第五話 スピードが大事
「もう、ギルドカードをしまっていただいて大丈夫ですよ」
猫耳職員さんの笑顔は本当に癒される。
言われたとおり、懐にギルドカードをしまう。
「次にギルドについての説明にお移りしてもよろしいですか?」
「お願いします」
「ギルドランクはF~Sに分けられます。Sクラスは名誉ある行為をするなど、ギルドマスターから、指名されなければなれないので、実際はF、E、D、C、B、Aでお考え下さい。Dランクから魔物討伐関係の依頼を受注可能となります。まずはそこを目指して頑張ってください。ここまでで何か質問はありますか?」
首を横に振る。
「次に依頼、クエストについてですが、基本的に自分のランク以上のクエストを受けることは出来ません。Dランクの人はDランク以下のクエストを受けるしかできない感じです。受ける場合は上のランクの人とパーティーを組むなどをしてください。ただし、Fランクの方はEランクのクエストを二つまでならば、受けることが可能です。クエストを達成しますと報酬とギルドポイントが与えられます。一定数に達しますと、ランクが上がります。依頼に失敗すると、減少することもあるので気をつけてください。ここまでは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
なんとなく理解できたが、ハタハタと動く猫耳が気になって仕方がない。
おかげで、集中がそっちにいってしまう。
「次は……えっと、えっと……なんだっけ……す、すいません、少しお待ちください」
彼女はパタパタと違う職員に駆け寄って行った。
二・三個、確認するとすぐに戻ってきた。
「ごめんなさい、違う、も、申し訳ありません。私、手順をよく覚えられなくて……えっと、えっと、あれ? なんだっけ? も、もう一回、聞いてきます!」
何も言っていないのに、一人で釈明を述べる。
相当焦っているようだ。
慌ただしく、彼女は再び去っていった。
「ダンナぁ……ハーレムに加えましょうぜ。巨乳、猫耳にあの性格。あれは上玉ですぜ」
ホルが悪人モードに入っている。
「アホか。俺はハーレムを作らん。あのムカつく神の言う通りにはせん」
「なんですか!? そのチートを女性を騙すためだけに使う気ですか!?」
グっ、事実だから否定できん。
「これから、人の為になることをするんだよ。俺が私利私欲のために、力を行使しないことを証明してやる」
「想像してくださいよ……あの、大きい胸が我が物になるんですよ! 触り放題、揉み放題。何より、あの耳! 触りたくないのですか!? 探究心を失った人間に価値はあるんですか!?」
話が壮大になりつつあるが、確かにあの猫耳には興味がそそられる。
だが、勝手に触るのはセクハラだ。
一人の女性を愛す、紳士の俺はそんな無粋なことはしない。
猫耳職員さんが戻ってきた。
「度々すいません! ええっと……」
目を上にして、何かを思い出そうとする職員さんをホルが遮った。
「職員さん! お名前は何と言うんですか!? 私はホルって言います! 年齢は永遠の16歳です! 倫理的に!」
ホルは俺の肩から降りて、カウンターの上で自己紹介をした。
別に悪いことではないので、便乗して名乗る。
「こいつの飼い主。冒険者見習いのソラトです。よろしくお願いします」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。そ、そう言えば、名乗ってなかったですね。ネナと言います。年齢は、に……20歳です」
ホルに触発されたのか、恥ずかしそうに年齢まで答えてくれた。
本当にいい人だ、将来悪い男に騙されないか心配である。
ホルが畳み掛けるようにマシンガントークを繰り出す。
「ネナさんは、彼氏いるんですか? 居ないなのであれば、どんな人が好みですか!?」
「か、彼氏はい、いませんっ。えっと、えっと……好みは、や、優しくて包容力がある人ですっ」
「うぉぉぉおお!! キタキタァ!!」
何が来ているのか全く分からない。
「このソラトなんてどうですか!? 未だに故郷の愛する人を思う、一途な所も高評価だと思います! 今はまだレベルが低いと思いますが、そのうち高くなって、ギルドでも一目おかれる存在になります! かなりの良物件だと思うんです!」
「で、でも……故郷に愛する人が居るのに、私なんて……」
ネナさんがチラッと俺の方に視線を向ける。
心なしか、顔も赤い気がする。
ホルの言い方だとかなり、ドラマチックに聞こえるが、真実は俺の一方的な片思い。
つまりは一方通行だ。
「こら、その辺にしとけ。ネナさんが困っているだろ」
「ソラトさん! 恋はスピードが肝心なんですよ!!」
それは知っている。
一度、空いてしまった、相手との距離を詰めるほどしんどいものはない。
「うちのホルが粗相を申し訳ありません。あとで、反省の意味も込めてつるし上げとくので」
「ちょ!!? SMプレイ!!?」
訳のわからないこと言っているホルの頭を指でつまむ、後頭部に親指、人差し指が口を塞ぐ。
「い、息が!」
「お前なら、大丈夫だ。すいません、続きをお願いします」
「えっと……それでは、説明致します。Dランクからは魔物の討伐系クエストを本格的に取り扱うために、ランクが上がる際に試験が課せられます。ギルドが冒険者の実力を見るためです。詳しい説明はその時に致しますので、ポイントが貯まっても試験に合格しなければDランク、引いてはそれより上のランクには上がれないことをご理解ください。質問はありますか?」
「いいえ、もしあればまた聞きに来ます」
