第十話 急接近
リリアネット・マドロラの屋敷での生活は思った以上に快適だった。
二週間ほどが経ち、真奈美のお目当てである魔道書の捜索は、夜にしか出来ないので、今のようなお昼の時間帯は自室の机に座り、図書室から持ってきた本に目を通す。
屋敷に図書館があったことには驚いたが、さすが商人と言うべきか魔物関連、魔法関連、歴史や地理。
かなり幅広く品を揃えており、ここに居ればいつかは元の世界に帰るために、必要な情報を得ることが出来るような気がした。
まだ細かいニュアンスを含めた文を読むことが出来ないので、内容を詳しく理解することは出来ない。
ただ、何が書いてあるかは大体分かるので、面白そうな内容は理解しようと努力してみる。
特に白兵戦における身体の動かし方など、直接戦闘に関わりそうな本は特に読みこむ。
『おい引き籠り。偶にはギルドに顔出しなさい』
左手首に着けたブレスレットにはめ込まれた緑色の宝石が輝く。
声の主は、今回の潜入調査の共犯者でもある真奈美だ。
彼女の声を余所に、読んでいる本のページを一枚めくる。
「こうして話しているから、何も打ち合わせしなくてもいいだろ。それに、金は今必要ない」
親衛隊の報酬は想像以上に高値だ。
その辺、出し惜しみしないのはさすが大富豪と言うべか。
必要なお金、そもそも衣食住は与えてもらっているので、消費するお金は微々たるもの、命の危険を冒さなくても、金が入ってくる。
ギルドで魔物を狩るほうがどうかしている。
それに、このブレスレットで何かと連絡を取ってくる真奈美。
報告することが無いと言っても、何かと連絡してくる。
風呂に入っている時に連絡がきたときは、本気で『神殺し』を使って破壊しようか考えたほどだ。
外そうにも、所有者である真奈美の許可が無いと外せないらしく。
これじゃ、ホントに監視されているみたいだ。
そんなに俺が信用できないのか……
「少しは信用してくれ。夜にはちゃんと調べているし、大体の目星はついてる」
『女たらしのアンタの何を信用するのよ!』
なんで怒っているんだろう。
それに女たらしって、心外にもほどがある。
これも全部あの神が与えたチートのせいだ。
「ソラトさん! めんどくさがらず、ちゃんと相手してあげてください!」
『そうよ、そうよ! ホルちゃんの言う通りだわ!』
お前らの気が合うとは予想外だよ。
それに真奈美よ、ホルはお前をハーレムに加えようとしているだけだぞ。
二人の言葉を右から左に流しつつ、再びページをめくるために、手を触れた時だった。
ドアがノックされ「私です」と雇い主の声がした。
話されると困るので、ブレスレット越しの真奈美に「雇い主がきた」と伝える。
「どうぞ。鍵は開いています」
ドアを開けて、蒼いドレスを身に纏った、リリアネットが入ってくる。
彼女は両手でドレスの端をつまみ、一礼した。
座ったままは失礼かなと思い、椅子から立ち上がろうとすると、右手で制された。
「そのままで大丈夫よ」
そう言われたので、椅子に座り、読んでいた本を閉じて机の上に置く。
「どのようなご用件で?」
「今晩出席するパーティへのご同行をお願いに参りました」
「もちろん。一緒します」
「よかったですわ。断られたらどうしようかと」
上品な笑みを浮かべた彼女にドキっとする。
やっぱり、美人だよなぁ。
これだけ美しい容姿を持っているのなら、言い寄る男は多いだろうし、相手には困らないだろうな。
ちょっとだけ、羨ましい。
「では、今晩は楽しみにしています。用事は以上ですのでこれで、失礼いたします」
再びドレスの端を掴み一礼。彼女は部屋から出ていった。
これで今日は屋敷を調べることは出来そうにない、そうブレスレット越しに真奈美に伝えると、「怪しい場所を教えて」と言ってきたので一応教える。
「まだ、怪しいだけだし、警戒の兵だっている。侵入はまだ無理だからな」
『わ、分かってるわよ! そんな無茶をするわけないでしょ!』
ホントだろうな。
意外と勢いで物事をやろうとする彼女に少しだけ、不安を覚える。
彼女のチートである『無制限の魔力』から繰り出される魔法が、潜入に向いているとは思えない。
でも、冒険者として経験豊富な彼女のことだ、無謀なことや度の過ぎた無茶はしないはず。
心配するだけ無駄か……
続きに目を通すため、机の上に置いた本の中から一冊手に取った。
夜。雇い主のリリアネットと共に馬車に乗り、近くの屋敷まで移動する。
正装と言って渡されたのは、黒のスーツと同色のネクタイ。
どこで手に入れたのか尋ねると「王都の方が下さいました。その方の黒髪によく似合っていたもので」と返された。
その黒髪の人物は、同じ異界人だろうな。
文明レベルに差があるから、生産体制は整っていないだろうが、オーダーメイドレベルで以前いた世界の文化は持ち込まれているらしい。
もしかしたら、生産系のチートを持っている奴だって、王都には居るかもしれない。
そのせかいか、造りはしっかりとしているし、スーツの着心地は悪くない。
目的の屋敷で馬車から降りる。今回はリリアネットの側近として同行するが、彼女の要望でホルの姿は見せ欲しくないと言われ、今はナイフとして胸元にしまっている。
理由を聞くと「あなたはもう少し、自分の価値を自覚した方がよろしくてよ?」と言われた。
