第七話 再開
赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いて、屋敷の中にある応接室へと案内される。
壁には額縁に入った絵や、剣や槍が掛けられおり、部屋を暖めている壁際の暖炉がひと際エレガントな雰囲気を出していた。
光沢を持った木製のテーブルを挟んで横に長いソファーに座るよう促される。
何故か俺について来た真奈美と並んで座る。
きっと値段が高い品なのだろう。腰が深く沈んだことからそう思った。
俺たちが座ったことを確認して、リリアネット・マドロラがドアの近くに掛けてある、ベルをチリンと鳴らした。
すると、まるで控えていたかのような早さで、ドアがノックされる。現れたのは、メイド服に身を包んだ年若い女性。多分、俺や真奈美と同い年くらいだろう。
その女性に食べ物と飲み物を頼むと、リリアネット・マドロラは俺たちの向かいに腰を下ろした。
「さて。何から話しましょうか?」
リリアネット・マドロラの言葉を受けて、色々と考える。
俺としては色々と聞きたいことがある。
一番聞きたいのはアリュラのことだが、行き成り切り出すわけにもいかない。
相手は大規模な売買で富豪まで上り詰めた商人である、腹の探り合いに関しては相手が何枚の上手だ。
だが、ケンカをしに来たわけでも、交渉に来たわけでもない。
アリュラが居るかどうかの確認。まずはそれからだった。
「どうしてこいつを招待したの?」
小細工なしの直球を真奈美が放り込んだ。
そもそもなんで、こいつはついて来たんだ……
俺なら背筋が寒くなるほどの視線をぶつけられてもリリアネット・マドロラは、柔らかい笑みを崩さない。
「綺麗な顔からは想像も出来ないほどの、攻撃的な口調ですわね」
全くもって同意である。
「はぐらかさないで。『絶世の美女』、またの名を『強欲の姫』と言われる貴女が、こいつを屋敷に誘うなんて何か企んでいるとしか思えない」
「殿方の前でその名は出さないで欲しいですわ。それに、誘ったのは私ではなく、側近の者よ。腕が立つから、親衛隊に入れようって」
「空人。この話どこまでホントなの?」
「全部ホント。ウルカグルに来る前に寄った村で会った男が、この人の側近だったんだ。招待状はその男から貰った」
「これで信じて頂けました? 別に怪しいことをしようと言う気はありませんわ。純粋なスカウトです。雇い主が護衛も付けずにこうして直接会っているのは、私なりの誠意と受け取ってもらって構いません」
なるほどね。あの側近の男からしたら、魔王軍の将軍を単独で排除できる冒険者は、手中に収めておきたいと言った所か。
どうする? 入る代わりに奴隷を見せてくれとでも言ってみるか?
「聞いた話では、妖精と一緒とのことでしたが、姿が見えませんわね」
「連れて来ていません。報告をお聞きなら、武器になれることもご存知でしょう? 連れて来ていないのは、俺なりの誠意と受け取ってもらって構いません」
「あら、素敵ね。ますます、親衛隊に入って欲しいわ」
リリアネット・マドロラは妖しく妖艶な笑みを浮かべる。
本当に背筋が寒くなるやり取りだ。
この人は確かに、この部屋には、護衛を連れていない。
しかし、どうせ俺たちが変な気を起こせば何所からともなく、兵が現れるに決まっている。
誠意もクソない、だけどそうしないと生き抜けないほど、この世界はシビアなのだ。
そして、俺の嘘をこの人はおそらく見破っている。
それを知った上でこの人は笑みを浮かべたのだ。
真奈美が悪女と言った意味がなんとなく分かった。
「それに話によるとエルフの奴隷を所望しているとか? 自慢じゃありませんが、幅広く数は揃えていますわよ? ご希望とあれば差し上げてもよろしくてよ?」
「その代わりに、親衛隊に入れと?」
「返事は今日でなくて構いませんわ。今回はお越しなって下さったお礼として、受け取って下さい。恩を売ることも商人には大切なのです。それにあの村には重要な取引相手もおりました。村とその者を救った礼も兼ねて……と言うのはいけませんか?」
圧倒的にこちら側が有利な商談だ。
いや、ギブアンドテイクと言った方がいいのか?
