第三話 初めての街
森を徒歩で抜けるまでの間、アリュラは親切にも色々なことを教えてくれた。
まず今、居るのはテクノス王国と呼ばれる国で、今から向かう街は『ミスオン』、別名『始まりの街』と呼ばれる場所らしい。
名前の由来は周りの魔物の強さから初級冒険者が多く集まり、多くの冒険者がその街からデビューすることが多いから。
知識ゼロの俺には願ってもない場所だった。
そこの冒険者ギルドに行けば、初心者を多く相手にしているので詳しい説明が受けられるだろう。
今はすっかり日が落ち、森は暗闇が支配している。
火で野営の準備をして、干し肉やらの携帯食料で腹を満たし、あとは寝るだけの状態だ。
眠気がなかった俺は見張りをやることにした。
見張りといっても、起こした火に集めた薪を入れるだけの簡単なお仕事だ。
ただ、何故か寝る番のはずのアリュラが俺の目の前に座っている。
寝なくても大丈夫なのだろうか?
ホルは俺が使う予定だった羽毛に身を包んで、爆睡中だ。
「寝なくていいのか?」
「ええ。私も眠くないの」
彼女の笑みが火に照らし出される。
少しだけドキッとしたが、薪を火に入れて誤魔化す。
「アリュラは冒険者なのか?」
「もちろんよ。Cランクだからまぁまぁってとこね」
強いかどうかの基準がよく分からないが、それなりに経験があることには間違いない。
「なんでこの森に居たんだ?」
「依頼よ。あなたを助けたのは依頼の帰り」
なんたる偶然。
アリュラに助けてもらわないとどうなっていたか……本当に助かった。
「本当にありがとう。街についたら何かお礼をするよ」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
女性にプレゼントあげた経験など皆無だ。
あとでホルに聞いてみよう、あいつも一応、女性だしヒントくらいはくれるだろう。
いや、この場合はご飯でも奢ればいいのか?
ダメだ、分からん。
「ソラトはなんで田舎から出てきたの?」
「そうだな……厳密に言うと、俺は自分の元いた場所に帰りたいんだ」
「どうゆうこと?」
「小さい頃に生まれた故郷から連れ出されてさ。その故郷に帰りたいと思って、飛び出してきたわけ。右も左も分からないくせに」
ごめんなさい、真っ赤な大嘘です。
そんな重い過去、俺にはありません。
だけど、俺が異界人であると言うことは隠しておいたほうがいいだろう。
それにまず、信じてもらえない。
「若いのに苦労しているのね」
アリュラが金色の澄んだ瞳で見つめてくる。
思わず見惚れてしまうほどの美しさだが、嘘を言った手前、彼女を直視することが出来ない。
「アリュラはもう寝なよ。寝不足は肌の天敵だよ」
「そうね。せっかくの気遣いだからそうさせてもらうわ」
アリュラは俺に背を向け、横になった。
薪が火に焼かれ、パチっと音が鳴る。
それ以外の音は聞こえない静寂。
ステータスでも確認しておくか。
2人を起こさないように、小さく呟いた。
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名前:ソラト・アイバ
種族:人間
レベル:2
SP:3
筋力:62
生命:43
敏捷:64
器用:51
魔力:45
スキル
相思相愛:《ユニーク》
剣術:《1》
弓術:《1》
槍術:《1》
火魔法:《1》
詠唱破棄:《1》
生活魔法:《1》
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レベルが上がっていた。
アリュラが言うには、ステータスの値はレベルの上昇につき1~5の範囲でランダム上がるそうだ。
SPはスキルポイントのことらしく、溜めてスキルのレベルアップに使うもよし、ステータスに当てて伸ばすのも自由。
スキルのレベルはSPを振り込む他にも、使い込めば自然と上がってゆくこともできる。