最近、ギルドに復帰したアリュラが教えてくれたのだが、マンファンを倒した冒険者が居ると噂になっており、それが『勇者』の滉一君ではないと判明してから、ギルドと冒険者の間で『ケルベロス殺しと同一人物じゃないか?』との話が流れているらしい。
リリアネットは俺がマンファンを倒した冒険者だと知っている。
彼女はそれを周りに知られたくないのだろう。
ホルが居ると、色々聞かれて答えている間にボロがでるかもしれない、ならば始めから見せずただの側近と言うことにする。
そして、周りに知られたくない最大の理由は、情報を隠しておきたいからだろう。
『魔王軍の主力を撃破できる冒険者』、使い方は分からないが、商人として交渉のカードにでもしたい。
それは最も有効な場面で出したい、そのために、俺を匿っていることを周りに知られる訳にはいかない……そんな所だろう。
門の前で受付を済ませて、屋敷の中へ案内される。
絶世の美女が来たとあって、男たちの視線を必要以上に集めてしまうが、彼女は実に堂々とした足取りで人ごみをかき分けていく。
屋敷の中へと入り、パーティ用に開放された大広間に案内された。
確か今日は、王都から要人が来るとか。
ギルドだけでなく、王都にも取引相手のリリアネットはその顔出しと言った所か。
広い人脈。これを利用すれば街から街へ移動するよりも、早く色々な情報があつまるかもしれない。
「あら? 悪い顔をしてらっしゃいますね」
「そんなことは……」
彼女は読心術でも心得ているのだろうか、見られるのが嫌で口元を手で隠す。
「クス。私、少し人に酔ったようですわ。そこの小部屋で一休みしたいので、ついて来て下さいます?」
酔ったなんて嘘だと分かるが、彼女が雇い主である以上、断ることも出来ず。
黙って首を縦に動かし、彼女の後に付いて行く。
側近として、部屋の扉を開けないのはマズいと思い、扉の前まで小走りで先に周りドアノブに手をかけた。
「ありがとうございます」
リリアネットが部屋の中に入り、後に続いて入る。
部屋の中は、壁際に暖炉があり、部屋を暖めている以外は何もない、六畳ほどの大きさだった。
リリアネットを追い越して、部屋の中を再度確認するが、ホントに暖炉以外に何もない。
「こんな所でよろしかったのですか?」
「ええ。あなたと二人っきりになれましたし」
彼女がカチャと音を立てて、扉の鍵を閉めた。
妖艶な笑みを浮かべ、ジリジリと俺との距離を詰めてくる。
徐々に後退するが、壁が近くなっていくだけで、逃げ場なんてリリアネットの後ろにある扉だけだ。
おいおい、なんだこの展開。
「ご存じとは思いますが、私、欲しい物は手に入れないと気が済まない性分なのです」
「はい。知っています」
「そして、今はアナタが欲しい」
壁際まで俺を追い込んだ彼女は、息がかかるくらい近い距離まで迫って来た。
あって二週間の男にこんなこと言うなんて、絶対チートのせいだろ。
自分の『相思相愛』の力が、彼女にこんな血迷わせたことを言わせていると確信する。
でなきゃ、絶世の美女と言われるほど、美しい美貌を持つ彼女が俺に迫るわけがない。
「い、一度ゆっくりとご検討した方がいいのでは? アナタと俺は出会ったばかりですし」
「いいえ。貴方を人見た瞬間から、何かが弾けたように私はその魅力に夢中です。身も心も手に入れないと気が済まない。貴方に関わるすべての女から独占したい」
その弾けた何かは、きっと俺とホルの中でぶっ飛んだダイナマイトに違いない。
俺が彼女を見た瞬間、あまりの美しさに息を呑んだように、彼女も俺を見たときにそう思った。
あくまでチートの効果で。
「そう言って頂けるのは本当に光栄です。ですが、あなたに俺は釣り合いません」
「私がこれだけ迫っても、動じないのは貴方が初めてですわ。それに、釣り合うかどうか決めるのは私自身です。貴方はふさわしくてよ?」
本当は心臓バクバクで、余裕なんてない。
このまま押し倒せば楽になるとか、ヤマシイ考えが過るが、チートのせいで正気を失っている彼女を襲うわけにはいかず、必死に堪えている。
「……まぁ、いいですわ。今は頭に入れて頂けるだけでも」
彼女は踵を返し、扉へと歩いていく。
なんとか乗り切ったことにホッと息を吐いた。
「でも、必ず手に入れて見せますわ。では、私の護衛はいいので、パーティを楽しんでくださいな」
リリアネットは相変わらずの柔らかい笑みを浮かべて去って行った。
『す、すごいドキドキしました!』
「まったくだ……」
胸に隠しているナイフに同意する。
次はしのげる自信がない……何か手を考えないとな。
元の世界に帰る以上、誰かとこの世界で結ばれることはない。
上手く断れないもんか……
そう思って、まだ高鳴る心臓を落ち着かせる意味も込めて真奈美に連絡をとる。
「真奈美。何してる?」
『………』
ブレスレットからの返事はなし。
寝るにはまだ時間は早い。
俺から連絡して彼女から返事がないことは初めてだったが、何か用事で返事が出来ないのなら、仕方ないと思い。
部屋の壁に背中を預ける。こうしていれば、連絡が来ても話せると思ったからだ。
その内、連絡が来るだろうと思っていたが、結局パーティが終わるまで一度も連絡は来なかった。




