんだ。こんなところで油を売っている場合じゃない」
と、強めの口調で言い返された。
その表情からは強い焦りが感じ取れる。
でも、やっぱり分かれるのはダメだ。
多分ミカは今、焦りで周りが見えていない。
だって、それで仲間が死んでしまったら意味がないだろう。
「少し落ち着けよミカ。いくら早く出たいからって……お前は強いし、俺は再生するからまだしも、練磨たちは――」
「大丈夫ですよ。真尋さん」
その時だった。
式流ちゃんにそう声をかけられる。
「私たちは死んだりしません。これでも、結構強いんですから」
「そうだ。あんま俺逹を舐めるんじゃねぇぞ。二手に分かれたところで、そう簡単にやられたりはしねぇよ。当主様だって、それが分かってるから言ってるんだ」
続いて、練磨も。
不敵な笑みを浮かべながら言う。
「俺たちは大丈夫だ。お前はもう少し仲間を信じろ」
仲間を信じろ――
ああ、そうか。
練磨の言葉に気づかされる。
なにもミカは、ただ焦っていたんじゃない。
ただ効率だけを考えていたわけじゃない。
二人を信じていたんだ。
「それじゃあ、俺たちは右から行きます。当主様もお気を付けて」
言って、練磨と式流ちゃんは歩き出した。
躊躇のない、堂々とした歩みだ。
「なあ、練磨、式流ちゃん」
思わず、その背中を呼び止める。
「なんだよ。まーだ分かれることに文句あるのかよ」
「いや、そうじゃなくて――」
そうだ。
大丈夫だよ、この二人なら。
だからこそ、言おう。
「――また、後でな」
俺がそう言うと、練磨は鼻で笑いながら、
「おう。また後でな」
と言って、ひらひらと手を振った。
そして、式流ちゃんも、
「ええ、それではまた後で。さっきの話の続きもしたいですし。今度はちゃんと――伝えますから」
と、そう言って微笑んだ。
□
長い廊下をミカと二人で進んでいた。
辺りはやけに静かで、それが不気味さをかき立てる。
その上、どこからか冷気が漏れているのか肌寒い。
とかく沸き続ける不安感を紛らわすつもりで、歩きながら”のび”などをしてみたのだが、やはりほとんど効果はなかった。
それに、だ。
今の俺を不安にさせているのは、なにもこの不気味さだけではない。
心に引っかかっていることがいくつかあるのだ。
「あのさ、ミカ」
俺の手前を歩き続けるミカに、そう声をかけた。
「なんだ」
「ここに飛ばされる前の話なんだけどさ……謝っておきたくて」
「謝られるようなことをされた覚えはないぞ?」
いや。
そんなことは、ない。
だって、今俺たちがこんな状況に陥ってしまったのは、他でもない。
俺の所為なのだから。
「あの時――お前が黒火にトドメを刺そうとしたとき、俺が止めていなければ、こんなことにはなっていなかった」
そう。
これが”引っかかっていること”の一つだった。
黒火の策略。
それは、俺の所為で成功してしまった。
俺が止めていなければ、ミカは間違いなく黒火を殺していただろう。
殺せていただろう。
ミカはふと歩みを止め、俺の方をなにも言わずにただ見据えた。
「殺したら困るのは俺たちだ、なんて言ったけどさ……本当は、可哀想だって思ったんだ」
同情してしまったのだ。
同情して、見逃して。
結果、俺たち全員が、まんまと敵の策略に嵌まってしまったんだ。
「分かってるんだ、鬼使いに情けをかける必要なんかないって。本当、自分の甘さが嫌になる」
本当に情けなかった。
ついこの間まで、剣菱の仇を取ると意気込み、敵対する者は誰であろうと容赦しないと。
本気でそう思っていたというのに。
「そうだな。確かにお前は甘い。正直、戦いには向いてないだろう。だが――」
言って、ミカ少し俯き、
「お前は、それでいい」
「――え?」
それは、あまりに意外な言葉だった。
予想していた言葉、そのどれとも違う。
「人が人である所以は、心だ。心があるから人は人でいられる。だからこそ、心鬼は人たり得るんだ」
心鬼は人だ――
少し前に山河さんに言われた言葉を思い出した。
「今の言葉は受け売りだがな。まだ幼かったころ、山河にそう言われたんだ」
ミカは続ける。
「でもそれは裏を返せば、心を失った人は人じゃないと――そういう意味にも取れるんだ。私は時折、自分が本当に人なのかどうか、分からなくなる」
「ミカ……」
「真尋、お前は人だよ。だから、そのままでいいんだ」
ミカはそう言うと、前に向き直り、再び廊下を歩き出した。
その背はどこか寂しそうに見えて、切なそうに見えて。
俺はそっと目を逸らした。
□
それから、しばらく歩き続けた後、俺たちは遂に一つの扉を発見した。
扉は異様なまでの存在感を放っており、どこか忌ま忌ましさまで感じられる。
「どうやら、出口ってわけじゃなさそうだな」
「だが、引き返すわけにもいかないだろう。覚悟を決めろ」
ミカはそう言って、扉の取っ手に手をかけた。
そして、おもむろに押し開いていく。
完全に開ききったとき、俺たちの目に飛び込んできたのは、一つの人影。
「ようこそ私の部屋へ。待っていたわ。貴方たちを、ね」