ポイントを振り込むか、熟練度として上げた方が早いかはスキルの種類にもよる。
今回のSPは何も使わないことにしようと決めている。
理由は新しいスキルの習得にも必要だからだ。
スキルの習得方法は欲しいスキルを相手に見せてもらうと、対応したSPを払うことで習得できる。
今の俺には確立された戦闘スタイルがない。
索敵関連のスキルは、危険を早く察知するためにも欲しいし、ほかの属性魔法も使えるようになりたい。
ようは、戦闘の幅を広げたいのだ。
その上で、軸となるスキルを定めて自分の戦闘スタイルを確立する。
武器として、ホルを使うのか、別に武器を買うのか。
そこら辺もきっちりと考えないといけない。
ホルの話だと、あいつの武器化も熟練度があり、使えば使うほど上がってゆく。
さらにあいつ自身の体調などにも、武器の性能は影響される。
安定しない点と、近くにホルが居ないと使えないなどの欠点がある。
頼りにしているが、頼り過ぎは危険だ。
ひとつの判断が命取りになる。
今回のように誰かが助けてくれる保証など、どこにもない。
強くなるしかない、この世界を生き残るため、一人でも戦えるくらいに。
そして、絶対に元の世界へと帰るんだ。
決意を新たにした夜は明けるのが早い。
次の日は朝日とともに出発した。
なかなか起きなかった、ホルはデコピンで強引に起こしたせいか、少しだけ不機嫌だ。
歩くこと、半日。
時々、魔物襲撃や休憩をして、ようやく街についた。
「おぉ! 街が見える!」
異世界に来て、初めての街だ。
俺は興奮と感動に胸がいっぱいだった。
「あれがミスオン。街についたらギルドに行かないとね」
「ようやく職につけるのか」
「ニート卒業ですね。あっちの方の卒業はまだですけどね。ププ」
この妖精はいつも俺を煽ってきやがる。
今度、武器化した時に木に擦ってお仕置きでもしてやろう。
「ホル。今度、死ぬほど武器状態で使ってやるからな。覚悟しておけ」
「いやぁぁあ! アリュラさん! 助けて! 犯される!!」
「こらこら、女の子をいじめたらダメよ」
ホルがアリュラの背後に隠れてしまった。
チッ、命拾いしたな。
街に向かって歩くと時々、商人らしき馬車を引いた人や、剣や槍を背負った冒険者らしき人とすれ違う。
すれ違うたびに適当に挨拶をしていると、街の入口についた。
入口は街へ入るのが目的の人々が列をなしている。
門番らしき鎧を着た屈強な男が、何やら質問をしてそれに答えて入ることを許可されている。
「何を聞かれるんだ?」
「犯罪歴と街に来た目的ぐらいかしら? あとは税金を払っておしまい。簡単だから、緊張しなくていいわ」
「犯罪歴……ホル。懺悔するなら今のうちだぞ」
「潔癖です! アリュラさんは知りませんが姦淫すらしたことのない乙女です!!」
「なんで私を引き合いのだすのよ!! それに私だってないわよ!!」
2人の発言で周囲がざわめく、所々から処女という言葉が聞こえる。
ホルは周りからは見づらいので、主に視線を集めるのはアリュラである。
とんだ災難だ。
そうしているうちに俺たちの番が来た。
待っている間、ホルが「ダンナぁ、あの娘、処女らしいですぜ。グフフ」とか耳元で言っていたが、完全に無視した。
「お! アリュラさんじゃないか! お帰り!」
アリュラは門番の男と知り合いのようだ。
20代中盤くらいの男の笑顔は爽やかだ。
「メインさん。ただいま」
「後ろの人たちは?」
「依頼のあった森で会ったの。ギルドに登録に行くって言うから案内していたのよ。男の子がソラト、肩に乗っている妖精がホルよ」
「ソラトです。よろしく」
「ホルといいます」
「おう、よろしくな! 妖精持ちとは珍しいな。冒険者は危険も多いけど、上に行けばその分、見返りも多くなる。頑張れよ!」
肩をバシバシ叩いて激励してくる。
いい人そうだ。
それとも、俺が爽やかな青年ということで好印象だから、チートの能力で俺のことを気に入ってくれたのだろうか?