やっぱり、人にはいいことするもんだなぁ。
「お言葉に甘えましょう。エルフの奴隷を一体頂きます」
「かしこまりました。では、ついて来て下さい」
立ち上がり、部屋を出たリリアネット・マドロラの後に続いて、真奈美と二人で部屋を出る。
赤い絨毯を敷かれる廊下を歩いていると、横に居る真奈美が不機嫌そうな顔をしていた。
「どうして、そんな機嫌が悪いんだ?」
「アンタを見損なった。女の奴隷を欲しがるなんて、王都に居る、異界人の男どもと同じなんだって」
「そっか」
奴隷。自分の思い通りに何もかも世話をしてくれると言えば、聞こえはいいが。
相手の意志を踏みにじると言う、側面も含んでいる。
特に異世界に来た男なら、夜の世話をしてくる女性が欲しいと思いそうだ。
チート持ちなら尚更、その傾向は強いだろう。
真奈美はそんな彼らが女の奴隷をどんな風に扱ってきたのか、知っているし見てきた。
同じ女性として、それが嫌で仕方ないのだろう。
言い訳をする気も弁解をする気も無かった、理由はどうあれ俺が奴隷を欲しがったと言う事実は消せないのだから。
案内されたのは、灰色の煉瓦が敷かれた円形の部屋。
壁際に設置された独房の中には、ボロイ布の衣服を着たエルフたち。数は全部で十数人。
そして、エルフらの首に着いた鉄の首輪が奴隷の証らしい。
「反吐が出るわね……」
真奈美がボソッと呟いた。
あまり奴隷にいい印象を持っていない俺としても、アリュラが居るかどうかを確認して早く離れたい。
それにあんまり長居すると、真奈美が魔法をぶっ放しそうだ。
ゆっくりと、部屋の端から一人ずつ視線だけで顔を確認していく。
そして、見つけた……ビンゴだな。
一つの独房に近づく俺の後をリリアネット・マドロラが付いてくる。
真奈美は部屋の入り口から動かない、近くで同じ女性が奴隷となっているのが見るに耐えないからだ。
「あら? この子を貰うのですか? お目が高いですわね。最近仕入れた子なのよ」
リリアネット・マドロラの声を聞いても、そのエルフは三角座りで顔を伏せている。
少し痛んだ金色の髪は、以前見た時よりも乱れていた。
そして、背中越しから伝わる彼女の悔しさと絶望。
――買うくらいなら、殺してくれ
そう言わんばかりの雰囲気に、ここまで来たかいがあったなとほくそ笑む。
傍から見れば女の奴隷を前にして、ニヤつく最低野郎だろうか?
真奈美の視線に本気の殺気が含まれているからそんな気がする。
「ええ。このエルフを貰います」
俺の声を聞いたエルフは顔を上げた。
少しやつれた顔だったけど、彼女の金色の瞳は綺麗だった。
初めて出会ったあの日と同じように……
『久しぶり』
声を出さず口の形だけでそう伝えた。
奴隷との契約や色々な手続きを済ませて、屋敷を後にする。
アリュラには屋敷で貰った灰色の外套を着させた。
さすがに見るからに奴隷ですと言った風に、街を歩く勇気は無かった。
俺とアリュラの少し前を歩く、真奈美の背中から尋常でない程の殺気を感じる。
完全に嫌われたかな……真奈美から見れば奴隷を貰ったけだし。
誤解を解くのは、機会が与えられればいい。
――どの道、元の世界に帰れば清算される関係だ
宿の前で真奈美と無言で別れる。
結局、一度もこちらを振り返ることは無かった。
宿の階段を上がり、借りた部屋へと入る。
今回、受付をしたのは俺一人だったからベッドが一つしかない。
俺はソファーで寝るか。
「アリュラ。ベッド使いなよ。俺はソファーでいい……」
言い切るよりも早く、アリュラが胸に飛び込んできた。
「怖かったよぉ……えっぐ……うぅ……」
涙を浮かべ小刻みに震える彼女の頭を優しくなでる。
今は黙っていよう、彼女の不安を受け止めるべきだ。
やがて、抑えていた感情が溢れたのか彼女は身を震わせて慟哭した。
彼女が泣き止むまで、動くことが出来ずに彼女の頭を撫で続けた……
泣き疲れてしまい、アリュラは泣き止むとベッドの上で寝てしまった。
薄い衣類が目に毒だけど、彼女の胸に起伏が無いことは不幸中の幸いか……
『あのぉ……そろそろ、出てもいいですか?』
ずっと俺の身体の中に居た、ホルが少し申し訳なさそうに聞いて来た。
「もちろん。長い間ご苦労様」
俺のからが光の粒子が出てきた、それらが一つになり人型の形になる。
ホルは運動不足を解消するかのように、両手をグッと上に伸ばした。
「うーん! 身体が硬くなりました。でも、良いモノ見れましたし、任務完了ですね!」
「当面の目標はな」
問題はアリュラの奴隷解除をどうするかだ。
俺は彼女を奴隷として買うつもりもない、鉄の首輪さえ破壊できたらそれでいいんだろうか?
そう言えば、屋敷を出るとき、首輪が破壊されると契約が無くなる、とかなんとか言っていたな。
奴隷自身では外せないけど、万が一外した場合は勝手に戻るから安心ですとか。
つまり、こいつを破壊すればいいのか。
そんなこと今の俺にとっては簡単なことだ。
なんたってこっちには、神すら殺す、万物を破壊できる力がある。
「ホル。首輪を破壊するぞ」
「待ってました! 奴隷なんてハーレムには邪道! 粉々にしてしまいやしょうぜ!!」
「ハーレムはともかく、跡形もなく消してやる。魂の刻印、レベルⅠ」
確実な方法をとるために、『神殺し』の状態へと力を引き出す。
いつもと同じように光に包まれた時、ホルの声が聞こえた。
――破壊の力を嬉しいと思ったのは初めてです……と




