第1話 日常
木野辺村。
人口2000人ほどの小さな村で、周りを山々に囲まれている。コンビニやカフェの様な気の利いた店は全くない。
そんな村に、俺、前野真尋は住んでいる。
とはいっても、この村に来たのは一ヶ月ほどまえのことだ。少し前に両親が事故で亡くなり、木野辺村に住む親戚の家へ預けられたのだ。
叔父さんや叔母さんは、俺にとても優しく接してくれる。
最初こそ、自分は世界で一番の不幸者だなんて思っていたけれど――最近は、俺は不幸なんかじゃない。そう思える様になっている。
俺は今、木野辺高校へ向かっている真っ最中だ。
アスファルトで舗装されていない道というのは予想以上に歩くのが辛いもので、都会っ子の俺は毎日死にそうな思いで登校している。
「おーい! 真尋ぉ!」
そんな俺の思いを知ってか知らずか、元気な声で俺を呼びながら駆けてきたのは、同級生の剣菱小太郎だ。
特徴的なツンツン頭、キリッとした眉の割に幼さを感じさせる瞳。
性格は、良く言えば元気。悪く言えば馬鹿である。
「なんだ、剣菱か」
「なんだとは何だ、なんだとは」
「で? 俺に何の用だよ」
「いや……普通友達を見かけたら声かけんだろ?」
「え、俺とお前って友達だったの?」
「傷ついた!」
下らない雑談を繰り広げる。だが、何も最初からこんなふうに会話が出来たわけじゃない。
越してきたばかりの頃は、両親の事もあり、俺は塞ぎ込んでいた。転校生の俺に興味を持ち、話しかけてくる同級生達に冷たく当ることもあった。
――それでも剣菱は俺に話しかけてきた。追い払っても、追い払っても。
その内に俺の方が折れ、剣菱を追い払うことはなくなっていた。
まあ、そんなこんなで気がつけば親しい友人のひとりになっていたというわけである。
それからふたりで学校まで向かい――着いた頃には汗だくになってしまっていた。
いつものこととはいえ……辛い! 辛すぎる! 朝っぱらから全身が汗でまみれるだなんて、都会では考えられないことだ。
「ははは。お前汗やべぇな。頭から水かぶったみたいになってるぞ」
剣菱が涼しげな顔で言った。
なぜこいつは汗ひとつかかずにいられるのだろう。恐るべし田舎育ち。
それとも俺の体力がないだけか?
まあいいか。無事にたどり着けただけでも良しとしよう。それこそ転校初日なんて、学校に到着した時点でその日の体力をすべて使い切ってしまっていた。
それから比べれば成長しているはずである。
「小太郎に真尋! おはよう!」
教室に入った途端、そう元気に挨拶をしてきたのは、藤野夏絵だ。
大きい瞳に長いまつ毛。
ショートボブがよくにあう、元気で明るい女の子。
「おう。おはよう、夏絵」
「オイオイ真尋君。さっきの私への対応とはずいぶん差がありますなぁ」
「だってこいつは友達だし」
「まだ引っ張るかそれ……」
「あはは。やっぱり二人とも、すごい仲良しだね」
夏絵はそう言って、俺たち二人を見て笑う。
彼女の笑顔はとても可愛らしかった。
その時、教室のドアが開いた。
入ってきたのは、二人の少女――大内恵令奈と苅部美嘉だ。
大内恵令奈は、所謂小悪魔系女子というヤツだ。茶色がかった髪の毛に、少し太い眉。たれ目でいつも上目遣いの様に感じる。
髪型は夏絵と同じショートボブなのにずいぶんと印象が違う。
性格はまあ、なんていうか、結構怖い。
苅部美嘉は、大内とは対照的に、目も眉もキリッとしており、腰まで伸びた長い黒髪はどこか威圧感を覚える。背も高く、綺麗な容姿も相まって、まるでどこぞのモデルを彷彿とさせる。
性格は物静かで、口数も少ない。
「エレナちゃんにミカちゃん! おはよう!」
夏絵が二人に挨拶をした。
「おはよう夏絵〜」
「おはよう」
二人も、同じ様に挨拶を返す。
彼女らは夏絵の親友だ。そしてその夏絵と仲のいい俺も、気がつけば彼女達と仲良くなっていた。
まあ、夏絵も含め、彼女らと俺が仲良くなれたのは紛れもなく剣菱のお陰だった。剣菱は基本誰とでも仲が良いので、剣菱と仲良くなると、自然に友達ができる。
剣菱様々だ。
「おはよう。大内、苅部」
「おはよー男子諸君」
大内が敬礼のポーズをとりながら挨拶を返す。チクショー可愛いじゃねーか。
因みに苅部は挨拶を返さなかった。まあいつものことである。シャイなやつなのだろう。うん、決して嫌われてるとか、そういうのではないはずだ。うん。
「ところでエレナ、お前、また胸大きくなったんじゃねぇ?」
剣菱が朝から大内にセクハラをする。
「うるさい黙れ屋上から飛び降りて死ね」
大内が俺に挨拶をしたときの笑顔のまま、剣菱に毒舌を吐く。
いや、違う。目が笑ってなかった。やっぱこえーよこいつ。
こんな感じで、授業が始まるまでのあいだはいつもこの五人で話し込んでいた。
当初、素っ気ない態度ばかりとっていた俺に、それでも普通に接してくれる彼らには、正直とても救われている。いくら謝っても――いや、感謝してもたりないくらいだ。
……はずかしいから口にはしないのだけど。
「そーいえばさ、真尋くん、木野辺村の伝説って知ってる?」
大内が突然話を切り出した。
「いや、知らないけど……伝説?」
「伝説っていうか、木野辺村オリジナルの昔話? みたいな」
伝説なんてモノがこの村にあったとは驚きだ。なんだかわくわくする。
「ふふ、聞きたい? 伝説」
「ああ、聞きたい。教えてくれ。大内」
□
――今思えば、あの時大内が俺に突然そんな話をしたのは、彼女なりの警告だったのかもしれない。
この村に潜む狂気。
これから起こっていく事件。
その全てが、この村の伝説に関わっていたのだから。