第十一話 妖精の気まぐれ
落ち着けと自分に言い聞かせて深呼吸。
誰だ。今目の前にいるこの美少女は誰だ!?
フワリと腰まで伸びたピンク色の髪。完璧に配置された顔のパーツ。
一人だけ脳内検索に該当する奴がいるが、そいつはここまでデカくない。妖精のはずだ。
「ソラトさん! 私、大きくなりました!!!」
美少女がベッドの上で立ち上がり、自分の身体を触り感触を確認している。
「やっぱり、ホルなのか!!?」
ありえないと思っていたことが平然と起こる。
ここはそんな世界なのかと改めて思った。
「なんで大きく……」
「実はニアちゃんの血を寝る前に貰いました! 上手く作用してよかったです!」
ニアミリアの血って、お前はヴァンパイアかよ……
彼女の血には『自然治癒能力を飛躍的に高める』という力がある。
一定時間のみの作用だが、健常者が使えば過剰すぎて身体が爆散し、俺が王都での戦いのときのように死んだ状態から、時間が早ければ復活させる程の力。
まさかホルに使うと身体が大きくなるなんて……細胞分裂の活性化と思った方がいいのだろうか?
きっと、ホルの神殺しの力があってこその芸当だろうな。
「ソラトさーん!!」
ベッドからホルが飛びついて来た。
胸で受け止め、その勢いでそのまま床に倒れる。
妖精の時はあまり思わなかったが、ホルは割とスタイルがいい。
それに服装は白いワンピース一枚とかなりの薄着で、密着されると柔らかい二つの感触が結構生々しく伝わって来る。
「おいこら! 離れろ!」
ホルの両肩を掴んで、身体から引き剥がし、ハイハイの形で逃げようとすると、後ろから覆いかぶさるように抱き着いてきた。
「嫌です! ソラトさんにくっついているのは、何時ものこと! それともアレですか~? 意識しちゃうとか~?」
ホルが胸を強く押し付けて来る。しかも、耳に吐息をかけるように囁いてきた。
こいつは何処でこんなテクを……
しかも、俺をそうやって煽れば断ってこないと判ってて言っている。
俺としても、この変態妖精に意識するなど悟られていては、元に戻った時に何を言われるか判ったもんじゃない。
そもそも、元に戻るのだろうか……?
「お、俺がお前を意識するわけないだろ? ドンと来い」
「さすがです! じゃあ、遠慮なく!」
背中の柔らかい感触がさらに強くなる。
この野郎、俺をからかって遊んでやがる。
朝から謎の責めを受けて、とりあえずお腹が空いた。
「で、なんでホルちゃんが大きくなっているの?」
人が賑わう朝の食堂で、目の前に座る真奈美がそう言った。
俺の右隣にいる滉一君はパンを片手に首を上下にさせている。
そして、左にはずっと俺の腕を掴んではなさい、ホルの姿。
「色々ありました!」
「色々って……それにしても、ベタベタし過ぎじゃない?」
「いつもの事じゃないですか! それともマナミさんもしたい……とか?」
「わ、私は別にそんなこと思ってない!」
「そうなんですか? じゃあ、遠慮なく」
ホルがさらに左腕に密着してくる。
頼むから真奈美を煽るのだけはやめて欲しい、俺を睨んでくる視線が怖い。
「アンタもなんでやられっぱなしなのよ!」
「何がだ? ホルが俺の肩に乗っているのはいつもの事。何も問題ない」
めちゃくちゃ棒読みで言った。本当は問題だらけで心臓がバクバクいっているし、平常心なんて昨日に忘れてきたと思うほど、今の俺は平常心から程遠い。
いいか、無心だ。無心で朝食を食べるんだ。
俺は目の前に置かれている、今日の朝食を見る。
パンとサラダに、ホワイトシチューで王都の割に始まりの街の時とあまり変わらないのは、王都強襲の影響で物資の流通が滞っているからだろう。
王都の完全復旧はまだ時間がかかりそうだ。
ホワイトシチューを木のスプーンで掬い、口に入れる。
左腕はホルに拘束されているが、利き手の右は自由に動く、食べるのには何も問題は無い。
ただ、ホルの視線がさっきから気になる。
こいつは、飯も食わずになんで俺を見ているのだろう。
そう思って、ホルの手元も見ると、こいつは自分の分の朝食を貰っていなかった。
「お前、朝食は?」
