第八話 英雄とは
ニアミリア・ウルビエッタ。テクノス王国の王女にして、その血に『破壊の力』を有する少女。
そんな彼女には3歳離れた兄が居る。
騎士団に入り、腕も確かで人望も厚い。
国を背負うべき人だと、誰もがそう思い、期待していた。
ある日、そんな彼が遠征中に負傷を負ってしまう。
まだ魔王討伐部隊に後の『魔王』、広瀬斗真が入るよりも前の事で、当時の兄は死の瀬戸際で戦っていた。
そんな兄を見て、ニアミリアはどうしようもないくらいの不安を覚えた。
着実に死へと向かい、魔法では治すことは出来ない、特殊な魔物にかけられた呪いは、兄自身がどれだけ抵抗できるかにかかっている。
自分を含めた周りの人は、それを見ているしか出来ない。
それが腹立たしくて、苦しんでいる人ひとり救えない、自分の無力さを恨んだ。
当時、幼かったニアミリアは何を考えたのか、針で自分の指を刺した。
小さく開いた穴から、血が一滴だけ溢れ、それ兄の口へと入れる。
意味なんてない、ただ兄に元気になって欲しい。それだけだった。
その時、何故自分の血を飲ましたのか、ニアミリア自身もよく分かっていない。
ただその後、驚異的な回復を見せた兄が、助かった時の喜びは、今でもハッキリと覚えている。
もうどれくらい泣いただろう。
ホルはふとそんなことを思った。
どれだけ泣いても、どれだけ呼んでも、もう彼は何も反応を示さない。
この世界で自分を受け入れてくれた、たった一人の少年は死んでしまった。
その歪で残酷な事実を受け入れることは、まだ出来なくて、嘘だと心が叫ぶ。
自分にあるのは破壊の力だ、誰かを助けるための力は無い。
救済者ではなく、破壊者なのだ、その事実を今は気が狂うほど憎んだ。
「千佳! 空人は!?」
「ソラトお兄ちゃん!」
「やっと、追いついた……」
下層の魔物を殲滅し終えた真奈美が、テリーに乗って現れる。
そして、魔物と交戦していた滉一とアリュラも合流した。
みんな、生きていた。
だけど、一番居て欲しい人はもう居ない。
「お姉ちゃん……ソラトさんが……ソラトさんがぁ……!!」
千佳が泣きじゃくりながら真奈美の胸に飛び込んだ。
いつもなら、優しく千佳を抱きしめる彼女も、空人の状態を出て放心状態だ。
「ソラトお兄ちゃん……? なんで寝ているの? なんで……」
「誰がこんなこと……」
滉一とアリュラも同じく放心状態だった。
現実をまだ誰も受け入れられない、そんな自分たちに上から声が送られる。
「そんなにその男の死が重要かい?」
全員が首を上にする。そこには月光に照らされる眼鏡をかけた黒髪の少年。
彼が空人を殺したのだろうか?
「斗真……あんたが空人を……?」
真奈美の問いに斗真と呼ばれた男は、明るい笑みを浮かべる。
「そうだよ。僕が魔王だと知っていたから殺した」
真奈美の拳が固く握られ、力を込めすぎて小さく震える。
確かな殺意を込めて斗真を睨んだ真奈美は、ゆっくりと前へ。
「殺して……やるっ」
「一緒には行けそうにもない……か」
魔王と名乗った男は、そう言ってため息。
空人の死など彼にとっては取るに足らないことなのだろう。
「アンタって人はぁ!!」
滉一が怒号をあげて、最上階に居る魔王に向かって飛び出す。
それを合図に、テリーが真奈美とアリュラを背に乗せて後に続く。
「千佳! ネナさん! 空人を連れて逃げて!」
真奈美の声だ。そうだ、戦えない者たちは逃げないとマズい。
魔王との戦いだ、巻き込まれればタダではすまない、今すぐに逃げないと。
だけど、何処に?
「千佳ちゃん。ソラトさんを運ぶのを手伝って、あなたも」
涙を拭いて立ち上がったネナが、千佳と翡翠色の髪を持った少女に声をかける。
空人の手を握っていた少女は、少し戸惑い、遅れて手を離した。
「ホルちゃん。ソラトさんから離れて」
「いや……ですっ」
嫌だ。離れたくない。
彼が居ない世界に自分の居場所などない。
何所にいったって、同じだ。世界は色を失って、また独りになる。
「嫌です! ソラトさんが居ないのに、ドコに行っても同じです!! ねぇ、ソラトさん……今から……皆を助けるんじゃ……ないんですか……?」
どれだけ名前を呼んでも、返事が返ってこないことに、再び頬を伝う涙。
彼の胸顔埋め、どれだけ泣いてもきっと収まらない。
そんな自分に、少女が話かけた。
「もし……ソラト様がいれば……王都は救えるのですか?」
嗚咽で上手く声が出ない。でも、自信を持って言える。
「救えますぅ……私たちなら……絶対にっ」
火の海に王都がつつまれ、魔物が街を破壊している。
目の前には魔王と言う絶望的状況でも、『神殺し』の自分とそれの契約者である空人の前に敵など居るはずもない。
どんな敵でも勝ってみせる、そのための神殺しだ。
「でも……私には、ソラトさんを救えないんですっ……何かを壊すことしか出来ないんですよぉ!」
何が『万物を破壊する究極兵器』だ。目の前の大切な人も救えないくせに。
声を出して泣きじゃくる、己を無力に行き場のない怒りを感じながら。
「なら……私がソラト様を救います」
ホルはバッと顔を上げ、少女を見る。
少女の言葉は本当だろうか、冷たくなった空人を救うことなど、出来るのだろうか?
