第四話 ネコ耳は正義
「ソラトー、もう朝食の時間よー」
アリュラの声とドアを叩く音で目が覚めた。
窓の方を見てみると、日が昇りすっかり朝だ。
昨日は、遅くまでホルと漫画の話で盛り上がってしまった。
まさかあいつが、元いた世界の娯楽に精通しているとは想定外だった。
「ホル。朝だぞ、起きろ」
テーブルの上に置かれた、専用のベッドで眠る妖精に声をかける。
「うぅん……あと、五分……」
定番のセリフを言うホルに、デコピンをくらわす。
寝起きで力加減を間違えたのか、ベッドごとホルの身体が半回転した。
「こ、殺す気ですか!!?」
飛び起きたホルのリアクションは一流芸人のそれと同じだ。
「うっかり、殺されないように気をつけろよ」
「なんて、悪い笑み……ソラトさんは絶対に勇者になれません!」
そんなことは知っている。
俺は道端に転がる小石だからな。
部屋を出て、一階の食堂へと向かう。
ホルが「寝起きだから、肩貸してください」と言って、俺の肩に座った。
別に重くないからいいんだが、昨日から多くないか?
アリュラを見つけ、向かいに座る。
朝食はパンとサラダ、オニオンスープとソーゼージ。
ホルを肩から降ろし、パンをひとつあげた。
味が心配だったが問題なく食べられた。
肉は魔物のモノらしいが、そのうち慣れるだろう。
どうせ、元の世界に帰るまでの辛抱だ。
朝食を食べながら今日の予定を考えていたら、アリュラが話しけてきた。
「ソラトは今日、ギルドに行くんでしょ?」
「もちろん。早く金を稼がないと、手持ちがなくなりそうだ。装備も整えたいし」
「お金っていくらあるの? ギルドの登録はお金がいるわよ?」
背中に冷たい汗が流れる。
俺の直感がやばいと促している。
「それって、いくらかかるんだ?」
「銀貨3枚」
俺は持っていたパンを落とした。
た、足りない……だと!?
今の手持ちには銀貨が1枚しかない。
つまり、俺は今、職に就くことができない。
就活に落ちた時って、こんな気持ちなのかな……
「その様子じゃ足りないようね」
「ギルド以外でお金が稼げる方法はないのか?」
「貸してあげるじゃない。依頼の報酬を受け取るつもりだったから、私もギルドへ行くし。ホワイトウルフの牙は昨日武器屋に行って、加工してもらったから余りはギルドで換金してもらえば、大した出費じゃないわ」
異世界に来て、早々に借金だと!?
アリュラの提案はありがたい、一度、登録すれば稼ぐ手段を得られる。
死ぬ気で働けば返せると思う。
ただ、会って日の浅い人に金を借りるというのは、俺の良心が……
「何、悩んでいるんですか? 貸してくれるんですから、借りればいいんですよ。それとも、あれですか? 理由をつけて一緒に居たいという乙女心まで、全部言わせる気ですか?」
「ち、違うから!! 親切心よ! 親切心!!」
アリュラの尖った耳が赤くなっている。
もし、ホルの言っていることが本当なら、お前はすでに全部言った気が……
「で、どうするのソラト! 借りるの!? 借りないの!?」
俺に向かって指をビシッとさして何故か、怒っているアリュラに歯向かう度胸を俺は持ち合わせていない。
「お願いします……」
そう言って、頭を下げた。
朝食後、アリュラに連れられこの街の冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの建物は3階建ての大きな建物だった。
この街のどの建物よりも大きいので、分からなくなることはなさそうだ。
「大きいですねー」
「大きいなー」
ホルと呆気にとられ、建物を見上げる。
さ、行くわよとアリュラに連れられ、建物へと入る。
建物中は三つの部屋に分かれていて、部屋と部屋の仕切りはない。
今いるのは中央の部屋で目の前にはカウンター、右の部屋では冒険者と思わしき武装した男たちが飲み食いしている。
左の部屋にはギルドの職員が何やら忙しそうに働いている。
奥には上へとつながる階段が見えるが、誰が利用しているのだろうか。
「じゃあ、私は換金と昨日の依頼の報告に行くから。これ、銀貨2枚ね」
「ありがとう」
アリュラから銀貨を2枚受け取ると、彼女は左の部屋へと消えていった。
俺も用事をさっさと済まそう。
目の前のカウンターに近づくと、職員の一人が俺たちに気がついた。
その職員と目があった俺に衝撃は走ったのは、彼女の可愛らしい笑みのせいではない。
銀色の髪と長く伸びたまつ毛に、巨大な胸の膨らみに対し、引き締まったウエストに見とれてしまったせいでもない。
「ソ、ソラトさん!?」
肩に乗っているホルも同じように衝撃が走ったようだ。
「あぁ、ホル……あれは間違いない!」
彼女の頭にはピコピコと動く、猫耳がついていたのだ!