「いつも、ソラトさんが分けてくれるじゃないですか」
「いやいや、一人分ちゃんと貰って来いよ」
「いつも通り下さい! ほら、あーん」
ホルが口を開けて待機する。
何が正解なのか分からないが、シチューをスプーンで掬い、ホルの口の中へ。
「う~ん♪ 美味しいですっ」
嬉しそうに笑みを浮かべるホルとは対照的に、俺は目の前から送られてくる視線に冷や汗しか流れない。
怒ってるよ……なんでか真奈美さん、超怒ってるよ……
彼女が右手に持った木のスプーンがメキメキと音を立てている。
ごめんよ、スプーン。悪いのはホルであって俺じゃない。
「ソラトさん! 早く次下さい!」
再び口を開けるホルに、俺は渋々スプーンを突っ込んだ。
朝食後、城内部の廊下を歩き、どうしてこんな状況になったのかを必死に考えるが、そもそも何故か俺がSランク冒険者などと言う、得体の知れない者になっているのと同じで、答えなんて出るはずもない。
左腕に抱き付いているホルに歩きにくいと指摘しても、「照れているんですか?」と笑顔で返される始末。
主導権は取り返せそうになかった。
後ろを歩く真奈美からは、ずっと殺気混じりの視線をぶつけられ、背中は冷や汗でびっしょりだ。
悪いのは俺じゃないと、心の中で唱えながら用意されていた部屋に戻った。
寝るのはニアミリアの部屋としても、城内の生活までそこで送るわけにはいかない。
ちゃんと用意されているわけだし、使わないのは勿体ない。
「みなさん。何しているんですか?」
ホルが俺の部屋前の状況を見て、そう言った。
この発言には俺も同意である。なぜなら、そこには部屋の扉に耳を当てる、ベストラ・アリュラ・ネナさんの姿があった。
一応鍵は俺が持っているので、彼女たちは部屋に入れない。
だからと言って、中の様子を伺うために耳を使うのか。
監視されているようで少し背筋が寒くなった。
「そこの大魔術師が抜け駆けしたからよ。後、その子は誰?」
ベストラが俺の隣に居る、ホルを指さした。
「色々あって、大きくなったホル。で、抜け駆けって?」
「だぁあああ! ベストラ! あんた、余計なこと言うとぶっ飛ばすわよ!」
真奈美がベストラの口を塞ぎにかかるが、ベストラはそれをヒョイっと避ける。
「ソラトとご飯食べたいからって、誘ったのに妖精さんがいて残念ねぇ~」
「今度こそあんたとは、ケリつけてやるわ!」
確かに朝食を食堂で食べようと思い、扉を開けると眠そうな滉一君と真奈美の姿があった。
朝食後、再び自室で眠りに帰った滉一君は、相当強引に起こされたようだ。
もしかして、あれは俺をお誘いに来たのか。
「ホルちゃんって、ホント美人だねー」
「結構胸あるし……」
呑気な事を言うネナさんと何故かホルの胸を見て落ち込むアリュラ。
「二人にそんなこと言われると照れます」
ホルは満更でもないといった感じだ。
俺としては早く、広瀬の残した資料の続きを読みたいんだけど、この状況じゃノンビリ出来そうになかった。
真奈美とベストラは口喧嘩しているし、ネナさんとアリュラはホルとガールズトークを始めている。
どうしよう。マジで滉一君たちの部屋にでも逃げようかな。
そんな事を思っていると、ホルが俺の頬を突いてきた。
「他のこと考えちゃダメですっ」
「何に集中しろと言うんだよ……」
「今は私の事だけ考えてくださいっ」
「気が向いたらな」
プウっと頬を膨らませたホルは、突然俺の手を引いて走り始めた。
唖然とする真奈美たちをあっという間に置き去りにして、城の中を駆け抜ける。
すれ違う兵の人や、メイドさんに変な目で見られるけどホルに引かれて走り続けた。
城の外に出ると、暖かい日差しを受けながら、そのまま城の裏に回り、風に揺られて表面の水が輝く、海の見える丘で止まる。
地面には芝が生えて、髪をなびかせる潮風に乗って、潮の香りがする。
「はぁ……はぁ……いきなり、走り始めるなよ……」
ステータスが前の世界よりも強化されているとはいえ、走るのがキツイのは万国共通だ。
ただ、普段は宙に浮いて移動しているホルは俺以上に辛そうで、結構激しく肩を上下させていた。
