第九話 反撃開始
「勇者も居るなんて、今日はラッキーだ」
目の前の魔王と呼ばれる男が、喜びの声を上げる。
滉一は握った聖剣を魔王に振るが、ヒラリと躱され、何もない手応えに苛立つ。
「滉一! 前に出過ぎ!」
真奈美の声が聞こえる。確かに後衛から援護をしている真奈美とアリュラに比べると、かなり魔王に接近している。
だけど、空人を殺された憎悪から、今すぐにでも魔王を切りたい。殺してやりたい。
その思いで頭がいっぱいで、冷静さを欠いていた。
「やりづらいな……」
魔王はそう言って、大きく後方にバックステップし、滉一との距離を開ける。
一度、仕切り直しのようだ。
滉一の鋭い眼光に魔王が鼻を鳴らすと、その横に一体の魔物が降り立った。
「ベストラ。首尾は上々かい?」
「ええ。もうすぐ王都は陥落です」
ベストラの答えに魔王は頷き、右手に白い光を集中させると、剣を精製した。
そして、その剣をベストラに向かって振る。
不意打ちの攻撃のはずが、ベストラは予想していたのか、宙を舞って回避した。
「魔王様? 随分とヒドイのではありません?」
「相葉空人に僕の正体を教えたのは君だね?」
魔王の問いに、ベストラは高く笑った。
「アッハッハッハ!! 気づいていらしたのね!! そうよ……もう、私の身の心もあの人のモノなの……だから! 死んで下さいます?」
ベストラが紅い爪を伸ばし、戦闘態勢に入る。
滉一たちに空人と真奈美の居場所を教えてくれたこと、そしてさっきの言動からどうやらベストラは空人の味方らしい。
「死んだ男に尽くすのか」
「そうなのよねぇ……ここに来るときに見ちゃったんだけど。魔王様、ソラトを殺しんでしょう? だから、腸が煮えくり返りそうなの」
ニコッと笑みを浮かべるベストラは、ある意味普通に怒るよりも迫力がある。
対峙する魔王と魔王軍の将軍。その隙を見て、真奈美が魔法で魔王を爆破した。
爆炎に包まれる魔王。立ち込める煙で魔王の姿は見えない。
ベストラは、空中に難を逃れると、真奈美たちの方へ移動する。
「行き成りなんて酷いわね」
「アンタが気を引いてくれたおかげで攻撃できたわ」
滉一は二人のやり取りに違和感を覚えた。
前まであれば、人間と魔族と言う間柄、会うのは戦場ばかりで仲なんてよくなるはずもなく、二人の間にはピリピリした緊張が常に漂っていた。
しかし、今の二人にはそれがない。
もしかすると、ベストラは真奈美たちが拘束されている間に接触していたのかも。滉一はふとそんなことを思った。
その時、爆炎の中から突然、一筋の白い光が飛び出す。
その光はベストラの背中に生える羽を貫き、彼女を墜落させる。
真奈美が爆炎を睨み、警戒心を抱くが、その後ろの空間が揺れて、一つの形になる。
「真奈美お姉ちゃん! 後ろ!」
滉一の声が真奈美に届くよりも早く、魔王は彼女に蹴りを当てていた。
吹き飛んだ真奈美が床に叩きつけられる。滉一は真奈美の身体を両手で支え、その勢いを止めた。
「ベストラ逃げて!」
真奈美の必死の叫び。しかし、その思いもすでに遅いのか、魔王はベストラの首に長剣を当てていた。
「まさか。君が裏切るとはね」
魔王の言葉にベストラは、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「私はビッチなの。だから、男の鞍替えは基本よ♪」
「……なら、死ね」
魔王が剣を高く振り上げる。滉一と真奈美ですら助けるのは間に合わない。
アリュラは魔物との連戦、魔王との戦闘により矢を切らしてしまった。遠くからの狙撃も出来ない。
三人は思う。また誰かを死なせてしまう……と。
魔王の持つ剣が振り下ろされる。その瞬間、魔王の足元が翡翠色に輝く。
そして、翡翠色の光は魔王を包み込んで天まで一直線に伸びる光となった。
「ベストラ。大丈夫か?」
久しく聞くあの人の声。真ん中に着地した、翡翠色の剣を持つ黒髪の少年。
死んだはずのあの人の右手の甲には『Ⅱ』の英数字が浮かんでいた。
「ソラトお兄ちゃん……」
呆然とする滉一にその少年は笑顔で言った。
「反撃開始だ」
「偉そうなこと言うんだね」
上からの声。見上げるとそこには、俺とホルの攻撃から難を逃れた広瀬の姿があった。
転移魔法だけじゃなく、空も飛べるのか。
ただ、広瀬も無傷と言うわけでもなく、右腕を抑え服装はボロボロになっていた。
「ところで……君は何故生きている?」
「日頃の行い……かな」
肩を竦めてみる。
俺の様子を見て、広瀬が笑う。
「それにこの力。君が『神殺し』か?」
「試してみろよ」
床を蹴り、広瀬との距離を詰める。
剣を一振りすると、広瀬がそれを避けて急降下。海の方へと逃げる。
空を自由に飛べる敵は厄介だ。『神殺し』の状態で無ければ。
刻印魔法を発動させ、広瀬と同じように空に浮かび、宙を走る。
広瀬の後を追撃し、一気に距離を詰めていく。
「おもしろい!!」
俺の追跡に気が付いた広瀬が海面スレスレで急停止。こちらに向けて、転移魔法の穴を複数出現させた。
その中からミサイルが直接出て来る。まるで発射台だな。
そんなことを思いつつ、右手に握った剣に魔力を注ぐ。
右手の甲に浮かぶ『Ⅱ』の文字が、白く輝きを増していった。
そして、飛んでくるミサイルたちに向けて、剣を振るい巨大化した斬撃を魔力で飛ばす。
翡翠色の斬撃はミサイルを全弾破壊した。
斬撃はそのまま広瀬へと飛んでいき、海に直撃し水が大きな飛沫となって舞う。
やったか?
