第七話 浮気はダメ
柔らかい光を瞳に感じ、頭にぼんやりと意識がともる。
まだ重い瞼を薄く開けると、テーブルの上に置かれた小さな手作りのベッドで眠る、変態妖精が目に入った。
腰まで伸びたピンク色の髪と小さな肩が、一定のリズムで上下に動いている。
黙っていれば、可愛らしい妖精なんだけどなぁ。
お礼をするためにアリュラとご飯に行った日も、耳元でずっと悪人モードに入って、訳の分からないことを言っていた。
もちろん、全部スルーでアリュラとはご飯を食べた後、そのまま宿に帰ってきてそれぞれの部屋で寝た。
ホルには『何をやっているんですか!? ここで、襲わない男が何処にいる!!?』とか言われたけど、頭を掴んで黙らせた。
こいつは、俺にハーレム主人公の道を本気で歩ませたいらしい。
そんな気は無いと、ずっと言っているはずなのに。
ベッドの上で上半身だけを起こし、両手を突き上げる。
背中や腰の関節が音を立て、心地のいい痛みが脳を覚醒させてゆく。
「ステータス」
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名前:ソラト・アイバ
種族:人間
レベル:5
SP: 3
ギルドランク:E
筋力:75
生命:50
敏捷:77
器用:54
魔力:55
スキル
相思相愛:《ユニーク》
剣術:《2》
弓術:《2》
槍術:《2》
火魔法:《2》
詠唱破棄:《1》
生活魔法:《1》
索敵:《1》
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この一週間で様々な依頼をこなし、時々は獣を狩っていたせいかレベルが5に上昇。
SPを3だけ使って『索敵』スキルを獲得、アリュラに見せてもらったことが功をそうした。
そして、火魔法のLvをSPを使って上げてみた。
俺の中では最大火力の魔法が弱いとなれば、心もとないからだ。
残念なことに器用さが51から54の最低値しか上がらなかったことは、少しだけ悲しい。
ギルドランクはEに昇格し、Eランクのクエストを多くこなしたせいで、Dランク昇格へのギルドポイントはほぼ溜まっている。
ステータスを閉じてベッドから出た。
体内時計が正しければ、朝食までまだ時間があるはずだ。
ホルを起こさない様にゆっくりとドアを開けて廊下へと出る。
朝食まで時間があるせいか、人の気配が無い。
歩けば木が軋む廊下を、出来るだけ音を立てない様に慎重に歩く。
睡眠は誰しも大事だ。
朝の神聖な睡眠を外部の音で邪魔されたくないはず。
それはこっちでも元の世界でも変わらない。
階段を下りて、一階に着くと食堂の方で人が忙しなく動いている。
この時間はいつも朝食の準備で忙しそうだ。
「おはよう。今日も早いのね」
いつも受付に居る女将さんだ。
朝は早いはずなのに彼女の顔は仕事中の女性そのものだ。
いつ寝て、いつ起きているのかとても気になる。
「おはようございます。今日も忙しそうですね」
「いつものことよ。気を付けていってらっしゃい」
「はい。いつも、ありがとうございます」
女将さんとそんな会話をしつつ、宿の外へと出た。
朝日が昇ったばかりの空気は身に刺さり、寒さとなる。
この宿に泊まり始めて2週間、朝のランニングは日課になりつつある。
軽い準備運動を終えて、ランニングを始める。
最初はゆっくり、身体が暖まれば少しだけ速度を上げる。
そして、適当に汗を流して宿に帰る……のが、前までのパターン。
だけど、最近はこれに変化が加わった。
「よう! 身体は暖まってそうだな!」
広場に着いた俺を出迎えたのは、メインさん。
この街に入る時、門番をしていた人だ。
以前、ランニング中に声をかけられ話していると、一緒に練習するかという流れになり、今はこうしていつも広場で合流する。
「ばっちりだよ。今日もよろしく」
「じゃあ、さっそく始めるか!」
メインさんは腰かけていた長椅子から立ち上がると、俺と距離を開けた。
そして、素手の状態で俺たちは構える。
戦闘経験が圧倒的に少ない俺は、毎朝こうしてメインさんに鍛えてもらっている。
身体能力はステータスに依存するとは言え、上手く身体を動かすことが出来なければ意味は無い。
もちろん使う武器を持ったままする、それが一番効率がいい。
ただ、ホルの武器化を見られるわけにもいかず、素手による訓練に落ちついている。
さて、これが終われば朝食が待っている。
頑張っていきますか!