「だって……皆が居る前だと……ゆっくり話せませんし……」
何の話がとても気になるが、先に息を整える。
「ふー、話ってなんだ?」
「えっと……とりあえず座りませんか?」
ホルに促されて、海を見る形で並んで、芝に腰を下ろす。
左側に座ったホルは、俺の肩に身体を預けてくる。
心地い日差しと潮風にあたるのはあまりに気持ちよく、眠気が湧き上がって来そうだった。
「寝ないで下さい」
ホルに再び頬を突かれ、目が覚める。
「じゃあ、早く話せ」
「なんか冷たくないですか!?」
「うるせぇ」
ホントは心臓バクバクでリアクション取れないなんて、言えるわけもなく。
近くが恥ずかしいから離れろなんて、今更こいつに言えるわけもなく。
俺はぶっきら棒に答えるしかなかった。
「む~、もういいです!」
「なんなんだお前は……」
プイッと反対側に顔を向けたホル。
機嫌を損ねたかなぁ……そんなことを思い、どうすれば機嫌を直してくれるのか考えるが何も思いつかない。
そう言えば、俺って女の子の機嫌直したことあったっけ? なかったような……
一人で自問自答を繰り返し、俺とホルの間に沈黙が流れる。
なんと言って沈黙を破るべきか考えているとホルがボソッと呟いた。
「次の戦いで、元の世界に帰れるって期待していますよね?」
ドキッと心臓が別の高鳴りを発する。
俺が広瀬の資料を読んでいた理由、それは元の世界に帰るヒントがあると思ったからだ。
奴は『魔神』と一緒にホルを手に入れ、神界に行く気らしい。
つまり、奴らには神界へと入る、なんらかの手段を持っていることになる。
それを利用し、神界に行けばそこの神に言って、元の世界に帰らせてもらえるかもしれないと考えていた。
もちろん、魔王の暴挙も見逃せないが、俺が自分の目的を達成できるのではないかと、密かに期待していることも事実である。
それをホルは俺の様子から察していたらしい、さすがにこっちの世界に来てからずっと一緒に居ただけあって、考えはお見通しか。
「そうだな、期待してる。それがあるから、王様たちの頼みを聞いたわけだし。お前が神界に帰りたくないのであれば、こっちに残るか?」
バッとホルがこちらに顔を向ける。
心なしか、目尻に光るものが見えるその瞳でキッと睨んできた。
「私の使い手はソラトさんだけです! ソラトさんが残らないのなら、私も残りません! 運命共同体じゃなかったんですか!?」
「いや、だって。神界に帰ればお前は……」
「それ以上は言わないで下さい!」
ホルが声を荒げる。
「分かっています。神界に帰れば今みたいに楽しいことも減る。だけど……ソラトさんの願いが達成されることが、私の目的でもあります」
嘘だ。それくらい分かる。
ホルは立ち上がり、ゆっくり足を前に出す。
そして、俺に背中を向けたまま言った。
「だから、だから……この旅が終わるのかもしれない、そう思うと少しだけ……ホントに少しだけ寂しいだけですっ」
「そっか……」
立ち上がってホルとの距離を徐々に詰めていく。
こいつはきっと、この旅が終わって欲しくないと本気で思っている。
案外、こいつは俺に自分を見て欲しくて、リスクを冒してまで大きくなったのかもしれない。
そう思うと、可愛らしくて、面白くて笑みが出る。
小さな肩を震わせる彼女を後ろから抱きしめた。
一瞬、ビクッと肩を動かすが、すぐに腕の中で大人しくなる。
「ソ、ソラトさん!?」
「うるせぇ。俺も恥ずかしから動くな」
「こ、これは女子が憧れる、あ○なろ抱きですよ!?」
緊張感が台無しである。
「ソラトさん……」
「うん?」
「私がキスして欲しいって言ったら……してくれますか?」
よくもまぁ、そんな恥ずかしいことが言えるなと感心するが、ホルからすれば元の大きさに戻れば出来なくなる。
今しか出来ないのであれば、お願いは聞いてやろうと思った。
だから半ば強引に顔を近づけ、ホルの唇を奪った。
一秒に満たない短いキス。
顔を離して目を開けると、顔を真っ赤にするホルの姿。
「なっ、ご、強引なんて、心の準備がっ」
口をパクパクさせて、テンパるこいつを見て、何となく可愛いなと、そう思った。




