エピローグ
長い夢を見ていた。
意識が灯った身体を起こし、周りを見る。
ベッドの周りには、引っ越してきたばかりなので、段ボールが散らかっている。
大学生となり、初めての一人暮らしにテンションが上がり過ぎて、まだ片づけは微塵も進んでいない。
そして、高校生の頃からよく見る、夢の内容を思い出す。
光の中で黒髪の少女が何かを言っている、最後の方は聞こえなくて、俺は彼女と別れる。
そして、次はピンク色の髪を持った、小さな女の子と光の中で別れる。
彼女たちが誰でどこの人なのか、俺は彼女たちと何を話していたのか、全く思い出せないが、彼女たちは泣いていた。
俺が泣かせてしまったのだろうか……それすら分からない。
それに夢だ。考えるだけ無駄だし、ピンク色の髪の女の子は完全に人の大きさじゃない。
小さすぎて、妖精とか言われた方がしっくりくる。
そんな未知の生命体は映画や小説の中だけで、現実ではありえない。
ただ、何度も見る夢なので、俺の願望と言った方が正しいのだろうか。
確かに俺は高校2年の時に、周りから雰囲気が変わったと言われることが多かった。
今までにないくらい友達もできたし、そいつらとは今でも付き合いがあるくらいだ。
それに、学校のマドンナ的存在だった、『秋月茜』から告白された時は、本当にビックリした。
結局、大学に入るまで付き合った彼女には振られてしまった。
『あなたは、私の事を見てくれないもの』
それが彼女の最後の言葉だった。
確かに、今思えば俺はいつも夢の中に出て来る、女の子たちの事を考えていたような気がする。
彼女と手をつないでも、肌を重ねても、頭の片隅には、夢の残像が常にあった。
夢に出て来る子が気になるなんて、自分でも相当危ないと理解している。
だから、いい加減に現実を見ようと思った。
これから、大学の4年間で何が起こるだろうか、楽しみと同時に不安になる。
社会に出ても、俺は楽しくやれるだろうかと。
「考えても仕方ないか」
未来の事なんて誰も分からない。
今を全力で生きるしかないんだ。
朝からそんな変なことを考えて、枕元のデジタル時計を見ると、もう家を出る時間だった。
朝食を食べている暇は無いので、適当な服に着替えて家を出た。
大学までは歩いて10分くらいだ、途中にある交差点を渡ればキャンパスはすぐそこである。
交差点に並び、腕時計に目をやる。講義に間に合うかどうか微妙な時間だ。
初の遅刻かも。そんな事を胸にドキドキしていると、青いボールが交差点に転がった。
それを追いかけて、小さな女の子が交差点に入る。
横からはトラックが猛スピード接近しており、このままじゃあの子は轢かれる。
何故かはわからない。だけど、そう思った瞬間、俺は交差点に向かって走り出していた。
「あれ……? ここは?」
目の開けるとそこは純白の空間。
身体を起こし、周りを見ると白いテーブルに腰かける金髪の少年が一人。
「やぁ。神の部屋へようこそ相葉空人君」
金髪の少年はそう言って、事の顛末を教えてくれた。
俺が女の子を救った代わりに死んだこと、今から別世界の人と入れ替えで異世界に行ってもらうこと。
そして、神の祝福と呼ばれる力をくれること。
「まさか、自分が異世界転生するとは思いませんでしたよ」
「僕たちはチャンスを与えただけだ。向こうの世界で何をするのも君の自由だ。その昔、魔王を倒した子もいたけどね」
「凄いですね。俺には到底無理です」
その魔王を倒した奴はきっと主人公として、生まれた奴なんだろうな。
道の端に転がる石ころの俺とは違う、華々しい人生を送っているのだろう。
「じゃあ。君の相棒となる子を紹介するよ」
神様が指を鳴らすと、目の前にピンク色の髪をもった妖精が現れた。
「妖精のホルだ。君の相棒となる子だよ。仲良くしておくれ」
「えっと……ホルです。よろしくお願いします」
そう言って、妖精は少し遠慮気味に頭を下げた。
初めて会うはずなのに、夢の中で見た妖精にその子はそっくりだった。
だから、初めて会う気が全然しなくて、だけど行き成り馴れ馴れしくするのはよくない。
彼女はこれから未知の世界を生き抜くための重要なパートナーなのだから。
「初めまして。これからよろしく」
第一印象は大切だと思うから出来るだけ、笑顔でそう言った。
そして、俺たちは光に包まれ、異世界へ旅立つ。
その光の中で、ホルと名乗る妖精の声がした。
「約束、覚えていたんですね」
何のことかさっぱりだった。
「真奈美お姉ちゃん。転生の間に反応があるって」
「分かったわ。すぐ行く」
滉一に言われ、真奈美は私室の机から立ち上がる。
机の上には、王都の貿易や運営に関する資料で埋まっており、後で片付けるのかと思うと少しだけ気が沈んだ。
城の廊下歩き、『彼』が居なくなってからの記憶が脳に浮かぶ。
魔神が死んで二年の間に色々とあった。魔王が居なくなったとあって魔王軍は解散。
しかし、国に平和が訪れたのは一瞬で、今は他国といつ戦争を始めてもおかしくない緊張状態にある。
