第十話 ヒドイ言われようだ
「謹慎処分になって、少し頭は冷えましたか?」
シミ一つない純白のドレスに身を包んだ女性は目の前の少年に問うた。
白い椅子に座り、金色の髪を持つ少年は、趣味のラノベをパタンと閉じる。
そして、女性に優しい笑みを返した。
「やぁ、ナセス。君の仕事はいいのかい?」
「今の私の仕事は、謹慎処分になった神の監視ですから」
「ヒドイ言われようだ」
神は肩をすくめた。
ソラトを異世界『エーオプノス』に送り込んだ神は、神界のお偉いさん方の指示で判決が出るまでの謹慎を受けていた。
理由は、生者を異世界へと送り込んだこと、だけではない。
むしろ、もう一つの理由とその内容が問題だった。
「生者の異世界転送。これ自体はそれほど重大な問題ではありません。上が事態を重く見ているのは、あなたが相葉 空人に二つの『神の祝福』を与えたこととその内容です」
神の祝福。
人生の半ばで命を失った者を異世界に送る際、授けるチートのことを神界ではそう呼ぶ。
規定条約で与えるギフトは転生者一人につきひとつまでと決まっている。
世界のバランスを保つために必要なことらしい。
「結構ユニークな試みだと思っているのだけど?」
「……エーオプノスに『堕ちた神』が逃げ込み、我々の制御下を離れ6000年。神様たちは世界の制御を取り返すために、ギフトを人に与え送り込んできた。あれほど、慎重に進めてきたのに何故、今になって『切り札』を与えたのですか?」
「いつまでも事が進まないと思ったからさ。あの世界の人間は魔王討伐を争って、お互いの足を引っ張っている。時には異分子を放り込んで、動かすことも必要だと判断した。だから彼に託したんだよ」
「『切り札』が向こう側に渡れば、神界が危険に晒されると分かってですか?」
「リスクを冒さないといけないこともあるのさ」
「………いいでしょう。それに何を言っても遅いですからね。今の我々には、あの子たちの行く末を見守るしかないのですから」
――あの少年と『神殺し』の行方を
疲労で動けなくなったホルは俺の体内にスウっと入って来た。
体力を回復させるには、俺の体内で休むのが一番早いらしい。
ギルドの建物に入ると中はすでに宴会状態だった。
掃討戦に参加した冒険者はもちろん、俺と同じように東門でゴブリンを狩った者にも報酬が出ると知れば、仕方のないことだ。
報酬はギルド本部より届くので、手元に来るのはもう少し後である。
お金は貰えるとして、他にも何か貰えるのだろうか。
そんなことを思いギルド内を歩いていると、肩を叩かれた。
「ソラトさん。ギルドマスターがお呼びです」
声の主はネナさん。
ギルドマスターに呼ばれるなんて、絶対に良くないことが待っている。
かと言って、断る度胸もなく。
ネナさんに連れられ奥に設置された階段を上った。
二階を通り過ぎ、最上階の三階まで昇り、長い木の廊下を歩いた先には一つの扉。
ネナさんがノックし、扉を開ける。
「失礼します。ギルドマスター、彼をお連れしました」
「ふむ。ご苦労」
木のぬくもりが感じられる部屋は、ランプで照らされている。
そして、正面にある机に腰を下ろし、何やら書類を書いている一人の老人。
白髪の小柄な身体に、目は開いているかどうかも分からないほど細い。
「ソファーにでも座っておくれ。もう少しで終わるからの」
彼は部屋の中央に置かれたソファーを指さし、再び書類と向き合った。
俺がソファーに腰を下ろすとギシッと音を立てて、少しだけ軋んだ。
ネナさんは職員であるためか、俺の後ろで腕を前にして綺麗な姿勢で立っている。
「よし。できた」
そう言って、ギルドマスターは立ち上がり、俺の向かいに座った。
改めて向き合うと足が地についていない。
本当に彼は小柄だった。
「今回の掃討戦。お主の功績を称え、これを渡す」
机の上に提示された紙に何が書いてあるのか分からない。
紙と睨めっこしていると、ギルドマスターが声に出して教えてくれた。
「まぁ、用はお主をCランクに昇格させるという内容じゃ」
これは予想外だった。
てっきり、色々と聞かれると思い、身構えていたのがアホらしい。
理由はオーガを討伐したせいだろう。
ネナさんもCランク相当だと言っていた。
ただ、Dランクを飛び級するとは……
「ありがとうございます。しかし、俺はDランクのクエストを一度もこなしておりません。そんな冒険者をCランクにするなど、あなたの責任問題になるのでは?」
ギルドマスターは長く伸びた髭を触り、答えた。
「話によれば、お主はほぼ単独でオーガを討ったらしいではないか。黒い肌のオーガを」
「確かに肌は黒でした。それが何か?」
「あのオーガは普通のオーガではない」
「と、言いますと?」
ギルドマスターは「他言無用じゃが」と前置きして教えてくれた。
今、現在この『テクノス王国』は魔王との戦争状態にある。
主に魔王軍と交戦しているのは、王都で異界人を中心に編成された『魔王討伐部隊』とギルド本部に所属している上位冒険者たちだ。