メインさんとの訓練後、宿舎に戻ると朝食の準備が出来たと女将さんが教えてくれた。
ホルを起こすために自室に戻り、小さなベッドを人差し指で弾き回転させる。
「おおう!!!?」
ホルが目覚めたことを確認してベッドの回転を指で止める。
ベッドが止まったことに安堵した変態妖精は、心臓を抑えベッドからぬるりと出てきた。
「し、死ぬかと思った……」
「死ねなくて残念だったな」
「もうちょっと、優しい起こし方は出来ないのですか!!? これでは、心臓が持ちません!!」
「嫌なら、俺より早く起きることだ」
寝起きのホルを肩に乗せ、人でにぎわう食堂へと向かう。
何処に座ろうか考えていると、人混みの中で手を挙げるアリュラを見つけた。
どうやら、先に来て席を取っていてくれたらしい。
「おはよう。今日も仲がいいのね」
「おはようございます、アリュラさん! 聞いて下さいよー、この変態ソラトが私を苛めるんですんですぅ」
ホルは俺の肩からフラフラと降りると、泣きまねをしながらアリュラ元へ。
「こら、ソラト。女の子を虐めちゃダメだぞ」
いつものようにアリュラからお叱りを受ける。
あの変態妖精め、舌を出して俺を挑発してやがる。
「はいはい。俺が悪うございやした」
適当に流してアリュラの正面に腰を下ろす。
今日の朝食は目玉焼きに焼き魚のようだ。
どんな組み合わせだよ……
「アリュラさん! このヘタレ反省していません。こんなんだから、何時までもアリュラさんの魅力に気がつかないのですよ! 貧乳にだって夢は詰まっているのに!」
「胸は関係ないでしょ! 胸は!!」
彼女たちのじゃれ合いを余所に、今日の予定を考える。
確か、Dランクへは昇格試験を受ける必要があるんだっけ。
そこまでいけば、魔物討伐の依頼を受けることが出来る。
昇格試験の内容は受ける直前に明かされるので、どんな内容かは当日にならないと分からない。
基本は簡単な魔物退治が多いらしく、監査官として高ランクの人が一緒に行くので死ぬことは無い。
問題は、誰かに見られた状態で戦闘を行わなければいけないことだ。
ホルの武器化を当然ながら、晒すことになる可能性が高い。
念を入れて、フェイクの武器を買っておくべきか……訓練用の武器も欲しかったし、今日の予定は武器屋に行くことだな。
朝食を食べ終わった後は、宿の外でギルドに向かうアリュラと別れて、武器屋を探すために露店の多い場所に足を向ける。
場所は以前、アリュラに聞いていたのであまり迷わず辿り着くことが出来た。
店の前で中の様子を伺っているとホルが髪を引っ張ってきた。
「なんだ?」
「ソ、ソラトさん? どうして、武器屋の様子を伺っているのですか? ま、まさか何か武器を買う気じゃありませんよね!?」
「買う気だから来たんだろ? そろそろDランクに上がることだし、武器の一つくらい買ってもいいだろ」
「う、浮気です!! 私と言うモノがありながら、他の武器を手に取ろうとするなんて!」
「どうしてそうなる!?」
この変態妖精は俺が他の武器を持つことに反対のようだ。
かといって、もしもの事態や今後のことを考えれば武器を全く持たないわけにはいかない。
「もちろん、いざって時はお前に頼るさ」
ホルの制止を振り切り、店内へと入った。
店員はカウンターにいる40歳くらいのおっさんが一人だけ、店内のお客さんは腰に武器をぶら下げた男が数人いる。
他のお客さんと同じように、壁にかけてある剣や槍を見ていると、ホルが肩に乗ってむくれていた。
「そんなに嫌なのか?」