あれがラノベでさんざん読んできた、猫耳!!
いかん! 落ち着け俺!
あまりの興奮に自分を見失いそうになった。
深呼吸をして、彼女に近づく。
「何かご要件でしょうか?」
優しそうな声だ。
この声を聞いているだけ俺は癒される。
「冒険者ギルドに登録したいんですけど」
「かしこまりました。銀貨3枚、支払っていただきますがよろしいですか?」
アリュラから借りた銀貨も合わせて、銀貨3枚をカウンターの上に置いた。
「では、こちらに必要事項をお書きください」
「代筆は可能ですか?」
「その場合、銅貨一枚いただきますがよろしいですか?」
銅貨一枚を払うか、アリュラに頼んで書いてもらうか悩む。
お金を貸してもらった手前、これ以上に何かをアリュラに頼むのは気が引ける。
銅貨一枚を払おうと、腰につけたポーチに入った銅貨を手に持った。
「ソラトさん! ちょっと待ってください!」
ホルが俺を制し、耳元で囁いた。
「ソラトさん。この人のこと、好印象ですよね?」
目の前の職員さんに聞こえないよう、小さな声で返す。
「当たり前だ。猫耳を差し引いても、可愛らしい職員さんでよかったと思っている」
「なら、向こうも同じこと思っているのでは?」
俺はホルに指摘され、自分のチートを思い出した。
そして、今からホルが何を言いたいのかを察してしまう。
それは悪魔の提案に等しいものだ。
――銅貨一枚をもみ消せと言うのか……
つまり、好感度の高さとチートを利用し、「俺の頼みなんだ。タダにしてくれ」と頼んでみると言うことか。
「察したようですね……いいんです。利用できるモノはすべて利用して。この子には後日、何か埋め合わせをすればいんですよ。ご飯にでも誘って、そのままパーリィで万事解決です」
うわぁ、悪い顔してるなぁ……多分、こいつのパーリィと俺のパーリィにはかなりの差があると思うが、聞いたら負けのような気がするので聞かない。
確かにクラスにいたイケメンリア充集団に、尽くす女子をたくさん見てきた。
イケメンはイージーモードとか、顔が全てとか、聞いたこともある。
だが、いいのか?
これは良心の問題だと思うんだが……
「ソラトさん。今後、生き残るためにも試しておくべきです。罪悪感があるなら、さっきも言ったように埋め合わせすればいいんです」
――生き残るために
ホルのこの一言が俺を決断させた。
「えっと……ご相談は大丈夫ですか?」
猫耳職員さんが心配そうな目で見つめてくる。
「はい、大丈夫です。ただ、お金がなくて代筆を頼めないんです」
「こ、困りましたね……でも一応、規則なので、登録は諦めてもらうしか……」
「いや、実は早急にお金が必要なのです。故郷で待っている俺の愛しい人のためにも……だから、絶対に今日中に登録をしなければいけないのです」
「そ、そんな事情が……」
職員さんの大きな目がさらに大きくなる。
すごく胸が痛む、でも事実の上に嘘を乗っけているだけだと、自分に言い聞かせる。
ホルが耳元で「もうすぐで、この女は堕ちますぜ! そこで手を握って、目を見つめてお願いするんです。ダンナぁ!」と言っている。
もう、どうにでもなれ。
俺はホルに言われた通り、猫耳職員さんの手を両出て包み込むように握った。
女の子の手は、俺が想像していたよりも柔らかかった。
そして、彼女の灰色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「だから、あなたに書いて欲しい。そして、今回の銅貨一枚は見逃してくれ。依頼をこなし、懐に余裕が出来たら必ず払う!」
「や、約束……してくれますか?」
顔を伏せ、猫耳が力なくペタンとなる彼女に思わず惚れそうだ。
俺は手をギュッと握る。
「あなたとの約束なら絶対に守ります」
「わ、分かりました……書きます……でも、絶対に他の人には内緒ですよっ」
「もちろんです。ありがとう」
こんな無茶な頼みごとを承諾してくるとは……俺のチートは想像以上にチートかもしれない。
ただ、世の中のイケメンたちがこうやって、異性に頼みごとをして、承諾されていると思うと少し悲しくなった。
俺なんて、時々教科書すら見せてもらえなかったのに……
彼女が記入に必要なことを聞いてくる。
「出身地」「種族」「年齢」など、昨日、ホルと二人で考えた内容をそのまま答える。