何故か、テクノス王国に残ったベストラの尽力で残存する、魔族との戦争は回避できそうだから、人間と魔族を同時に相手する心配は無さそうだ。
エルフのアリュラと獣人のネナのパイプを使って獣人やエルフたちとの取引も順調だが、人間の起こす戦いに彼らを巻き込みたくはなかった。
だが、他国には異世界から、人を召喚するなどの方法で戦力を増大させようと考える国もある。
ただ神の祝福を持っていない異界人が、どれ程の力を持つのかは未知数だった。
いわゆるチート持ちと呼ばれる異界人は、現在真奈美が向かっている転生の間に送られてくる者に限られる。
向こうの世界で死んで、神の部屋を通った者に。
魔神が死んでからチート持ちの異界人が来ることは稀だった。だから、今回も転生の間に行くのは久しぶりだ。
転生の間の扉を開けると、そこにはすでに何時もの面々の姿があった。
「大魔術師様が最後ね」
人間の姿に扮したベストラがそう言った。
部屋の中にはネナやアリュラの姿や、滉一と千佳も居る。
この部屋に反応がある時はいつもそうだ。
みんな心のどこかで期待している『あの人が現れるのではないか』と。
でもこの二年、そんなことは一度も起らなかった。
そんな都合よく、物事は発生しない。一種の諦めのような感情があるのも事実だ。
転生の間の中央に白い光が集まり、形を織りなす。
やがて、白い光が弾け飛び、新しくこの世界にやって来た異界人の顔が見える。
目を疑った。
嘘だと思った。
だけど、何度見ても、その青年は彼だった。
右肩にピンク色の髪を持った妖精を乗せる青年。
待ち望んでいたあの人だった。
「ソラトーー!!」
光が晴れて最初に飛び込んできた言葉。誰が呼んでいるんだ?
そう思って、周りを見渡すと、紫色の髪をしたお姉さんが飛び込んできた。
「ええ!?」
「そんなにビックリすることないじゃない♪ さらに男前になって……私メロメロよ!」
意味の分からないことを連呼するお姉さんにホルが言う。
「ベストラ! 今のソラトさんは記憶が無いんです! だから、変なこと言わないで下さい!」
「そうなの? じゃあ、私たちが夫婦だと言うことも忘れてしまったの?」
「ええ!? ど、どうゆうことですか?」
「貴方は私を置いて、帰ってしまったの……何も言わずに! だから、責任取ってくれるわよね?」
「も、もちろん! 俺に出来ることなら何でもします!」
ニヤっと笑うベストラと言うお姉さんに、少し背筋が寒くなるけど、もし彼女の話が本当なら俺はとんだクソ野郎だ。
「待ちなさいベストラ! 嘘はダメよ! あんたとソラトは何でもない関係でしょ!」
「そうです! ソラトさん! 私と一緒に寝た責任取って下さい!」
「はい!? 俺は貴女にも手を出したんですかぁ!!?」
金髪の胸なしエルフと、巨乳の猫耳お姉さん。
あの猫耳を無性に触りたくなるのは何故だろうか……それに一緒に寝たって……俺は一体何をやらかしたんだ。
「はいはい、みんな! 空人が混乱してるから、一回落ち着いて」
凛とした声だ。
奥から出てきたのは、黒髪の女性。
夢で見た女の子そっくりだったけど、夢で見た時よりも何処か大人びている。
「マナミ……自分も嬉しいくせに、そうやって好感度上げようなんて私は認めないわ。ねぇ、ソラト♪」
「なんですか?」
ベストラが俺の左腕に抱き付いて来た。
豊満な二つの山が押し付けられて、頬が思わず緩む。
「あの女。ソラトが帰って本気で怒っていたわ。私の心を弄んだって」
「俺はあの人でも粗相をやらかしたんですかぁ!!?」
「ベストラ! 要らないことを今の空人に吹き込まないで!!」
真奈美がベストラを俺から引き離し、口論を始めた。
そこにエルフと獣人も混ざって、もうこの部屋は大パニックだ。
俺は一体、以前何をやらかしたんだと自分に聞きたくなる。
これほど異世界に来て早々炎上するなんて、趣味のラノベでも読んだことがない。
「なぁ、ホル」
「はい?」
右肩に乗った妖精が返事をした。
「俺たちって前にも会ってるのか?」
「はい。二年前に会っていますよ。その時、ソラトさんはハーレムしないと言って、元の世界に帰ったんです。色々理由はあったんですけど……でも! 今度はちゃんとハーレム主人公して下さいね! みんなを幸せにしましょう!」
「ハーレム主人公ね……」
目の前で繰り広げられる女の子たちのカオスな状況。
そして、さっきのやり取りから面倒事しか起こらない予感がする。
だから、今になってこう思う。
――ハーレム主人公なんてロクなことがない……と
もう少し先の未来、エーオプノス全土を巻き込む大戦争が勃発する。
その戦火からテクノス王国を守った一人の青年は後に『王国の黒き守護者』と呼ばれるようになり、後世まで語り継がれることとなる。
しかし、その右肩には少し変わった『妖精』と、隣には常に彼を支え続けた『大魔術師』の存在はあることは、意外と知られていない。




