第十一話 人質と交渉と魔族
パーティからの帰り、馬車に揺られ取り付けられた窓から外を見る。
魔道のランプに照らされた屋敷が並び、道を歩いている人はおらず、時々馬車とすれ違う。
真奈美から何も連絡が無かったことが気がかりだ。
俺がパーティに付いて行くと知って、今夜は遠慮したと思いたい。
何もなかったと、連絡がつくまでは祈るしかなかった。
「誰の事をお考えなのですか?」
顔を前にすると、挑発的な笑みを浮かべるリリアネット。
本当にこの人は俺の心が読めるようだ、顔に出やすいのか、それとも商人として鍛えた眼力なのか。
……後者だろうな、腹の探り合いに関しては妖怪並だと思う。
でなきゃ、ここまでの財を成すことは出来ないはずだ。
「少し友人のことを」
「あの大魔術師の女の子のこと?」
マジで妖怪か。
「よく分かりましたね」
「これでも、商人の端くれ。人心は心得ております」
思わず肩をすくめる。
ただ、次の言葉には背筋が寒くなった。
「あなたがあの子と何を企んでいるのか……楽しみですわね」
今までとは違う冷たい笑み。
まさか、この人……
何から聞くべきか、そう思った所で馬車が彼女の屋敷へと到着した。
メイドの人が馬車の扉を開けて、リリアネットの後に続いて降りる。
そして、側近の男が馬車から降りた彼女に近づき、耳打ちをした。
「分かりました。ソラトさん。思ったよりも早くネズミが釣れたようです」
「ネズミ?」
「ええ。今晩、私たちの留守を狙って、賊が屋敷に侵入したそうですわ。今は親衛隊に捕えられ、地下の独房にいるそうです。見に行きましょう」
まさか……
ざわつく胸とリリアネットの前後の言葉から考えられる可能性。
それらを考慮したとき、嫌な予感しかしなかった。
彼女の後に続き、屋敷へと入り、地下へと続く長い階段を降りる。
一番下まで降りて、左右に牢屋が並び、さらに奥へと進んでいく。
壁に掛けられたロウソクが照らす先。
最奥の最も厳重に閉ざされた鉄の扉を開けると、鎧を着た二人の兵に囲まれ、その人は居た。
部屋の壁から吊るされた鎖に繋がれ、両腕がバンザイするように伸ばさている。
意識が無いのか、顔を力なく下に向け、身体中に小さな火傷の跡や擦り傷があった。
「真奈美!」
捕まった彼女の名前を呼んで、近づこうとした俺を側近の男が前に回り込んで止めた。
「この女は屋敷に侵入した。貴様の知り合いと言えど、親衛隊の貴様が、肩入れするのを見逃すわけにはいかん」
「四の五の言うならぶっ飛ばすぞ」
胸に入れたホルを抜こうとした瞬間。男が「やれ」と口にする。
その言葉が合図となり、真奈美の傍に居る兵士が何やらスイッチらしき物を押した。
「きゃあああああああ!!!!!」
真奈美の身体が電気に包まれ、蒼白い光を発したと思ったら、彼女が悲痛な叫びをあげた。
「お前らぁ!!」
足に力を入れ今すぐにでも飛び出そうとした。
「動けば致死量の電流を流すぞ?」
男の言葉で動きが止まる。
俺の動きを見て、兵がスイッチから手を離した。
電流が止まった真奈美の首が、再びグッタリと下を向いた。
荒い呼吸に合わせて、肩が上下しているから生きている。
ひとまず安心するが、状況が悪いことに変わりはない。
交渉するタイミングと思ったのか、リリアネットがゆっくりと歩き、側近の男の横に立つ。
「貴方が屋敷を調べまわしていたことは知っていました。欲しい物があるのなら、言って頂ければ差し上げるつもりです。ですが……これはチャンスと思ったのです」
「チャンス?」
「貴方を我が物にするチャンスです」
再び冷たい笑みを浮かべたリリアネットは、真奈美に近づき、彼女の顎をクイッと持ちあげた。
真奈美は電流を流され過ぎて、焦点が合っていない目でリリアネットを睨み返す。
「あなた方は何かしらの方法で連絡を取っていたのでしょう? ならば、私がソラトさんに迫れば、焦ったこの女が釣れると思った……そして、この女を貴方は見殺しにはできない……」
ここまで全部、リリアネットの掌の上だったってことかよ。
すべての行動が筒向けであったことに驚き、相手は修羅場を潜り抜けた百戦錬磨の大人だと再確認する。
向こうの世界じゃ高校生の俺たちの考えなんて、リリアネットの前じゃ悪知恵同然なのか。
そして、次にリリアネットが何を言うかは大体予想が出来た。
リリアネットは、弱った真奈美に向かって勝ち誇ったかのように、口角を吊り上げる。
「この人は私が手に入れるの……小娘が邪魔しないで下さる?」
「あ……あんたなんか……空人が選ぶわけ……ない……」
「分かっていないわね……選ばせるのよ」
そう呟き、リリアネットは真奈美の耳元へ口を近づけ、何かを呟いた。
「そ……そんな……」
真奈美の目が大きく見開かれ、その視線で俺を見る。
あの女……真奈美になんか吹き込みやがったな……
「さて、本題はここから……」
リリアネットは真奈美の顎から手を離し、再び俺と向き合った。
「察しのよいソラトさんならお分かりだとお思いですが、貴方が私をパートナーとして選ばなければ、この女を殺します。奴隷にするってのもいいわね。顔は悪くないし……だけど、主人に従順になるよう調教が必要かしら」
口端を上げた彼女の表情には、残忍さと冷酷さが見える。
悪女。そう呼ぶには十分な顔だった。
どうせそんな事だろうな……今すぐ『神殺し』の力を引き出してこいつらをぶっ飛ばしてもいい。
でも、そんなことをすればこの場で真奈美が殺される。
最悪、滉一君らにも魔の手が伸びるかもしれない。
今この場における返答に、選択の余地は無かった。
「分かりまりました。その申し出を受けます」
俺の言葉にリリアネットは満足そうな笑みを浮かべ、そして次の瞬間、冷たく言い放った。
「その女を殺しなさい」
な!?