聞かれた時の対処法として、一応念を入れて考えていたのだが、すぐに役立つとは思わなかった。
記入を終えた職員さんは左の部屋に行って、小さな金属のプレートを持って帰ってきた。
「では、こちらのギルドカードに血を一滴垂らしてください」
小さな針とギルドカードが差し出される。
「男の覚悟を見せる時がきましたね! さぁ、泣く子も蹴飛ばす、その残忍さを見せる時です!」
「嘘を言うな! 嘘を!」
「ほ、ホントなんですか……?」
「こいつのでっち上げです」
この職員さん、人の話を信じすぎると思う。
針で指を刺し、血をカードに垂らす。
カードが蒼白く光った。
「これで、登録が完了です。ステータスを確認しください」
小さくステータスと呟いた。
ギルドカードにステータスが浮かぶ。
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名前:ソラト・アイバ
種族:人間
レベル:2
SP:3
ギルドランク:F
筋力:62
生命:43
敏捷:64
器用:51
魔力:45
スキル
相思相愛:《ユニーク》
剣術:《1》
弓術:《1》
槍術:《1》
火魔法:《1》
詠唱破棄:《1》
生活魔法:《1》
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ギルドランクが追加されていた。
あとは昨日、確認したものと一緒だった。
「申し訳ありませんが、初回登録時のみステータスの開示を義務付けておりますので、ご提示願います」
さて、問題の場面が来たぞ。
アリュラが言うには、ギルドカードには個人情報が詰まっているので閲覧防止機能がある。
あと、この世界でステータスを見るには、通常ギルドカードが必要だ。
個人の強さを知られたくない者のために、必要な防止機能ではあるが、ギルド側としてそれは困る。
命の危険がある冒険者の実力をある程度、把握しておきたいからだ。
その妥協点が、初回のみのステータスの開示。
俺のステータスで最も問題なのは、はやりチートのユニークスキルだろう。
アリュラが言うに、ユニークスキル持ちは非常に少ない。
冒険者の上位に食い込むような連中でも一部だけ、もしくは国を治めるような輩くらいだそうだ。
つまり、ユニークスキルを持っているだけで、それは周りとの相違点になる。
目立つのは非常にまずい、根掘り葉掘り、出生やらを聞けれれば、必ずボロがでる。
かといって、俺にはステータスを誤魔化すような都合のいいスキルはない。
待てよ……さっきと同じ手段を使えば……
「実はまた、頼みがあるのです」
「さすがにステータスの開示を見逃すことは出来ませんよ? 死なれたら困りますし……」
「いや、ステータスは見せます。でも、ひとつだけスキルを『持っていない』ことにして欲しいのです」
「持っていないですか? 早くランクを上げるには、スキルは多く持っている事にした方がいいと思いますが?」
「早くランクを上げることは目的ではありません。……とりあえず見てください」
俺はステータスを彼女に見せた。
「レベルが低いのに、ステータス高いんですねぇ……えぇ!? ユ、ユニークスキル!?」
「しっ! 声が大きいっ」
「す、すいません……ユニークスキルを持っている方を初めて見たので……」
「珍しいとは思います。でも、俺が無いことにして欲しいのはこのユニークスキルなんです」
「どうしてですか? ギルドマスターにユニークスキル持ちだと言えば、早くランクを上げてもらえると思いますよ?」
「このスキルには色々とあって……俺はこのスキルなしで這い上がると決めているのです」
「そ、そんな覚悟が! 分かりました、このスキルは無いことにしておきます」
彼女は俺のステータスを紙に書き写していく。
あぁ……騙してばかりで本当に申し訳ない。
「本当に色々とありがとうございます。今度、ご飯をご馳走します」
「そ、そんな……それだけの覚悟を持っているわけですから……仕方ありません」
耳元でホルが「い、いつの間に食事の誘い方を!!?」と驚いている。
すまんな、ホル……俺もとある本で勉強したのさ。
そんなこんなで、チートの力を拝借しつつ、登録は無事に終わった。