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アナタと歩く英雄譚  作者:
第二章
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第十話 曖昧な約束


 空気が頬を切り裂いて流れていく、思わず目をつぶりたくなる風の強さは落下の速度を示していた。

 近くで一緒に落ちた千佳ちゃんを抱きかかえ、身体を反転させて背中を下にする。

 俺がぶつかるのはマズいけど死ぬことは無い、と今までの経験からそう思う。

 スキルによる身体能力の補正もあるし、ステータスも上がっているから大丈夫だと判断した。

 

 ただし、千佳ちゃんは別だ。

 戦闘は基本的にテリーに任せている彼女の身体は、前の世界と大差がないはず。

 俺が盾にならないと彼女は落下の衝撃で死んでしまう。


 そんなことになれば、真奈美さんに間違いなく殺される。


『ソラトさん! 私を離してください!』


 ホルに言われて右手に持ったホル(長剣)を手放す。

 そして、光を帯びた彼女は黒のマントとなり、俺と千佳ちゃんをスッポリと覆った。

 その状態で背中から床に激突する。


 ぶつけた背中の痛みは、思っていたよりもかなり小さかった。

 ホルが殆どの衝撃を吸収してくれたのだろうか。


「千佳ちゃん大丈夫?」


 腕の中で小さくなる彼女の紅い瞳が俺に向けられる。


「は、はい。ソラトさんは大丈夫ですか?」


「ホルのおかげで大丈夫」


 千佳ちゃんと離れて、ホル(マント)を着たまま立ち上がる。

 10畳ほどの小さな場所、その床は上と同じように緑色に輝いている。

 ただ、上よりも光の度合いが強い、下に行けば行くほど強さが増していくとしたら、はやり下層に『何か』があるのだろうか。


「チカ! 大丈夫か!?」


 一緒に落下したテリーが千佳ちゃんに駆け寄り、怪我がないか確認している。

 そして、周りから聞こえるうめき声。

 辺りを見渡すと一緒に落ちてきた、二十匹程のゾンビたちが、地面を這いずり回っていた。

 

 落下の衝撃でなんとか一命は取り留めたが、足が潰れてしまったらしい。

 動けないゾンビは脅威ではない、ファイヤーボールを発動させ周りのゾンビたちに向かって投げつけた。

 爆発が起こり、一匹に燃えた火は隣のゾンビに移り、徐々にその勢力を増していく。

 

