第四話 甘い味
広瀬の討伐部隊に入れば罪を免除すると言う、提案を受けて数週間。
結局、ホルの助けを待つことを選択した俺は、真奈美と一緒に今だ、独房に入れられている。
変化があるとすれば、日が暮れて寝る時間になるまで、新しい話し相手が出来たことぐらいだ。
「へぇ、じゃあニアはずっと勉強してるんだ」
「はい。ここじゃ、ソラト様たちが来るまでは、話し相手も居なかったので」
鉄の柵越しでニアミリアが笑みを見せた。
最初は距離があった関係も、徐々に詰めることに成功し、今は柵を隔てるだけの距離で話すことが出来るようになった。
俺のチートが効いているせいか、それとも心を開いてくれたのか。
どっちでもよかった、彼女が笑みを見せくれるのであれば。
因みに俺とニアミリアが話している時、真奈美はいつも独房の隅に座っている。
こっちに来て話さないのかと聞いても、「あたしはいい」と言われ断られる始末。
こちらを見る視線が少し怖いから誘ってみたのに、乗ってこないなんて何を考えているのか本当に分からない。
「そんなに勉強していたら、いい王様に成れそうだな」
「それは分かりません。ソラト様たちのようないい人たちばかりないですから……上手くやれるかどうか……」
先ほどとは一転。ニアミリアの表情が曇る。
彼女が最初に俺たちを見て恐れていた本当の理由。それは、王都に居る異界人たちの横暴を見てきたからだった。
それに頭を悩ます王である父の姿も見てきた、魔王軍の脅威から民を守るためには異界人の力が必要だ。しかし、その異界人たちが兵に苦痛を与えている。
その事実がまだ12歳と幼い彼女を悩ませ、苦しませていた。
あの広瀬はそうゆうことが無くなる様に努力しているようだけど、現実はまだまだ厳しいらしい。
「今日も楽しかったです。明日も来ますね」
「俺も楽しかったよ。またね」
ニアミリアが立ち上がって、小さく頭を下げた。
独房に一つしかない窓から、夕日が差し込み、内部を茜色に染める。
彼女が帰っていくのは、決まって夕暮れの時間だ。
「楽しそうね。ロリコン」
ロリコンとはヒドイな。
暴言を吐く真奈美に近づき、隣に腰を下ろす。
「楽しくおしゃべりしていただけだ」
「顔がニヤついてた」
「そりゃ、相手は可愛い女の子だからな」
ここまで言うと、真奈美が肘で脇を小突いた。
結構強めに突かれ、肺から息が漏れて咳き込んでしまう。
「ゴホ! そんな強く突くなっ」
「アンタがそうやって誰にでも鼻の下伸ばすから、あのビッチが調子に乗るのよ」
真奈美がビッチと言うのは、一人しかいない。
そういえば、最近はベスドラの姿を見かけない。見ないと言うより姿を見せないの方が正しいのか。
俺たちから彼女の姿を見ることは不可能なのだから。
こうして会わなくなると、もっとあの身体の感触を楽しむべきだったと、少しの後悔が出て来る。
本当に魅力的な身体してたよなぁ。
「イヤラシ顔しない」
真奈美のエルボーが再び突き刺さった。
夜。外には海が広がっているせいか、独房の中は結構冷える。
だから、二人で寄り添うようにして壁にもたれ掛かり寝ていた。
もちろん、俺にとっては精神的に辛いものがある。
真奈美は意外と無警戒に俺の肩に身を預けて来る。
時々、寝顔を覗くけど何度見ても綺麗な顔立ちで、美少女と言う言葉がピタリと当てはまる。
口を閉じていれば、文句なしの美人。
そう思っていても、本人に言うことは無い。まだ命が惜しい。
とにかく、手を伸ばせばすぐ届く場所で美少女が無謀な寝顔を晒している、己の煩悩と戦う俺は毎日寝不足だった。
いっその事、手を出して楽になるかとか、本気で考えたこともある。
だけど、それをするなら元の世界へ帰ることを諦めた時だ。
遊ぶだけ遊んで、自分はトンズラする。
責任を取らない、クソ野郎にだけは成りたくはなかった。
ネナさんの告白を誤魔化したり、結構キワドイことしてるけど……
そんな事ばかり考えていると、いつの間にか夜は深くなっていく。
すっかり熟睡をした真奈美を余所に、俺は今日も眠れずにいた。
右上半身全体で感じる彼女の体温は、眠気を奪っていく。
意識するなと言う方が無理だった。
そんな夜に響く足音。
月明かりに照らされて、紫色の瞳が現れる。
またこいつは、突然現れた。
「あらら。アツアツね」
魔族の彼女のその手には毛布が握られている。
俺たちのために持ってきてくれたのだろうか。
「毛布があれば、ソラトはその女から離れることが出来るでしょ?」
そんな事だろうと思った。
こいつの行動原理は、俺を手に入れるためで、いつも俺の退路を断ってくる。
「助かるよ。だけど、完全には無理かな」
「そう。まぁ、邪魔者なしで話せるから我慢するわ」
ベスドラは毛布を俺に投げた。