「別にー、好きにすればいいじゃないですか?」
「訓練用に欲しいのと、使うのは人目につく時だけだ。だから、許してくれよ」
「フン!」
ご機嫌斜めのようだ。
ゆっくり武器を選びたいが肩に乗ったホルが、耳を触ってきたり、髪をいじってきたりして集中できない。
今度、一人で黙って買いに来よう。
適当に店内を見渡し、出口へと向かう。
店員のおっさんに睨まれたような気がしたけど、そのまま店を出た。
「買わなくていいのですか?」
「うーん……相棒の許可が無いなら保留かな」
「流石です! ソラトさん見直しました! もうヘタレだとかバカにしません!」
「今までバカにしていたのかよ!」
ホルとくだらない話をしながら、ギルドへと向かう。
時間的にはお昼前だ。
簡単な採取系の依頼なら、こなす時間くらいあるだろう。
そんなことを考えてギルドへ行くと、カウンターに人だかりが出来ていた。
「なんでしょうかね?」
「面白い依頼でもあったのか?」
興味をひかれて、俺もカウンターへ近づく。
パッと見ただけでも二十人近い人数がカウンターに集まっているのだ、受付をしているネナさんまで近づけもしない。
しょうがないので諦め、落ちつくまで待つことにする。
その間に受ける依頼でも確認しようとして肩を叩かれた。
「武器は買えた?」
「いや、まだだ」
そこには、朝宿で別れたアリュラの姿があった。
「アリュラ、あの人だかり何か知ってる?」
「あれね。近くの平原にゴブリンが大量に発生したらしいわ」
「ゴブリン? この辺りのゴブリンは、駆けだし冒険者たちが狩っているはずじゃ?」
初級冒険者がぶつかる最初の壁、ゴブリン。
群れる習性とごく稀に作戦を立案する知能が高い奴がいる。
まだ、Eランクの俺は戦ったことは無いが、アリュラから簡単な説明は教えてもらったことがある。
始まりの街と呼ばれるミスオンではランクの低い冒険者が多いこともあり、ゴブリン狩りの依頼はすぐに受諾される。
そのはずなのに大量発生するとは、どうゆうことだろうか。
魔物の生まれる仕組みを、まだよく知らない俺には異常事態なのかどうか判断がつかない。
「そのはずなんだけどね。見過ごすことは出来ないから、ギルドが大規模な討伐をするそうよ。あの人だかりはその人員募集ってこと」
「もちろんDランク以上だよな?」
「そうよ。だから、ソラトはお留守番ね。魔法を使える人材は貴重だけど、仕方ないわ」
「役立たないヘタレですね」
「ほっとけ」
魔物討伐はDランク以上なのでこればっかりは仕方がない。
始まりの街にいる魔術師の数は比較的少ない……と言われているらしい。
魔術師は強力な魔法を使える分、早くランクが上がるので街に留まる期間が短いのが原因だ。
大規模な掃討戦は稼ぎがいいと思うが、参加自体が不可ならどうしようもない。
それに大量のゴブリンと言えど、ギルドもかなりの人を集めているようだ。
カウンターには次から次へと人が集まってゆく。
「アリュラも参加するのか?」
「ええ。せっかくの機会だし、有効に使うわ」
Cランクの彼女はきっと参加者の中でも上位に食い込むだろう。
これだけの人数が参加するんだ、心配するだけ無駄のようだ。
そもそも、ギルドランクもレベルも低い俺が心配出来る立場では無いんだけど。
「ソラトさん今日の依頼はどうします?」
「係員の人は忙しそうだしな。他の依頼を持って行っても迷惑なだけだろ」
「じゃあ、ご飯行きましょ! 気になっていた店があるんです」
「高い所はダメだぞ」
「も、もちろんですよ」
その反応は絶対高いだろ。