前日
体育館裏・葛城巳月
「先輩、俺たち別れない?」
「え…」
久々に児島くんに呼び出されて、喜んで行けば突然の別れ話。
私はただただ唖然としていた。
「なに…言ってるの……?」
「…」
児島くんは何も言わない。
私が分かったと返事するのを待っているだけのようだ。
「…あの、それは、理由を聞いてもいいの……?」
涙は出ないけど、声が震える。
「…言いたくない」
「…そっか」
この後はお互いに俯いてただけ。
何も言わずに無言で、俯いてただけ。
シャララン――
そのとき私のポケットの中にある携帯が鳴った。
児島くんの様子をチラッと伺いながら、私は携帯を取り出した。
見れば児島くんと同じく部活の後輩である纐纈くんからのメールだった。
『別れたんやら?大丈夫?』
「…」
そのメールは私の選択肢を確実に決定づけた。
「もう…言ってあるんだね」
嫌味のつもりで言ったのかもしれない。
「…で、どうするの?」
児島くんが返事を急かす。
「どうするも何も、別れるしかないじゃん」
「…ごめん」
謝らないで。
謝るくらいなら言わないで。
私は耐えられなくなって、その場から去った。
早足で小体育館の前を歩いていた。
そのとき、後ろから私を呼ぶ声がした。
「巳月!」
ハッとして振り返ると、そこには同じクラスメイトの古市昌がいた。
「あき…ら…」
彼女に会えたことでどこかホッとしたのか!弱々しい声が出る。
「巳月?どうしたの…?」
向こうは私の異変に気付いてくれて、足早に駆け寄ってきてくれた。
「昌…フラれ、ちゃった…」
相変わらず涙は出ないのに、声だけが震える。
「え…児島くんに?」
「…うん」
「別れたの?」
「うん…」
「…そっか」
昌が心配そうに私を見る。
「巳月…大丈夫?」
「…うん。いつかは捨てられるだろうと思ってたし」
そんなこと言うけど、本当は内心硬直状態で、心臓だけぐちゃぐちゃにされたみたいな感覚があって気持ち悪い。
「昌、付き合ったばかりの頃言ったでしょ?」
「え?」
「フラれたらカラオケ行って慰め会してね、って約束」
「あ…うん」
「だから、昌の部活が落ち着いたら行こ?カラオケ!」
笑っていう私を、昌は最初こそびっくりして見ていたものの、すぐに笑顔になって頷いた。
こうゆうとき、本当に友達がいてくれてよかったと思った。
だからきっと、このままならすぐに児島くんのことも忘れられると思った。
―――けど
昌と別れてバス停にいるとき。
突然涙が溢れた。
本当に突然。
「え…」
その涙は止まらなくて、止まることを知らなくて、拭いても拭いても溢れてきた。
「…な、んで?」
頭が児島くんのことでいっぱいになる。
付き合ってくれた時から好きじゃなかったの?
児島くんはモテるから私なんてただの遊びだったの?
私に言ってくれてた言葉は全部嘘?
だからずっとあんなこと言ってたの?
私をただのセフレにしたかったの?
体だけ?
なんで付き合ってくれたの?
私のこと、一度も好きだって思ってくれなかったの?
馬鹿みたいな自問を繰り返す。
その度に涙が溢れて止まらなくなって、嗚咽もひどくなって声も出てきて、バス停の前を通り過ぎる車や、犬の散歩をしているおじさんが、私を不思議そうに見ていった。
誰かと一緒にいたい。
誰かと話していたい。
誰か傍にいてほしい。
学校にいたいと思った。
家に帰りたくなかった。
友達に会いたかった。
「たすけてよ……児島く…ん」
それでも私は、彼を求めてしまう。
なんて馬鹿なんだろう。
部室・児島大和
いつ言おうか。
そればかりを考えていた。
別に先輩に対して悪いと思ってはなかった。
だって向こうが勝手に俺を好きになっただけだから。
あのときは早く彼女作ってヤリたかった、ってだけで告白の返事をOKしたけど、今は好きな人ができたから先輩の存在が鬱陶しくて仕方ない。
結局ヤラせてくれないし。
だから、先輩と別れようと決めた。
もう拓磨たちには言ってある。
あの先輩、俺が頼めば何でも言うこと聞いてくれるし、今回も多分すんなり受け入れてくれるだろう。
そう思ってたから、別に別れ話をすることに抵抗は無かった。
ただ、1つ言うならタイミングだ。
俺と先輩が付き合ってることは、秘密にしてもらってるはず。
同じ部活の拓磨と雅意以外には言ってない。
先輩にも言わないでって言ってあるから多分大丈夫だと思うけど…
ガチャ――
そのとき部室のドアが開いた。
「あ、拓磨」
「大和ー、そろそろ体育館戻ってこいってさ」
「んー、わかった」
やっぱり言おう。
部活が終わったら、すぐに。
「先輩」
体育館に戻ると、先輩は片付けをしていた。
「あ、児島くん。どうしたの?」
「部活終わったら、体育館裏で待ってて」
俺はそれだけ言うと先輩から離れて、帰る支度を始めた。
―――。
正直、ほんの少しだけ罪悪感が湧いた。
先輩があんな顔するから。
「…」
俺はしばらく、その場から動けなかった。
後悔してるわけじゃないのに、何故か、動けなかった。
体育館・新谷雅意
先輩がフラれたらしい。
そもそも大和が先輩の返事をOKしたのは、俺と拓磨が先輩にしたらいいんじゃない、と後押しをしたからだ。
別に大和が先輩を好きじゃないのは元から知っていた。
だけど、先輩は嬉しそうだし、余計なこと言う必要も無いと思って、特に何も言わなかった。
(…結構普通じゃん)
先輩はいつもと変わらない様子で部活に参加していた。
大和とも普通に話してた。
やっぱりそうゆうとこは大人の対応というか…
部活は部活として割り切ってるんだろうか?
そんなことを考えていた。
片付けをしているとき、大和が部室から戻ってきた。
「あ、大和」
「ん?」
「お前よく元カノとあんな普通に話せるな」
「あー…まぁね」
「気まずくないの?」
「や、別に普通だけど」
「ふーん」
そんなもんなのか。
そう思ってた。
(…でも、あの大和が別れた女とあんな普通に話すか?)
そんなことを考えたが、その考えはすぐに頭の中で消した。
ま、俺には関係ないし。
ただ、一応先輩の恋に協力してた立場だから、少しだけ心配ではあった。
鍵当番だった俺は最後まで体育館に残っていた。
全員が出たのを確認してから、鍵をかけて教官室に行こうとしたときだ。
「……」
「ん?」
なにか、すごく小さな声が聞こえたきがした。
周りを見渡すが、部活終わりの生徒がだべってるだけだ。
(…気のせい?)
俺はすぐに向きを直して教官室へ戻った。
きっと気のせいだ。
先輩の震えた声に似ていたなんて。