そう思った直後、顔の横に転移魔法の黒い穴が出現。
中から現れたミサイルを、右手を前にして、障壁を展開し防ぐ。
防ぐのは造作もないが、爆発のせいで視界が奪われる。
広瀬は何処だ?
『上です!!』
ホルの声で上を向くと、黒い刀身の剣を持った広瀬が迫って来ていた。
振り下ろされる黒刀をホルで防ぐ。いつもなら一刀両断に出来るはずが、その剣は切れない。
「この剣で切れない剣とはね」
向こうも同じことを思っていた。
鍔迫り合いでは、活路開けないと思ったのか、広瀬は一度距離を開ける。
「その剣……君も神界の力を引き出しているようだね」
「君も。だと?」
「そうさ。僕の剣、これは『堕ちた神』と言われる魔神様が与えて下さった」
広瀬が手に持つ黒刀を下に広がる海に向かって一振りすると、海面が割れた。
なるほど、あの剣もホルと同様、神界で造られた武器と言うわけか。
だから、ホルの一撃でも破壊することが出来なかった。まぁ、ホルなら本気を出せば壊せるんだけど。
「その魔神とやらは、なんで『神殺し』を欲しがっているんだ?」
切っ先を向けて、広瀬問う。人間ながら魔神に魅了された男は叫ぶ。
「再び神界へと出向き、復讐するためさ! そのための力が居る! かつて、神界を恐怖で染め上げた、無慈悲で残忍な兵器が!! そして僕はそこで唯一無二の存在となる!! 人が到達しなかった領域まで僕は辿り着くのさ!!」
神界ではホルのことをそんな感じで捉えているのか。
どこが無慈悲だ。感情豊かすぎて偶に鼻血を出すんだぞ。
どこが残忍だ。俺が死んだと思って号泣するんだぞ。
それにこいつは相当頭がイキ始めている。
力を得て、ゲームのような世界で気が狂ったのか、それとも肥大化したプライドが勘違いさせたのか。
どうだっていいか。俺には関係ない。
「熱弁どうも。たけど、俺には関係ないね」
「君には理解できないか……まぁいい。今日は引こう」
広瀬の言葉を聞いた瞬間。加速して一気に距離を詰める。
逃がすわけにはいかない。ここで倒さないといけない。
「魔王城で君を待つ」
そう言った広瀬に翡翠色の斬撃を飛ばす。奴はそれを黒刀で切り裂き、転移魔法の穴を開き、その中へと消えていった。
逃げられてしまった。これは俺の失態だ。
だけど、今は反省するよりもやる事がある。
再び空を飛び、真奈美たちが居る場所へと戻る。
しかし、そこには千佳ちゃんとネナさん、それにニアミリアがいるだけで、他には誰も居ない。
「みんなは?」
「お姉ちゃんたちは王都の魔物を減らしに行きました」
さすが、仕事の早いことで。
塔の最上階からは王都が一望できる。
大きな魔物は大体狩り終っているが、まだ爆発や悲鳴が聞こえている。
これ以上の時間の遅れは、手遅れになりかねない。
一気に終わらせてみるか。
「ホル。レベルⅢ」
『わ、分かりました!』
右手の甲に浮かぶ英数字が『Ⅲ』に変更された。
これで大規模で威力の高い、刻印魔法を使うことが出来る。
右手を床に当て、王都内の地面に魔力を流していく。同時に索敵スキルを肥大化し、王都内に居る魔物の位置を把握する。
魔力を受け取った地面が翡翠色に輝き、王都全体が翡翠色でライトアップされる。
王都全体に魔力を流し、全ての魔物も把握し終えた。
同時に『万物を破壊する魔法』を魔物たちに打ち込む。
身体にはかなりの負担になるが、今の状況ではそんなこと言っていられない。
魔法を打ち込まれた魔物たちが、肥大化し光の粒子へと分解されていく。
その様はまるで、光が天に昇って行くようだ。
王都から聞こえる歓喜の声。
とりあえず、王都での魔物を殲滅したことに、ホッとして息を吐いた。
「ソラト様ぁ!!」
ニアミリアが後ろから抱き着いて来た。
今は身体が結構きついので、倒れそうになるがグッとなんとか踏みとどまる。
「凄いです! ソラト様、ホントに凄いです!」
「ニアが居なかったら、死んでたけどな」
お礼の意味も込めて、彼女の頭に手を置いた。
『やっぱり、ハーレムするべきです』
ホルの戯言を華麗にスルーして、空を見ると微かに白みを帯びていた。
夜間に発生した魔王軍の襲撃は、多大な犠牲を払い終結した。
魔王討伐部隊は壊滅的被害を受けているはず、再編は可能だろうか。
勝ったはずなのに、今後の事を考えると気が滅入るばかりだった。
「ソラト様」
ニアミリアが服の袖をクイクイと引っ張った。
彼女の指さす方には、水平線より顔を覗かせる太陽。
風に揺れる海面がキラキラと光を反射している。
神々しいまでのその光景は、気が滅入っていたことなんて、あっという間に忘れるほど美しかった。