同性への好意というものが、何を指すかは曖昧で分からない。
「さて、街に入る証明書は一人あたり銀貨1枚だ。アリュラさんは持っているやつを出してくれ。妖精は無料だから安心してくれ」
銀貨一枚を袋から出して、払った。
渡された証明書に名前や犯罪歴を書く欄があったが、字がわからないのでアリュラに書いてもらった。
証明書はひと月有効で、その間は街の出入りで税金を払う必要はない。
「ミスオンへ、ようこそ!」
メインという、男は爽やかな笑顔で歓迎してくれた。
そして、門を向けるとそこは中世ヨーロッパの街並みだった。
石畳に、石造りの建物、日本家屋しか見たことのない俺には新鮮に思えた。
「ソラトさん! 見たことのない品があります!」
「持ってくるな! 戻してこい!!」
犯罪歴はないと証明書に書いたはずなのに、いきなり犯罪者になるところだった。
初めての街でホルも興奮状態だ。
そのせいで思わず商品を手に取ってしまったのだと信じたい。
今の残金は銅貨10枚と銀貨4枚。
稼ぐ手段は今からだし、毎回変な品を持ってこられて、買う羽目になったらいくら金があっても足りない。
「さて、ホルも戻ってきたし、どうするのソラト? 先に冒険者ギルドへ行く?」
「宿……かな。拠点となる場所を先に確保したい」
修学旅行などで宿泊施設に入るときのあのドキドキ感。
俺はあの感じがたまらなく好きだ。
それに、初めての街で初めての宿。
なんとなく楽しみだ。
「分かったわ。いい宿知っているから、案内するわ」
たくさんの露店が並んだ商店街を抜けて、ベッドマークを掲げた建物へとはいる。
今回スルーした露店には、金に余裕ができたら来てみよう。
「いらっしゃい! 何名、って、アリュラちゃんじゃない! 街に戻ってきてたの?」
この宿の女将さんもアリュラの知り合いのようだ。
お袋と言ったらいいのか、恰幅を感じさせる、気前の良さそうな人だ。
「お久しぶりです、女将さん。二部屋お願いします。一週間で」
「りょーかい。それにしても、アリュラちゃんが男を連れて来るなんてねぇ~」
女将さんが俺を見て、嬉しそうにニコニコしている。
確実にこの人は勘違いしている。
「ち、違います! 案内してって、言われたから、しただけです!」
アリュラは顔を真っ赤にして否定した。
ホルが「ツンデレ、頂きましたぁぁあ!!」と耳元でうるさい。
あと、なんでこいつは俺の肩に座っているんだ。
「ふ~ん……そんなこと言って、同じ宿に泊まるなんて大胆ね~、ホントに二部屋でいいの~?」
アリュラと女将さんは親しいようだ。
女将さんの怒涛の口撃にアリュラは一言も返せない。
ここは俺がフォローして、誤解を解きべきか。
「女将さん、勘違いしないでくれ。俺はどちらかといえば巨乳派だ」
「小さくて悪かったわね! 女将さん、鍵!」
アリュラは鍵を受け取ると、階段をドスドスと登っていった。「男なんて、胸しか見てないんだから」とか、聞こえたが気にしない。
いや、気にしてはならない。
大切なのは胸の話が、アリュラの前では禁句だと言うことを理解することだ。
……後でちゃんと謝っておこう。
「一週間で、銀貨3枚だよ」
女将さんに銀貨を払い、鍵を受け取った。
部屋を開けると、6畳ほどの広さにテーブルとベッドの置いてあるシンプルな作りだった。
不満はない、周りを警戒する必要もないのだから、安心して寝られるだけでもありがたい。
「ソラトさん! 私はどこで寝れば!?」
「地べただ」
「乙女になんたる仕打ち!!? それでも男ですか!?」
「武器化して壁に立てかけてやってもいいぞ」
「視姦ですか!? 新手の方法で私を辱める気ですね!!」
武器化してそれを見ることが視姦なら、戦闘中は視姦されっぱなしだぞ。
しかし、ホルの言うことも一理ある。
さすがに地べたは可愛そうだし、ベッドに入れてもいいが、寝返りをした際に潰したとかは後味が悪い。
何より、口から妖精を出したくない。
「残りの金で材料買って、簡単なベッドでも作るか」
「ホントですか!? 出来れば羽毛も高いやつで、枕も高級なやつをお願いします!」
「破産するわ! それにそんなミニマムサイズないだろ!」
「大きくても、ええんやで?」
「どこでエセ関西弁を覚えた」
「笑いを取るときは関西弁だと、某掲示板に書いてありました」
「○チャンネルかよ!!」
その後、ホルと二人で簡易ベッドの材料を買いに行った。
その間、何故かホルは俺の肩に座りっぱなしだった。
宿に戻ると、風呂上りのアリュラに何処に行っていたと聞かれた。
着ていたバスローブの胸元が残念だなと思っていたら、「胸ばっかり見ないで!」と脇腹に右拳がめり込んだ。
このままでは少し視線が下がれば、拳が飛んできそうだ。
早急に何かお詫びをしなければと決意を新たにした。