「大丈夫です。任せてください」
少女はそう言って、下唇を白い歯で噛んだ。
口端から一滴の血が流れ、ニコッと微笑んだ少女は、穏やかな表情で眠る空人の傍で膝を曲げた。
「ソラト様……アナタが死ぬのはまだ早い……これだけ待っていてくれる人が居るのですから……」
少女は眠る空人に優しく口づけを施した。
暗闇の中で最初に感じたのは、全身を駆け巡る暖かさだった。
その温もりは喉を過ぎて、心臓に到達。そこから全身へと駆け巡る。
指の先まで暖かさが行き届き、ピクっと指が動いた。
徐々に灯る頭の灯に、意識が覚醒していく。
そして、誰かの声が遠くで聞こえた。
「――さん!」
どこかで聞いたことあるその声。
不安そうな声だ。その人は泣いているのだろうか?
徐々に蘇る記憶をたどり、誰の声だったかを思い出す。
次第に輪郭を帯びた記憶に、浮かんでくるその人は、フワリと腰まで伸びたピンク色の髪を揺らし、可愛らしい笑顔を浮かべていた。
俺の相棒で、この世界で最も信頼できる人。
主人公じゃない俺に誰かを守る力を貸してくれた人。
そうだ……俺はまだ彼女に言っていないことがある。
今更、照れくさくて言うのも恥ずかしい。
――ありがとう。なんて、俺と彼女の関係じゃ柄でもない気がする。
だけど……言わないと……俺を信頼してくれた彼女に応えるために。
「ソラトさん!!」
彼女の声がハッキリと聞こえる。
俺が待ち続けていた『ホル』の声が。
「起きろぉ! ヘタレぇ!!」
「誰が、ヘタレだこの野郎」
目を覚まして最初の一言がホルへのツッコミって……
身体を起こすと、すぐ傍に口端から血を流したニアミリアの姿。
「ソラト様……大丈夫ですか?」
「おう。助けてくれてありがとう」
彼女が血を流している状況、そして俺が息を吹き返した事実。
それらから推測されるのは、彼女の血は『破壊の力』ではなく過剰なまでの『治癒能力の向上』だ。
おそらく、彼女の血を体内に取り込んだドラゴンが死んだのは、健全な状態では度の過ぎる治癒能力の向上により、身体が暴発した。
しかし、死にかけていた俺にはそれぐらいの治癒能力向上が、妥当だったのだろう。
瀕死の人は救えるが、怪我した人は救えない。
彼女の力もまた、破壊しか出来ないホルのように歪だった。
「ソラトさんっ、ホントにソラトさんですよね……?」
赤く腫れた目。頬には涙が通り過ぎた後。
ヒドイ顔だ。久しく見た妖精の顔にそんなことを思った。
「当たり前だ。死んだ人間は話さないだろ?」
「もう! ホントに死んでいたんですよ! どれだけ……心配で……また、独りに……」
ホルは俯き、肩を震わせた。
そうか、こいつにとって俺は唯一の理解者なのか……それが居なくなると言うことは、こいつにとっては天涯孤独を意味する。
ホルがそう思って、泣いてくれた事実を少しだけ嬉しく思い。
口元が緩むが、手で隠した。
そして、開いている方の手の人差し指でホルの頭を撫でる。
「もう泣くな。こうやって、帰ってきたろ?」
「はい……今回は許します……でも、次は私のいない所で勝手に死なないで下さい!!」
「りょーかい」
笑顔でそう答えた。
まだ、上手く力の入らない足元に気を付けて立ち上がる。
心配そうな目で見て来る、ネナさんと千佳ちゃんと目が合う。
さっきまで、広瀬が居た場所からは爆発音が聞こえて来る。
千佳ちゃんとネナさんが居るってことは、滉一君も来ているのか。
そして、魔王と戦っている。
「千佳ちゃんとネナさんは、この子を連れて隠れていて。巻き込まれと危ないから」
「はいっ」
「分かりましたっ」
涙をぬぐった二人が返事をする。
この二人も俺は泣かせたのか。
どれだけ、心配されたんだ……なんか、情けなくなってきた。
「女を泣かせる男は最低です! 責任取って、ハーレムしてください!!」
こんな状況でもホルは微塵もブレない。こいつの姿勢に対して、そろそろ尊敬の域に到達しそうだ。
しかし、いつも通りアホなことを口にする、ホルに軽く人差し指でデコピンをする。
指が当たった場所を抑えているのに、ホルは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「いつものソラトさんで安心しました……」
「アホか。俺はいつも俺だ」
本当に彼女たちを心配させてしまったんだと、少しだけ後悔と反省。
しかし、すぐ次にするべきことに頭を切り替える。
俺はいつも通り。だから、することは決まっている。
「ソラト様……」
「ん?」
床にしゃがみ込むニアミリアが、上目遣いで俺に聞いて来た。
「王都は、助かりますか? また、何時もみたいに戻りますか!?」
俺は主人公じゃない。
そんなことは分かっている。だから、約束できないことを口にしてはいけない。
だけど、俺が主人公に憧れたように、ニアミリアとって今の俺は頼るべき存在なのだ。
「ホル。魂の刻印、レベルⅡ」
「分かりました!!」
ホルの翡翠色の光が俺を包み込み、右手の甲に『Ⅱ』の英数字が白い字で浮かび上がる。
刀身は翡翠色、柄は黄金のいつもの剣を握り、一振りすると、光が散っていく。
「ニア」
「はいっ」
自信がないとか、そうゆう問題じゃない。
いつかのラノベで読んだことがある。
――英雄とは名詞じゃない。動詞だ……と。
俺でも行動を起こせば、英雄になれるだろうか?
いや、今はなるしかないのだ。それを求められている。
だから俺は、ニアミリアに言った。
力強く、自信を持って。
「王都は救って見せる。俺たちに任せとけ」