 やがて、すべてのゾンビに火は燃え移り全滅させた。

 アンデット系は火に弱いと言うイメージがそのままでよかった。

 ホッと一安心して、息を大きくはく。


 とりあえず、当面の危機は脱した。

 次は今の状態をどうするか。

 そう思い、見上げると落ちてきた穴が小さくなっていた。


 結構落ちたんだなぁ、と思い空を飛べるホルに、上まで戻って無事を伝えてもらおうかどうか考えていると、マントが光を放ちホルが元の姿に戻った。

 ホルはフラフラと宙を舞い俺の肩に寝ころんだ。


「ちょっとだけ休ませ下さい……すぐ回復するんで……」


 ホルは小さく寝息を立てて動かなくなった。

 もしかすると、落下の衝撃のダメージはホルが吸収してくれたのかもしれない、そうならばこいつの今のダメージは相当なはずだ。


 襲われる場所でこいつが休ませてくれと言うのは、初めてだから間違いない。

そして、俺の身体の中で休まないのは、奇襲に対する備えだろう。

 こんな時、他の武器があればちゃんとホルを休ませることが出来るんだけどなぁ。


 いや、無い物を愚痴っても仕方がない。

 この場所から脱出する方法を考えることが先決だ。

 ホルが飛べないから無事を伝えることは無理、真奈美さんのことだから千佳ちゃんを探しに下層に降りてくるはず。


 強力なチート持ちの二人ならこの迷宮の下層でも問題はない。

 そうなると、俺たちは動かない方がいいか……ホルも今は使えないし、テリーの戦闘時間にも限界がある。

 今は力を温存して助けを待つのがベストだと思う。


「千佳ちゃん、テリー。ここで助けを待つ。力の温存の意味も込めて、テリーの子犬に戻してくれ」


「我が邪魔だと?」


「違う。襲われた時の備えだ。もしもの時にお前が戦えない方が困る。俺の相棒は休憩中だし」


「テリー、ソラトさんの言う通りにしよ」


「むぅ、チカが言うなら仕方がない」


 千佳ちゃんになだめられたテリーが光を帯びて、子犬の姿に戻る。

 テリーから放出された蒼い魔力が光の球体となり、千佳ちゃんの体の中へと吸い込まれていった。

 これで彼女に少しだけ魔力が戻った、次に襲われても戦えるはずだ。


「さて。座ってのんびり助けでも、いてつ」


 座ろうと背中を曲げると、ピリっとした痛みが身体を駆け巡った。

 ホルが衝撃を吸収してくれたが、床にぶつかった際に背中を痛めたらしい。

 動ける程度の痛みなので戦闘時は問題ない……と思う。


「だ、大丈夫ですか!?」


「おう。少し痛めただけだから」


「見せてください。私が治します」


「千佳ちゃん、怪我治せるの?」


「は、はい。一応、治療魔法のスキルは持っています。二人はあんな感じなのであまり使わないんですけど……」


 確かにあの二人は強すぎるから怪我すること無さそうだもんなぁ。

 二人を心配して治療魔法のスキルを習得した、千佳ちゃんの健気さに涙が出そうだ。


「なら、お願いしようかな」


 俺は床に腰を下ろし、背中を彼女に向けた。

 千佳ちゃんは両手を背中に添えると、詠唱をして魔法を発動させた。

 背中が徐々に暖かくなり、痛みがとれていく。


「ど、どうですか?」


 普段あまり使わない魔法に不安を感じたのか、千佳ちゃんは心配そうに聞いて来た。


「効いているよ。痛みもとれてきた」


「よかったぁ」


 ホッと胸を撫で下ろした千佳ちゃんは、俺の背中に魔法をかけ続ける。

 何故か俺の周りをウロウロするテリーは放っておこう。

 きっと、俺が千佳ちゃんに治療してもらっていることに、少なからずご不満なのだろう。

 子犬なのに厳しい視線がそれを示している。


「ソラトさんは怖くないんですか?」


「何が?」


「死ぬことです」


「もちろん怖い」


「ですよね……私たち一度、死んでいるんですから」


 千佳ちゃんの声が震えている、自分の発言を少しだけ後悔した。

 俺と彼女たちの死に対する恐怖心は内容が違う。


 前の世界で一度死んでここに来た他の異界人と、生きたままこの世界に来た俺とでは『死』に対するイメージが違う。

 一度それを実感してしまった彼女たちにとってそれは身近に感じられるもので、まだ体験したことのない俺にとっては未知の世界である。


 だから、真奈美さんは二人に怖い思いをさせたく無かったのか。

 どんな状況で三人が死んだかは分からない。

 しかし、三人一緒に転生したと言うことは死ぬとき三人は一緒に居た。


 多分、真奈美さんはそのことに対して責任を感じている。

 だから、この世界で二人が楽しく生きられるように努力した。

 その結果がギルドに身を置くことであり、魔王軍との戦闘から二人を遠ざけること。


 千佳ちゃんが背中から両手を離した。

 治療が終わったらしい、腕を回して背中の筋肉を動かし、痛みがないか確認する。


「どうですか?」


「バッチリだよ」


 親指を立て笑顔で答える。

 千佳ちゃんは胸に手を当てて、息を吐き、ホッとしたのか、床に力なく座り込んだ。

 その様子を見て、テリーが千佳ちゃんの傍に歩み寄る。


「テリーはいつも私を心配してくれます。ホントはもっとしっかりしないとって、分かっているんですけど……」


 千佳ちゃんはテリーを抱きかかえ、俺の横に座った。


「時々思うんです……いつまで三人で居られるのかなって。前の世界で死ぬなんて思ってなかった。この世界ではいつ誰かが欠けてもおかしくない。だから、怖くて怖くて夜もホントは眠れないんです」


「そっか……でも、真奈美さんと滉一君は強いから大丈夫だよ」


 励ますことが正解なのかどうか分からない。

 ホントは彼女の気持ちが分からないなんて、言える勇気も度胸もなく、俺は平静を装う。


「私が一番心配なのは、お姉ちゃんなんです。あの人は責任を感じて、私たちの為に身を削っている。確かに私たちはお姉ちゃんが守ってくれるかもしれません。けれど、あの人を守ってくれる人は誰もいません。だから心配で……」


 お姉ちゃん思いのいい妹だ。

 素直にそう思う、彼女の願いは三人が誰も欠けることなく一緒に居ることだけ。

 確かに真奈美さんは、二人を守るためならどんな犠牲も厭わないと思う。


 責任感が強いことは、自己放棄という危うさも秘めている。

 自分を追いつめた先にあるのは自壊だけだ。

 それを千佳ちゃんは理解している、だから真奈美さんを心配し力を貸したいが、自分の力不足もまた理解している。

 

 現実と理想の間で彼女は揺れて悩んでいた。


「だから、ソラトさん。お姉ちゃんも守ってくれませんか?」


 千佳ちゃんは可憐で儚い、赤い視線で俺を見つめてくる。

 俺が真奈美さんを守る? ホルが居ないと満足に戦えない俺が?


 ――冗談はよしてくれ


 そう言いかけた。

 無理だと言いたい、それに彼女は俺よりも遥かに強い。

 今も足を引っ張らないことで頭がいっぱいだ。


 そんな俺に出来ることなんて何もない。

 そう思うけれど、千佳ちゃんの目を見ているとそう言い出すことも出来ず。

 かと言って自信を持って、「任せろ」と言うことも出来ない。


 俺に主人公たちのような力があれば、迷いなく「任せろ」と言えるんだけど……

 道端に転がる石では自信を持って、そんなことを言えるわけもなく、だから曖昧に誤魔化すしかなかった。


「頑張るよ。今回の調査の間だけかもしれないけど」


「はいっ、ありがとうございますっ」


 チクッと胸に沁みる彼女の笑みから目を逸らす。

 滉一君と出会っときも感じた、この物騒な世界で真っ直ぐ生きる彼女たちの笑顔は俺には眩しすぎた。

 やっぱり、依頼断るべきだったかなぁ。


 ふとそんなことを思った。


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