第三話 男の子は背伸びしたい
謎の魔物を討伐した後、森を覆っていた霧が急速に晴れていった。
もしかすると、あの魔物が狩りをするために発生させていたのかもしれない。
兎に角にも、これで索敵スキが正常に作用するようになった。
そして俺たちがミスオンの街に着く頃には、陽が落ちて山脈の尾根が茜色に染まっていた。
昨日の昼に出て、森の中で一泊、明け方にリザードマンを討伐後、謎の蜘蛛型魔物に襲われ、夕方に帰還。
あぁ、密度の濃い二日間だった。
早く宿に帰って休みたい。
そんなことを胸に街の入り口から延びる列に並び、検問の順番を待つ。
夕方から街に入る人は比較的少なく、あまり待たずに順番が回ってきそうだ。
「ソラトお兄ちゃん。何、聞かれるの?」
横にいる滉一君が心配そうな顔をしている。
気持ちは分かるぞ、俺もアリュラに始めて連れられて来た時は不安だった。
「女性歴を聞かれるだけです。滉一君は多くて大変そうですけど」
「そんなこと聞かれるの!?」
ホルの言葉に頭を抱える滉一君。
14歳の純粋な心が穢れてしまう。
「おい。嘘を教えるな。なんなら、お前の犯罪歴を暴露してもいいんだぞ?」
「何もしていませんよ!? そ、そりゃ、毎晩ソラトさんに色んな調教は受けていますけど……」
頬を押さえモジモジし始める変態妖精。
そして、俺たちのやり取りを見つめる滉一君の目が悲しい。
「ソ、ソラトお兄ちゃん……ホルさんに何したの!?」
「何をしてない。こいつが勝手に言っているだけだ」
「ソラトさん! 今、私は彼氏だと思っていた男の子に、違うと言われた女子と同じ心境です!」
「ヒドイよ、ソラトお兄ちゃん!」
「勝手に話を進めるな!」
後で滉一君の誤解を解かなければ、俺の社会的地位が危ない。
他愛な会話をしていると、いつの間にか俺たちの番になった。
滉一君は街に入るための証明書を持っていないはずだ。
門番の男の人に自分の証明書を見せた後、銀貨を一枚払い、滉一君の証明書を貰う。
「ほい。字は書けるか?」
「う、うん! ありがとう!」
彼は紙を受け取ると必要事項を記入していく。
街へ入る手続きを完了し街へと入った。
一日居ないだけだったのに、街の景色は懐かしく思えた。
「滉一君はミスオンに来たことあるの?」
「実は無いんだ。僕たちはギルド本部のある街に転生したから」
さすが本物のチート持ち。
いきなり強い魔物が居る場所に飛ばされるとは、俺とは設定難易度が違う。
いや、彼らにとってはそれすらも簡単なのか。
彼らとの格差に少しだけ悲しくなる。
「どうする? 逸れた冒険者を探すか? それとも、今日は遅いから休むか?」
「うーん。確かに真奈美お姉ちゃんたちは心配だけど、偶には自由にしたいかなぁって」
「どうゆうこと?」
「真奈美お姉ちゃん。結構、過保護なんだよね。心配してくれるのは嬉しんだけど……」
その真奈美とやらのことを思うと少しだけ悲しくなる。
14歳、本来ならば思春期で反抗期の年頃だ。
人柄のいい彼に反抗期があるかどうかは別にして、背伸びしたいと思うのは彼も男の子言うことか。
……人のこと言えたもんじゃないか。
「なるほどね。なら、今日は俺の泊まっている宿に来る? ただし、明日にはちゃんとその『真奈美』って、人の所に戻るんだぞ」
「うん! ありがとう!」
滉一の笑顔はやはり絵になるなぁ。
そんなことを思い、いつもの宿向かって足を進める。
宿に着き、女将さんに事情を説明すると、滉一君の代金を追加で払えばベッドが二つある、大きめの部屋を使ってもいいということだった。
部屋の大きさが異なるので、本来ならば高くつくはずが、一人分で使っていいようだ。
女将さんの好意に甘え、滉一君の分を支払った。