驚きと虚を付かれ、一瞬反応が遅れた。
その一瞬の間に、側近の男が日本刀らしき剣を真奈美に向かって、振り上げていた。
間に合わない。そう思った瞬間、頑丈な鉄の扉を破り、赤い線が伸びてきた。
その線は側近の男の腕を貫き、腕を貫けれた男は剣を落とす。
チャンスは今しかない!
「ホル! 魂の刻印! レベルⅠ!!」
ナイフが光を帯びて剣へと姿を変える。
右手に握った翡翠の剣で、真奈美を拘束している鎖を切った。
そして、彼女を抱きかかえ、部屋の端まで移動する。
「なんで……誰だ! 邪魔をしたのは!!」
リリアネットが入り口となる鉄の扉越しに居る、誰かに怒号をあげた。
中に居る兵、側近の男の視線を鉄の扉に向けられている。
固い鉄の扉に線が入ったと思うと、ガシャンと音を立てて崩れた。
いや、崩れたと言うよりは、切られたの方が正しい。
「あらぁ? お邪魔だったかしら?」
肩を竦めて入って来たのは、ベスドラ。
何故、魔族の彼女がこんな所に居るのか、色々と突っ込みたくなったけど、何はともあれ助かったことに変わりは無かった。
「貴女は魔族の……」
「ふーん……あなたが絶世の美女とやらね」
向かい合うリリアネットとベスドラ。
魔族の侵入に二人の兵と、側近の男が落ちた剣を拾い襲い掛かった。
「早い男は嫌いなの♪ ごめんなさいね♪」
ベスドラは長く伸びた赤い爪で三人をあっという間に切り裂いた。
身体が半分になった死体が三人分、床に転がる。
あまりの一瞬の虐殺に、身体が動かない。
「な、なんで……」
自分を守る者たちが居なくなったことに恐怖したのか、リリアネットの歯がカタカタと音をたてて震えている。
ペスドラはそんな彼女にペロっと舌を出して近づく。
「く、来るな! 化け物!!」
狭い部屋で逃げるには限界がある。
ベスドラは壁際にリリアネットを追い詰めると、恐怖で尻餅をついた彼女の白い首に赤い爪を当てた。
「私のソラトを物にしようなんて……どの口が言うのぉ? それにあの娘は私が殺すの……ソラトの許可が下りたらだけど♪」
「ひっ……」
ニコッと笑うベスドラとは対照的に、リリアネットの美しい顔が恐怖で歪む。
「言い残すことはある?」
「た、助けて……」
「い・や♪」
ベスドラが爪を横に振った。次の瞬間、リリアネットの首が宙に舞い上がり、赤い噴水が天に伸びる。
美しい顔を失った胴体が、力なく横たわった。
「呆気ないわ」
ベスドラは長く伸びた爪を元の大きさに戻し、俺たちの方を見た。
襲ってくると思い、ホルを握る右手に力が入る。
「そんな警戒しないで、再会を喜びましょう?」
「一度、殺されかけた相手を警戒しないわけないだろ」
「つれないわぁ。でも、そんな冷たい所も好き!」
小さくジャンプするベスドラに困惑する。
結果的に助かったことには、感謝している。
だけど、目的が分からない。俺たちを助ける意味が。
「あ、そうだ」
ベスドラが手をポンと叩き、何かを思い出したようだ。
「今から衛兵が来ちゃうの。だから、とりあえず捕まって♪」
助けに来たのか、捕まえに来たのかどっちだ……