「かしこまりました。では、ソラトさんから見て、右手の部屋に受注可能なクエストがございますので、ご確認ください。お気をつけて」
ネナさんの柔らかい笑みに見送られ、俺はクエストの貼ってある部屋へと入った。
すごく、注目を集めているような気がするが気にしない。
F・Eランクのクエストが貼ってある掲示板の前に来て、あることを思い出した。
――俺は文字が読めない……
意思疎通は出来ているのに、文字に関する知識は全くない。
そこはご都合主義でなんとかして欲しかった。
「ソラトさん! 文字を読めないことを口実に、ネナさんに話しかけましょう!」
「いやいや、リターンするのは、早すぎるだろ」
確かに依頼の紙を持って、職員であるネナさんに聞けば音読くらいはしてくれるだろう。
だが、さっき話し終えたばかりだ、気恥ずかしさが残る。
「近年、大流行している草食系男子ですか? 攻めなければ目的は達成できないんです! レッツゴーですよ!!」
ホルは適当に依頼の書かれた2枚の紙を持つと、再びカウンターへと飛んで行っていしまった。
後を追いかけ、再びネナさんと向き合う。
「ネナさん! このクエスト受けたいです!」
ホルがカウンターに依頼の紙を置いた。
そして、音読を頼むと発音のいい、キレイな声で読み上げてくれた。
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・Eランククエスト
討伐
角シカの討伐
討伐アイテム:角、肉、毛皮
1匹あたり 銅貨5枚
生息範囲 ミスオン周辺
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・Eランククエスト
採取
エフラ草の採取
3枚辺り 銅貨2枚
生息範囲 東門付近
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「受けますか?」
「二つとも受けます。エフラ草の見本とかってありますか?」
「はい。ございますよ」
ネナさんが職員の部屋から持ってきたのは、赤い葉をした草だった。
この草は回復薬の材料になるので、常に依頼が出ているらしい。
草の形と色を頭に叩き込む。
よくある鑑定スキルとかあれば、楽なのにとか思ってしまうが、無いものは仕方がない。
改めてネナさんにお礼を言って、ギルドを出た。
さて、初めての依頼だ、気合入れていかないと。
「おい、新入り」
振り返るとスキンヘッドの大柄な男が俺を睨んでいた。
「何か?」
「てめぇ、今日から新しく冒険者になったくせに、ネナちゃんと仲良くしすぎじゃねぇか?」
これはいわゆる、絡まれるというやつだろうか。
非常にめんどくさい……それに仲良くしようとしていたのは俺じゃなくホルの方だ。
……待てよ。
今、俺のこのスキンヘッドに対する好感度は限りなく最悪だ。
話したことのないやつに、威圧されれば不快な気分になる。
つまり、チートの効力でこいつも俺を邪険している?
だとすれば、ネナさんに無理に頼みごとを聞いてもらったときと、逆の事例が起こる?
仮にいくら謝ってもらっても、許してもらえないとか。
めんどくせぇ……それだと、厄介事しか起こらない……
「何か言ったらどうなんだ? あぁ!!?」
スキンヘッドがさらに威圧してくる。
こいゆう時、主人公持つようなチートがあれば、お灸を据えることができるんだろうが、俺にはそんな強力なチートはなく。
ましてや、レベルは2で雑魚中の雑魚だ。
どう対処しよう……
「美女に話しかけて何が悪いんだ!?」
肩に乗っていたホルが大声をあげた。
フラフラと宙を舞い、男の顔面に迫る。
「あなたは何とも思わなのですか? あのピコピコ動く猫耳、芸術とも言える身体の曲線美! あんな美人に話かけないなんて、人としての探究心を失っているんじゃないですか!!? 人に当たる前に自分で行動したらどうなんですか!? 男の嫉妬など見苦しいです!」
「おぉ……」
ホルのマシンガントークに男は圧倒され、後退りしている。
「た、確かに、あんたの言う通りだ……遠くから眺めているだけじゃいけねぇ!」
「そうです! 想いは言葉に行動にしないと意味がないんです!!」
「ああ! 分かった! 行ってくる!」
男は両こぶしを握り、何か決意した様子でギルドへと入っていった。
完全にホルの口車に乗せられたような気がしたが、本人がいいならそれでいいとしよう。
何より、穏便にことが済んだ。
「ホル。助かった」
「私は自分の想いを言っただけです。行動できない恋など本物ではないのです」
この世界に来て、初めてホルがかっこよく見える。
正直、今ほどこいつを連れていてよかったと思うことはない。
ただ、ホルの言葉は俺には痛いものだった。
俺は片思いの人に対し、何も行動が起こせなかった。
じゃあ、ずっと抱いてきた想いは偽物だったのかと、聞かれると、そうではないと言いたくなる。
初めて出会ったあの日から、初めて声を交わしたあの日から俺は彼女のことが好きなった。
『秋月 茜』その名は俺にとっては特別で、そして彼女が自分と違う世界に住んでいると理解したのは最近だった。
手の届かない存在は、月に手を伸ばすようで、いくら伸ばしても正確な距離さえ分かりはしない。
今はその月の姿すら見ることができなくて……ちょっとだけ、寂しい。
「ソラトさん? 何、ぼーっとしているんですか? 早く行きますよ!」
ホルが顔をぺちぺちと叩いてくる。
結構、痛いぞこのやろう。
「強く叩きすぎだ! それ少し考え事をしていただけだ。さっさとクエスト終わらせて、休むぞ」
「宴ですね!」
「金がかかるから!! 普通にだ!」
俺たちは元気よく、初めての依頼へと向かった。