第八話 男には余裕が必要
ゴブリンの掃討戦に参加のできない俺は、ホルと適当な店で昼飯を食べることにした。
掃討戦に駆り出されている冒険者が多いせいか、店内には俺たち以外に客の姿は見当たらない。
一番端の席に座り、手持ちのお金と相談して、適当な料理を頼んだ
ホルが提示した店は、結局財布の都合により却下した。
駆け出し冒険者は、お昼から贅沢をするわけにはいかないのだ。
「ソラトさんがそこまでケチだったなんて、見損ないました!」
円形テーブルの上に置かれた木製コップの縁に座り、ホルが腕を組んで拗ねている。
店のマスターに頼んで出してもらったコップの座り心地は悪くないらしい。
「貧乏生活なんて嫌だろ? 明日食うものに困る生活とか。ある程度余裕を持って、生活しないと」
「豪遊しない、気前のよくない男にならないで下さい! そんなことで、複数の女の子とハッピーなエンディングを迎えられると、思っているのですか!?」
「だから、ハーレムしないって言っているだろ。お前が望むような結末は存在しないんだよ」
「どうして、そう消極的なんですか! この世界を楽しもうとする気は無いのですか!?」
「余裕ができたらな」
今の俺は生きることに精一杯だ。
もうすぐ街の外では大きな戦いが始まろうとしているのに、こうしてのんびりご飯を食べようとしている。
こんな時、主人公になるべくして生まれてきた奴は、きっと最前線にでも立って皆を守るのだろう。
自衛すらままならない俺には到底無理なことだ。
まともに魔物を狩ったこともなければ、本気で命の奪い合いもしたことがない。
ひっそりと生きて、無事に元の世界に帰る。
ただ、それだけに集中するべきだと今は思っていた。
「はいよ。おまちど」
ごつい腕に運ばれてきた皿がテーブルの上に置かれた。
皿の上には魔物の肉が生で置かれている。
初めて食べる魔物の刺身は、結構生々しい赤色だった。
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、冒険者なのかい?」
「ええ。掃討戦に参戦できない駆け出しですけど」
自虐的な笑みを浮かべて答えてみる。
事実だし、それに関して劣等感を抱いているわけでもない。
「嘘つけ。妖精持ちで黒髪なのにそんな弱いわけないだろ。まぁ、お前さんみたいな奴が、この街にいること自体が珍しいけどな」
マスターのおっさんは、呆れ呆れに言った。
妖精もちは珍しいから強いと錯覚するのは、まだわかる。
ただ、黒髪とはどうゆうことだろう。
「黒髪だから強いって、何か根拠でもあるのですか?」
俺とおっさんの会話をよそにホルが食事にありついている。
おっさんは、顎に手を当てて記憶を引っ張りだし教えてくれた。
「王都で編成されている魔王討伐部隊の主力は、みんな髪が黒いって聞くぞ。それに、それぞれが特異的な力を持っているとも噂になっている。ギルド本部の街にいる上級冒険者にも黒髪が多いらしい。兄ちゃんはそこから来たんじゃないのか?」
すっかり失念していた。
この世界には俺の他にも異界人がいるのだ。
しかも、彼らは俺とは違って本物のチート持ちだろう。
出来れば会いたくないと言うのが本音である。
魔王討伐に巻き込まれるなど、命がいくつあっても足りない。
それに俺のチートは異界人には適応されない、本当に役に立たないチートへと成り下がる。
とてもじゃないが他の異界人と出会って、良いことが思い浮かばない。
あるとすれば、チートを介さず本音で付き合えるということぐらいだろうか。
「全然違います。俺は本当にただの駆け出しです」
「そうなのか。変な目で見てすまねぇな」
「いえいえ。それより、今回のような大規模な戦いはよく起こるのですか?」
「王都やギルド本部があるような大きな都市ならそうだろうな。この辺じゃゴブリンと言えど珍しいよ」
珍しいと彼は言うが、様子には落ち着きが感じられる。
この街の冒険者を信頼しているのか、それともゴブリン程度じゃ心配ないと言うことだろうか。
「教えて頂いてありがとうございます」
「いいよ、いいよ。今日は客が少なくて暇だったからな」
おっさんはそう言い残し店の奥へと消えた。
夜の分の仕込みに行ったのだろう。
腹も空いた、俺も食べよう。
そう思い、テーブルに目を向けると何も乗っていない皿が一つ。
「美味しくてつい」
大食い妖精が舌を出しておどける。
等身大のかわいい女の子がすれば、グッとくる仕草だと思う。
しかし、この妖精がすると何故かイラッとする。
「代金はお前が払えよ」
「食い逃げになっちゃいますぅ!」
「とうとうお前も犯罪者か。楽しく余生を送れよ」
「ごめんなさい! ネナさんとのデートをセットするので、許してください!」
ホルがテーブルの上で土下座をしている。
きっと、その姿勢の意味が分かるのは俺だけだと思う。
これ以上、泣き叫ばれると俺の評判が落ちかねない。
とりあえず、代金を支払い、店を出た。
「美味しかったですねー」
ホルは俺の肩に乗り、満足そうな笑みを浮かべた。
こいつケンカを売っているのか?
公共の場じゃ無ければ今すぐにでもしめてやるのに。
心なしか街はいつもより人気がない。
街の外からする爆発音のせいだろう。
住民は基本的に家の中にいる、いつもは露店が多く並ぶ広場も今日は店の数が少ない。
今頃、外ではゴブリンたちとの戦闘が繰り広げられているはずだ。
大規模な戦闘って、どのくらいで終わるんだろう?
夕方までこの調子では、住民のストレスも相当なはずだ。
「ソラトさん? 何か聞こえませんか?」
「戦闘の音だろ? 数は少ないけど魔法を使える人もいるみたいだし」
「いえ、何かの叫び声です」
耳を澄ませ遠くの音に集中する。
外の戦闘の爆発音に交じって、確かに何かの叫び声が聞こえる。
人の声じゃないその声は、徐々に近づいてくる。
まさか……
「ホル、武器化してくれ」
周りに人がいないことを確認してホルに武器化を促す。
俺の考えを察してか、彼女は何も言わずロングブレードへと姿を変えてくれた。
ロングブレードを右手に握り、灰色の外套についているフードを被る。
目をつむり、この前習得したばかりの『索敵』で気配を探った。
まだ、スキルLv(1)の初級スキルなので、あまり広範囲の気配を具体的には探れない。
人か魔物かは分かるが、あの辺にこれくらい居るといったアバウトな索敵だ。
それでも、分かるだけでもありがたい。
索敵の結果は最悪の予想と同じだった。
街の近くまで魔物が接近している、小さな反応が多数。
そして、その後ろから人の反応が多数、その集団を追っている。
追っているのは掃討戦に参加していた冒険者たちだろう。
向かってくる魔物はゴブリンのはず……あの数では俺一人、向かった所で意味はない。
他にも戦えそうな人間がいる場所……あそこしかない。
俺はギルドの建物に向かって全速力で走り始めた。