それを受け取ると、真奈美の身体に上手いこと巻きつけ、身体をゆっくりと離す。
そして、足を伸ばして座り、枕代わりとして太ももの上に真奈美の頭を乗せた。
「私もして欲しいなぁ……」
「機会があったらな」
そう返すとベスドラは「ケチ」と言って、真奈美が居ない側の俺の隣に腰を下ろした。
つまり、俺は二人に挟まれる形となった。
なんか、余計に緊張するな。
「最近、来てなかったけど、どうしたんだ?」
「押してもダメなら引いてみようって♪ 効果あった?」
「さぁ?」
「うーん、あんまり無さそうね」
本当は結構あったり。なんて言えるわけもなく、ベスドラから目を逸らし、前を向いた。
ホントにこいつは何を考えているんだろうか。
一度は殺し合ったのに、こうして普通に話している。
魔王に対する忠誠はそんなのでいいのだろうか。
だけど、魔王軍の事を聞いても答えてはくれない、それは流石に裏切ることになるらしく、言えないらしい。
それなら、サッサと俺たちを殺せばいいのに。
「ねぇ……ソラト……お願い聞いてくれたら。いいこと教えてあげるわよ?」
唐突な提案。もう一度、ベスドラに目を向けると、そこには一人の女性としての姿があった。
体育座りでこちらを覗き見るように、首を少し前に倒し、優しく微笑む。
「ホントにいいことなんだろうな」
「魔王に関すること……とか?」
「おいおい。裏切って大丈夫か? それに、俺は魔王軍と戦うつもりはないから、その提案は意味ないぞ」
「でも、目の前で誰かが襲われていたら、戦うんでしょ?」
「……かもな」
「嘘が下手ね」
きっと戦う。
目の前で誰かが死ぬ所なんて見たくもないのだから。
「じゃあ。私がその子を襲ったら、私と戦う?」
ベスドラが穏やかな表情で眠る真奈美を見つめる。
ここまで来て真奈美に手を出すとは考えにくいけど、もし仮定する状況になったら俺はどうするだろうか。
二回も窮地を救われ、今もこうして微力ながら色々なことで助けてもらっている。
正直、最初の頃に比べて、ベスドラへの警戒心は無くなってきている。
最近は無いに等しいと言ってもいい。もし、今彼女が突然敵になったら俺は迷って、戦うことを躊躇する。
それは間違いない。だけど……誰かが目の前で死のうとしているのなら……
「戦うと思う。誰かが目の前で死ぬ所なんて見たくない」
「そう……あなたらしいわ」
ベスドラは悲しそうな目つきで視線を落とす。
「だけど……」
「だけど?」
「ベスドラがもしも誰かに襲われて、死にかけているのなら。俺は助けると思う」
「それがアナタと同じ国から来た人からでも?」
「もちろん。きっと、戦う」
「嬉しいわ」
顔を上げてニコッと微笑むベスドラ。
ドキッとしたことを隠したくて、手で口元を隠した。
「で、結局、頼みってなんだよ?」
「あ、忘れてた」
手をポンと叩いた様子から、本当に忘れていたようだ。
何しに来たんだお前は……
ジッと俺の顔を見つめて、沈黙の後、紅い唇が動く。
「私を恋人だと思って、本気でキスして……欲しいな」
ため息をしたくなった。何を言っているんだと軽く流したかった。
だけど、俺を見つめる彼女の視線が真剣過ぎて、そんな事をする気は一瞬で無くなる。
徐々に詰まる距離、二度目のキスは甘く、優しい感触。
本気のキスなんて、分からない。
これで正解なのかどうかなんて、分からない。
「ん……ありがと」
唇を離し、しばしの余韻に浸った彼女の言葉。
満足して頂けたのだろうか。
「今日で最後になるから。よかったわ」
「それって、どうゆう……」
言い切るより前に強い振動が俺たちを襲った。
一瞬、地震でも起きたのかと思うほど揺れはすぐに収まり、外からは爆発音と悲鳴。
何が起きたのかここからでは見えない。
それでも、外から飛び込んできた声に、何が起こったのかを理解した。
「魔王軍だ!!」
王都強襲。そんな言葉が浮かんだ。
魔王軍が王都を攻めてきた? なら何故、ベスドラはここに?
「来ちゃったのね。これで、王都は終わり。アナタと会うのはこれで最後かもね」
「ベスドラ! どうゆうことだ!」
「新しい魔王様は異界人を殺す気なの……一人残らずね」
新しい魔王。元魔王軍の将マンファンが言っていた。
前魔王を殺し、その座に就いた新しい魔王。
何故、魔族の彼らが魔王に忠誠を誓わないのか、理由は分からない。
そんな、魔族からの評価が分かれる魔王は、異界人を根絶やしにする気らしい。
敵の主力の壊滅を狙うのは当然か。
「だから。ソラトにいいこと教えてあげる」
ベスドラが俺の耳元で囁いた。
「新しい魔王の名前は――」
その名を聞いた瞬間、俺の中で大半の疑問が解決した。
そして、確信を得る。
――魔王は王都に居る……と。