「ソラトお兄ちゃん……ごめんね。僕がお金を持ってないばかりに」
後ろをついてくる彼が申し訳なさそうな顔をしている。
今の彼は無一文だ。
聞くとお金はその『真奈美』という人が管理しているらしい。
まるでお母さんだな。
「気にしなくていいよ。森で魔物を倒してくれた礼だ」
「分かったよ。でも、借りたお金は返せって、真奈美お姉ちゃんに言われているから、そのうち返すね」
教育もしっかりしてらっしゃる。
「誰かさんと違って、しっかり者ですね滉一君は」
この妖精、今度こそ肩から落としてやろうか。
「分かったよ。楽しみにしてる」
部屋へとつながる廊下を歩き、部屋のドアを開ける。
10畳ほどの広さにベッドとテーブル、余計な物が無いせいか、二人では大きく感じる部屋だった。
とりあえず外套を壁にかけ、互いの使うベッドを決めた所でホルが言った。
「わ、私のベッドは?」
そうだ。こいつがいつも使っているベッドは俺が一昨日まで使っていた部屋にある。
取りに行かないとこいつは今日の寝る場所が無いことになってしまう。
それはそれで、調子に乗ったお仕置きという意味もかねて、良いかもしれない。
しかし、この二日間、戦闘の連続だったせいで武器化を多用した。
最近は疲れた姿を見せないとはいえ、こいつも疲れが溜まっているだろう。
それに、ホルが疲れなどで武器化できないとなれば俺が困る。
他の武器は持っていないのだから。
「はぁ……めんどくせぇけど、取りに行くか」
「それでこそ、調教師ソラトです!」
「変な異名つけるな。じゃあ、ちょっと俺ら前使ってた部屋に行くから、滉一君は先に休んでいていいよ」
「分かった」
部屋のドアをパタンと閉じて、歩き度にギシギシと音のする廊下を歩く。
「なぁ、ホル。他の異界人たちのチートってあんなに凄いのか?」
「正直、分かりません。神様たちが神の祝福を与える所に、私が立ち会ったことは無いですから」
「ギフト?」
「チートの呼び名ですよ。神界ではソラトさんらに授けるチートのことをそう呼ぶんです」
「なるほどね」
『運命を切り裂く聖剣の生成』、それが滉一君のチートにして、与えられたギフトと言うわけだ。
俺が苦戦し勝てるかどうかも分からない魔物を一撃で倒すほどのチート。
もし、あんな力を持った集団が王都で『魔王討伐部隊』を結成しているとしたら、それはとんでもない戦闘能力を備えた集団だろう。
そして、そいつらでも未だに討伐できない魔王、魔物たちが信仰し魔物を生み出す『神』とやら。
ホント、天井知らずの世界で泣けてくる。
関われば命がいくつあっても足りる気がしない。
そもそも、魔王はともかく、『神』とか倒せるのだろうか。
「魔王はともかく、さすがに神は殺せないもんなぁ」
独り言のように呟いた。
「そうですね……あの人たち偉いですから」
いつもと違ったトーンだった。
肩に乗る妖精の様子を横目で伺う。
少しだけ表情が暗い、何か昔を思い出しているのか視線を下に向けて下唇をギュッと噛んでいた。
そういえば、こいつは神界に帰りたいとは思わないのだろうか?
俺と同じでこいつもあの残念な神に、異世界へと飛ばされた。
なのに「帰りたい」とは一言も聞いたことがない。
それどころか、神界でどんな生活を送っていたのかも知らず、この世界に来て、ずっと一緒にいるのに、俺はホルのことをよく知らない。
「ホルって、神界に帰りたいと思わないの?」
「そ、そりゃ、帰りたいですよ。でも、今はソラトさんの世話が役目ですから」
ぎこちない笑顔だ。
言葉の意味が本心かどうか、俺には分からない。
ホルが言うのに、もう少し乙女心とやらを勉強した方がいいのかも。
そんなことを胸に廊下を歩いた。




