第三話 囚われの姫
塔の独房に閉じ込められて一週間が経とうとしていた。
真奈美の身体もすでに回復し、今は元気にしている。
俺たちの判決は現在協議中らしく、結論は近々言い渡されるらしい。
それまでにホルが助けに来てくれるか、間に合うかどうか分からないが、今はあいつを信じるしかなかった。
何故、俺たちがそんな協議中などの外の情報に詳しいかと言うと、協力者がいるからだ。
「ソラト~、来ちゃった♪」
今日も元気にその魔族は現れた。
本当に何処から沸いて、何処から消えるのか、全てが謎だがベスドラはいつも突然現れ、突然消える。
紫色の髪を揺らし、目のやり場に困る露出度の高い服で、毎日のように迫って来た。
「今日こそ私たちの第一歩を!」
飛びつかれ、両手が手錠で拘束されている状態では大した抵抗も出来ない。
なされるがまま、顔に当たる柔らかい二つの感触を楽しむ。
俺がこのサキュバスの猛攻を前に、理性を保っていられるには、当然ながら理由がある。
「離れなさい、このビッチ!」
元気に回復した真奈美が、ベストラと俺の間に割って入り、強引に引き剥がす。
彼女も両腕を手錠で拘束されているため、やや力任せにベスドラの身体を押した。
押されたベスドラは尻餅をついて、「いったーい」と言って少し困った顔。
それを見て、可愛いと思ってしまった俺は、もう危ないかもしれない。
ベスドラが立ち上がり、腰に手を当てる。
胸を強調するポーズに変な気分が湧き上がりそうだ。
「ちょっと、私とソラトの愛を育む邪魔をしないでくれる?」
「色気を使って、惑わないで! まぁ、これだけ迫って相手にされないアンタがそろそろ可哀そう……」
真奈美が俺の方を振り返り、固まった。
やべ、ニヤついているのを見られた。
「効果が出ているみたいね♪」
ベスドラが真奈美に近づき、後ろから抱き着きついて、服の上から胸をもみ始めた。
今、俺と真奈美が着ているのは囚人用の薄いTシャツと膝くらいまでの長さがあるズボンだ。
薄いTシャツだから、揉まれると胸の形がハッキリ分かるわけで……
「ちょ、ちょっと! な、なにしてんのよ!!」
「結構、いい胸してるのね~、これでソラトに迫ればよかったのに♪」
素直に感心したベスドラの手の動きが激しくなる。
心なしか、真奈美の頬が紅潮し、息が荒くなっているような気がする。
この状況……グッジョブ、ベスドラ!
「はぁ……はぁ……げ、下品なアンタと一緒にしないで……んっ、そ、そんな所、触らないでっ」
「そんな所って、ここ?」
ベスドラが赤い爪で真奈美の胸の真ん中をクリクリっと刺激する。
「あっ……んっ、そ、空人の前で、やめ、アっ!」
「かわいい反応ね♪ 今度は同時に責めてみようかしら♪」
ベスドラが小さな舌を真奈美の耳に近づける。
軽く耳を舐めた後、耳たぶを熟れたイチゴのような赤い口で吸い、耳の輪郭に沿って舌を這わしていく。
「ダ、ダメっ、んっ、声がっ」
もちろん胸への刺激も忘れない。
真奈美は口を必死に閉じて、声を我慢している。
心なしか、足がモジモジしていて、なんというか……いいぞ、ベスドラ!
本当は魔族に襲われる真奈美を助けるべきなんだが、普段は気の強い女の子が、自分より年上の女性に責められる。
これって、結構男としては美味しい場面に遭遇しているような気がする。
あと少し見たいと言う衝動から、俺は彼女たちの行為を見ているだけだった。
いつまで続くのだろうと思っていると、ベスドラが突然真奈美から手を離した。
責めから解放された真奈美が、グッタリと膝から崩れ落ちる。
肩で息をしている様子を見るに、相当責められていたようだ。
「誰か来るわ。じゃあ、また明日ね♪」
手を小さく振り、ベスドラは姿を消した。
一日、一回しか現れないのは、回数制限か何か制約のある魔法を使っているからだろうか。
「真奈美、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……」
キッと俺に睨む眼には、色々な意味が含まれている。
助けてくれなかったこと、恥ずかしい姿を見られたこと。
それらを踏まえた上で頭を下げた。
「ごめんなさい」
プイッと顔を向けた真奈美は拗ねてしまったようだ。
どうやれば機嫌が戻るかは後で考えるとして、誰が来たんだろう?
