根堀保振 2
「な、なんだこいつは!?」
「そう驚くことないでしょう坂口さん。どうせただの心鬼ですよ」
驚き腰を抜かした坂口に対し、保振が冷静に言う。
「心鬼だと!? クソ、今すぐ増援要請を――」
「必要ないですよ。呼んだところで、ただ死体が増えるだけでしょうし」
保振は肩に差した抜き身の長刀を取り出し、片手でそれを構え、心鬼に向ける。
長刀は彼女の身の丈を超えるほどの長さで、見た目からは想像も出来ないほどに重い。
もちろん片手で構えるなどもっての外。
それを軽々とこなせるのは、彼女の異常なまでの身体能力があってのことだろう。
「一人で僕と戦う気? やめた方がいいよ。それこそ無駄死にするだけだ。だって僕は強いからね。この場にいる誰よりも」
「心配してくれてるんですかぁ、優しいですね。二人の人間を一瞬で殺した鬼の言葉とは思えません」
「――二人も、ころした……? ぼくが?」
保振の言葉を聞いた心鬼は、小さく何かを呟いたあと、おもむろに頭を抱え、その場に跪いた。
そして頭をばりばりと掻きむしりながら、言う。
「ち、違う! ぼくのせいじゃない! こ、ころしたくてころしたんじゃない! 皇堂院さんが悪いんだ! ぼくは悪くない! ぼくは……」
そして、押し黙ったのもつかの間。
心鬼は突然立ち上がり、
「そうだ、皇堂院さんだ! 彼女がどぉぉぉしても脳みそ食べたいって言うからぁ――仕方が無いじゃないかぁ! あははは!」
「突然怒ったり笑ったり、オモシロイ方ですね。でも――」
うざいので死んでください。
瞬間、保振は足を踏み出し前進する。
そして長刀を横に大きく薙いだ。
彼女の攻撃は素早く、相手が”普通”の鬼使いであれば、今の一瞬で勝負は決まっていただろう。
しかし、如何せん相手は心鬼。
超反応で上半身を仰け反らし、刃を避ける。
「はは! 当たんねーよノロマが!」
心鬼は素早く体を起こし、体勢を立て直したかと思うと、空振りし隙の出来た保振の懐へと一瞬で潜り込む。
「死ね!」
そして、腕を保振に向けて突きだした。
刹那、まき散らされる大量の血液。
その返り血を浴びたのはーー
「――――痛ってええええ!!?」
「も~、そばで大声出さないでくださいよぅ。耳が痛いです」
心鬼はその場に倒れ込み、転がりまわる。
見ると、肩から先が無くなっていた。
自身が腕を突き出した、あの瞬間。
動きを読んでいた保振に切断されたのだ。
「惨めで無様ですねぇ。死にかけの蟻か何かですか?」
保振は煽るようにそう言い放つ。
と、その瞬間、心鬼はぴたりと動きを止め、
「……蟻? じゃあその蟻に喰われるお前は何なの? 虫の死骸か何かかな?」
言って。
その場から飛び起き、保振と十分な距離を取ると、口から何かを取り出す。
そしてその何かを、保振の元へと投げ捨てた。
「あー、手?」
右腕――手首より先が無いそれを見つめながら、保振は小さく呟いた。
心鬼の投げ捨てたもの。
それが食い千切られた自らの手だと、今更のように気が付きながら。
「手が……血が止まらない」
「残念だったね。ほら、僕は再生するけど、お前は人間だろ? もう治らないよ、それ」
心鬼は、既に再生した腕をぐるぐると回しながら言う。
「痛いでしょ? 血の出すぎで死んじゃうんじゃない? あーあ可哀想に。でもまあ折角だし、脳みそ置いてってよ」
「死んじゃう、ですか。うふ、うふふふ、えへへへへ」
何がおかしいのか、保振は唐突に、素っ頓狂な笑いをあげる。
「こんなに楽しいのは久しぶりです。”死”の恐怖……ああ、しばらく忘れていました」
「それなら、実際に死ねばもっと楽しいんじゃない? 殺してやるからこっちおいでよ」
「……はい?」
相変わらず嘲るように言う心鬼を、保振は強く睨み付ける。
「何も分かってないですねぇ。違うんですよそうじゃない。だって――死んだら意味がない」
言って。
保振はゆっくりと体の重心を下げる。
そして、次の瞬間。
保振の持つ長刀が、心鬼の腹を貫いた。
「がっ……!?」
なんだ、今のは。
気が付いたら、刀が。
ていうか、この女――
一体いつ動いた!?
心鬼は、自らの腹から刀が引き抜かれるまでの僅かな時間で、様々な思考を張り巡らせた。
しかし結論が出ることはない。
いくら考えても分からないのだ。
そして、思考がまとまることのないまま、次の一閃が彼を襲った。
「―――っ!!」
今度は、先程切断された方とは逆側の腕が斬り落とされる。
その後も保振の攻撃はやむことを知らず、心鬼はどんどん切り刻まれていく。
そして、彼はあまりの連撃に耐えきれず、地に膝を付いた。
「違う違う違うんですよぉ~、実際に死んだらダメなんですぅ~。てめぇが死ぬから意味があるんじゃね~ですかぁ。おら死ねよ死ね死ねぶっ殺してやる」
「はは、なんだお前、僕より狂って――ぎゃっ!」
保振は先程の笑顔を浮かべたまま、心鬼に長刀を突きつけた。
何度も何度も。
突いては引き抜き、突いては引き抜きを繰り返し、休むことなく串刺しにする。
「痛いなぁ~手首が痛い。お前に喰われた手首が痛い。うふふふ楽しいですねぇ~」
「あっ、あっ、あっ、や、やめて……」
心鬼の体から、血が噴き出し続ける。
再生するまもなく突きつけられる刃からは逃れることも出来ない。
「サヨナラ化け物。来世で会いましょう」
トドメです――
保振はそう言って、頭上に長刀を掲げる。
そして、それを振り下ろそうとした――
その時。
「待て保振」
「……あー、何ですか坂口さん」
坂口が保振を引き留めた。