第14話 動員指示
「要するに、ここは結界で囲まれた建物の中ってことか。じゃあ、さっきまで居たあの廃墟はなんだったの?」
「結界の『入り口』の役目を担ってたんだと思います。詳しいことはよくわかりませんけど......」
入り口、か。
廃墟の中が別空間に繋がっていたって認識でいいんだろうか。
正直理屈も何もあったもんじゃないと思うけれど、妖術ってのはそういうものなんだろう。
今更驚くこともない。
それに、大事なのはそこじゃない。
大事なのは、何故入り口なんてものが用意されているのか、だ。
式流ちゃんの話から考えると、身内であれば結界の効果は適用されないはずである。
俺が木野辺村拠点から普通に出入りできたのがその証拠だ。
だったら、わざわざ入り口なんて用意する必要ないじゃないか。
敵に侵入される確率が上がってしまうだけだろう。
じゃあ、一体何のために入り口なんてものがあったんだ?
「まあ、大体のことは分かったよ。説明ありがとね。式流ちゃん」
まあ、分からないことは今はいい。
そんなことよりも今は、ここから脱出することの方がよっぽど重要だ。
ここは敵側の結界の中。何が起こっても不思議じゃないのだから。
□
「しかし遅いなあいつら。何やってんだ?」
練磨がミカを呼びに行ってから、もうかなりの時間が経っていた。
練磨の口ぶりからして、割と早く帰ってくるものだとばかり思っていたのだが。
「途中なにかあったのかも......心配だな」
「大丈夫ですよ。何かあったらすぐに連絡が来るでしょうし、大きな妖気の反応もありませんから」
式流ちゃんはそう言って、俺の目を見る。
そしてそのまま視線を逸らさず、数秒ほど見つめられた。
「真尋さん。こんな時に言うのもなんですけどーー私、本当に感謝してるんです」
彼女は言う。
「あの時は、本当にありがとうございました」
「......霧海山でのことなら、礼を言われる筋合いなんてないよ」
実際そうだろう。
俺なんかよりミカや練磨に礼を言うべきだ。
「違いますよ。確かにそれもありますけど、私が今言ってるのは、お兄ちゃんのことです」
「練磨の?」
「はい。真尋さんが説得してくれたから、お見舞いに来る気になれたんだって。お兄ちゃん言ってました」
「あれは別に、練磨が変にくよくよしてるからさ。ちょっと檄を飛ばしただけで......」
「そんなに謙遜しないでください。今私が兄と仲良く出来ているのは、全部真尋さんのおかげなんですーーあの、それで、私言いましたよね? お礼に出来ることなら何でもするって」
俺がお見舞いに行った日のことか。
確かに、そんなことを言われた気がする。
「大丈夫だよ別に。本当にいいって、礼なんて」
「......まだ、気づかないんですか」
「え?」
「......」
気づかない?
一体何に?
「えっと、式流ちゃん?」
呼びかける。
しかし、彼女は俯いたまま押し黙り、反応を返さない。
どうしよう。
なにか気に障るようなことをしてしまったとか?
「ご、ごめん。気を悪くさせたなら謝るよ。本当にごめん!」
「......いえ、こっちこそごめんなさい。別に真尋さんが悪いわけじゃないんです」
式流ちゃんは、どこか不器用な笑みを浮かべながらそう答えた。
□
「待たせたな。途中少し迷っちまって」
式流ちゃんとの件から数分後、ミカを連れた練磨が戻ってきた。
「お前ら、どんだけ迷ってるんだよ。おかげでこっちはーー」
おかげでこっちは、式流ちゃんと気まずくなっちまったじゃねーか。
「あ? おかげでなんだよ」
「......別に。それよりさ、どうだったんだ? 施設の見回りは。出口とか見つかったのか?」
話題を逸らし、ミカにそう話しかける。
ミカは首を軽く横に振り、
「いや。残念ながらそれらしいものは一つも見つからなかった。どうやら、先に進むしかなさそうだ」
「そっか。まあ、予想はついてたけどな」
......黒火は多分、俺逹をここに連れてくることを目的に、俺逹の前に現れたのだろう。
『死の世界にようこそ』なんて言っていた気もするし。
わざわざ入り口なんかを用意したのも、それが目的だとしたら説明がつくんじゃないだろうか。
まあ、兎に角、鬼使いが俺逹をここに誘い込んだことは確かだろう。
とするならば、そう簡単に出口なんて見つかる筈がない。
「てか迷ったって、それにしても時間掛かりすぎだろ。ここって、そんなに入り組んでるのか?」
「ああ。予想以上に複雑な構造のようだ。分かれ道がいくつもあった」
ミカはそう言うと、俺逹を見回した。
そして、言う。
「分かっているとは思うが、今のこの状況は鬼使いの罠によるものだ。一刻も早く、私たちはここから脱出しなければならない。しかし構造は入り組んでいる。集団で行動してたんじゃあ埒があかない。例によって例の如しーー二手に分かれよう。真尋は私と来い。練磨は式流と行け。いいか、ここは相手の本拠地だ。気を抜くなよ」
□
「雪乃様! こ、この式神は.......っ!」
「分かっているさ雅。非常に機密性の強い、文章伝達専用の式神。密神童子だ。これを使役出来るのは、あの連中の中じゃ二人しかいない」
雪乃は、その式神に記された文章を読みながら答えた。
「ク、クク。そうか、そうかそうか。舐めたことしやがるあの男。我を誘っているつもりか」
彼女はわなわなと震えながら、笑みを口から漏らす。
しかしその笑みには、抑えきれないほどの怒りが含まれていた。
否。
含まれているのではない。
それは、怒りから生まれた笑い。
「ど、どうするのです雪乃様。内容からしてもこれは、とても私たちだけの判断ではーー」
「どうする? 何を言うか。せっかく奴のほうから尻尾をだしてきんだ。これに乗らない手はない。それにどうせ、密神童子の持つ情報の全ては、我々以外の誰に伝えることも出来なかろう」
「で、ではーー」
「東京拠点全隊員に告げろ。総動員だ。殲滅対象は『鞍上雅美』ーー○○区の廃墟を強襲する!」
いい。
これはいい機会だ。
ずっと探し求めていた男が、自ら眼前に現れた。
そのうえ、暫くは秋季も我々の動きを知り得ない。
「クク、殺してやるぞ鞍上雅美。我が弟の仇めっ......!」