孤立した塔の中に居るせいか、独房の柵の前には誰も居ない。
この部屋には特殊な魔法がかけられており、魔法を使うことが出来ないことも関係しているのかもしれない。
前に一度、真奈美が俺にベタベタしていたベスドラを魔法で吹き飛ばそうとして、発動しなかったことから判明した。
近づいてくる足音、衛兵か、それともまだ見ぬ討伐隊の異界人か。
緊張感を持って、柵を見ていると現れたのは予想外の人だった。
「あ、あなたたちは?」
翡翠色の腰まで伸びた髪、髪と同じ透明感のある瞳。
歳は12歳くらいだろうか? 身に纏うのは、純白のドレス。
現れたのは千佳ちゃんよりも年下の気品さを持った女の子だった。
「女の子? なんで、こんな子が……」
近づこうと立ち上がると、女の子が後退りした。
彼女を怯えされる俺に、真奈美が呆れた様子で言う。
「あんた……こんな幼い子を怖がらせてどうすんのよ」
真奈美が近づこうと立ち上がると、また後退り。
「おい。そっちも避けられているぞ」
「うるさい」
脇をキュッと摘ままれた。
どうやら、あの女の子は俺たちが怖いらしい。
よくよく考えれば、投獄されている囚人なんて、幼い子から見れば怖くて当たり前か。
問題は何故、この子のような幼い子がこんな場所に居るのかだ。
「怖いのなら。このまま話してもいい?」
俺の言葉に少女は小さく頷く。
よかった、これも否定された俺は悲しみで死ぬ。
「君の名前は?」
「……ニアミリア・ウルビエッタです」
「ウルビエッタ!?」
女の子の名前を聞いた真奈美が驚いた。
何がそんなに驚くことなのか、俺にはさっぱりだ。
「あなた、ホントに王族なの?」
「は、はい……今はとある理由でこの塔で暮らしています……」
王族って、また凄いのが出てきたな。
確かに気品さはあると思ったけど……なら、当然の疑問がある。
王族、もとい王女様である彼女が囚人の俺たちと同じ塔に入れられる理由。
牢屋ではなく、この塔内を自由に動けるようだが、幽閉されていることに変わりはない。
「ニアミリアがここに居る理由って?」
「討伐部隊の隊長様が仰るには、魔王すらも倒せる力があるからと……」
真奈美と顔を合わせて、考える。
どんな力なんだろうか、安全を万全にするにしても、その討伐部隊の隊長とやらはやり過ぎのような気もする。
こんな幼い子に不自由を強いるなんて……
「ニアミリア様。お話はその辺でよろしいですか?」
ニアミリアの背後からの声。姿を見せたのは、黒髪にこの世界では初めて見る眼鏡をかけた少年。
同い年くらいか、それに彼はおそらく……
「ト、トウマ隊長」
隊長……ということは、こいつがニアミリアをここに幽閉した張本人ってわけか。
トウマと呼ばれた隊長に促され、ニアミリアは俺たちに丁寧に頭を下げる。
「ニアミリア!」
踵を返し、一度は背を向けた彼女の顔が再び向けられる。
「いつでも来るといいよ」
彼女にそう言うと、無言で頷いてくれた。
話し相手くらいにはならないと、こんな塔じゃ暇で仕方ないだろう。
そう思って、呼び止めたけど次から来てくれるかは不安だ。
俺たちのこと怖がっていたし……
「姫様をたぶらかすのはやめて欲しいな」
「こんな所にどっかの隊長さんが幽閉しなきゃな」
男はフッと笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「……僕の名前は広瀬 斗真。魔王討伐部隊の隊長をしている。今日は君たちにとある交渉をしようと思ってね」
広瀬と名乗る男は眼鏡をクイッとあげた。
「久しぶりね斗真。聞きたいことがあるのだけど?」
横に居る真奈美がきつめの口調で言う。
彼女の言葉に疑問。
久しぶり? この二人は以前にも会ったことがあるのか?
「君は相変わらず、こちらの都合はお構いなしだね」
「誤魔化すのはやめて。なんであんな小さな子を幽閉しているの?」
「魔王を倒せる力があるからだよ。貴重な戦力は出来るだけ安全に管理したい」
「管理って、あんな小さい子を幽閉する理由はない!」
「これは戦争だ。勝つために最も勝率の高い選択をするのが僕の仕事だ」
にらみ合う二人はお互いの意見を変える気が無いらしい、何処までも平行線。
それを察した広瀬が俺に目を向ける。
「話の通じない女は放っておこう。今の僕は君に興味がある」
「おれ?」
「ああ。ケルベロス殺し、魔王軍の将マンファンの撃破。この二つを成し遂げた冒険者を魔王討伐部隊は探している。もしかして君かい?」
「だったらどうする気だ? 部隊に入れとでも言う気か?」
「そうだね。そうしてくれると嬉しい。君がそうしてくれれば、彼女も入ってくれそうだしね」
広瀬はチラッと真奈美を見て、すぐに視線を戻す。
「目的が分からない。魔王軍と戦う戦力が欲しいのなら、戦力は整っているはずだ」
「確かに……異界人一人の加入は、現状での戦力増強は微々たるもんだろう。チート持ちはたくさんいるしね。だけど、僕が求めているのはチート持ちの異界人じゃない」
「どうゆうことだ?」
「……『神殺し』この名前に聞き覚えは無いかい?」
なんでこいつはその名前を……
まるで俺の反応を観察するかのように動く、眼鏡越しの瞳に背筋が寒くなる。
今まで感じ事もないプレッシャーが両肩にのしかかり、空気が重く感じた。
――こいつやばい
直感的にそう感じた。
だから、返答も誤魔化した。
「知らない。聞いたこともない」
「……そうか。討伐部隊に入れば、罪を免除するよう進言するから考えておいてね」
ニコッと笑った顔から、先ほど感じた違和感は無くなっていた。
「いい返事を期待しているよ」と言い残し、広瀬は去って行く。
その背中を見て、何故奴がホルの本当の名前を知っているのか、ずっと考えていたが答えなんて出るわけも無かった。