この始まりの街『ミスオン』は交戦地から遥か後方にあるため、戦火が届くことはほぼない。
だから、魔王軍の魔物が黒い肌を持っていると知っているのは、この街ではごく一部である。
「つまり、俺が倒したのは魔王軍のオーガだと?」
「そうじゃ。自然発生した魔物ではなく。魔物どもが信仰する神とやらが生み出した魔物じゃ」
ギルドマスターの爺さんは魔物が生まれる二つの方法も教えてくれた。
一つは子をなし、自然交配で繁殖する方法。
そしてもう一つは、魔王たちが信仰する神が生み出す方法である。
後者の方法で生み出された魔物は、普通の魔物よりも凶暴で強い。
めちゃくちゃ硬かったのはそのせいか。
「お主は魔王軍のオーガを倒せるのじゃ。本来ならBランク以上にしたい所じゃが、経験不足を考慮しCランクとした。引き抜きは遠慮したいからの」
「引き抜き?」
「王都の『魔王討伐部隊』にじゃよ。最近はランクの低い者でも引き抜いていきよる。それも特異的な力を持つ者ばかりをじゃ。ワシらとしても、それはとても困る。奴らに魔王討伐を先に越されるわけにはいかんからな」
なるほど、前の世界でもよくあった競争というやつか。
ライバルの手に優秀な人材が渡るのを事前に防ぐ手段として、ランクの飛び級があると言うことだ。
きっと、討伐部隊が引き抜いているのはチートを持って転生した異界人たちだろう。
同郷の人、しかもそれが複数人いるとなれば、安心もするし溶け込みやすい。
ただ、残念ながら俺は魔王の討伐といった命がいくらあっても足りない、そんなミッションに挑戦する気もない。
「不幸中の幸いなのか、あなた方には悪いことなのか、俺は魔王討伐に参加するつもりはありません。命がいくらあっても足りませんし」
「よいよい。魔物を討伐してくれるだけ他の手を回せる。それに、向こうに引き抜かれないだけでもありがたい。最近は、魔王軍との戦いが嫌でギルドに来るものも少数おる」
全員が戦う気を持っているわけもないか。
その辺は個人の自由だし。
「個人的な質問ですが、魔物が何もない場所から現れたことに関してはどうお考えなのですか?」
「うむ。実はのぅ、王都やギルド本部からも同様の現象に関する報告が上がっておる。原因は現在調査中じゃ。そこで、お主の力を貸してもらいたい」
すごくめんどうな予感がする。
「と、言いますと?」
「後日、ギルド本部より今回の魔物発生に関する調査で、Bランク以上の冒険者が派遣される。その者と合同で調査にあたってほしい」
「Bランク以上って……俺はCランクですよ?」
「口利きはしておく。それとも、魔王軍の魔物を殺したのに単独行動をするかの? 何時また何処で魔物が湧くか分からないこの状況で?」
食えない爺さんだ。
つまり、『魔王軍に手を出したお前に、他の冒険者を付ける代わりに手伝え』と言うわけだ。
元の世界に帰るのには寄り道になりそうだが、確かに協力することが身を守るには、一番安全策なのかもしれない。
上位の冒険者なら色々と教えてくれるかもしれないし。
遠回りになるが悪い話ではない。
それが結論だった。
「分かりました。微力ながら協力します」
俺の言葉にギルドマスターは満足そうな笑みを浮かべる。
『後日、そこにいるネナから詳細を伝える』と言われ、部屋を後にした。
「あの爺さんにやられたよ」
「ギルドマスターはソラトさんを高く評価しているからですよ。今日だって、すぐに呼んでくれって言われましたし。」
横を一緒に歩くネナさんが言った。
そういえば、この人がいる前で「他言無用」とか言っていたけど、その辺はよかったのだろうか。
もしかして、ネナさんはあの黒いオーガが魔王軍の魔物だと知っていた?
「ネナさんって、さっきの話、知っていたのですか?」
「はい……でも、実際はあまりのパニックで、全部吹っ飛びました……」
彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。
よくドタバタしている彼女らしい。
それがこの人の可愛らしい部分でもあるのだが。
「あの状況では仕方ありませんよ。誰だって焦ります」
「でも、あのオーガと戦うソラトさん、とっても格好良かったですよ」
面と向かって言われると照れる。
ネナさんと下の階へつながる階段を降りていると、二階で腕をつかまれた。
「あ、あの……下だとゆっくり話せないので、こ、ここで話しませんか?」
俺は自分のチートを思い出した。
相思相愛、『他人から向けられる好意は自分がその相手に向ける行為と同等である』。
ネナさんへの好意は相当高いと言える。
ギルド内部にいる数少ない知り合いで、おまけに猫耳に美人だ。
そんな人と二人っきりで話ができるとは、男の冥利に尽きる。
……向こうもそう思っているのか。
ただのチョロイン生産チートじゃないか。
「ダ、ダメですか……?」
猫耳をペタンと伏せ、上目遣いでこちらを見つめる彼女の申し出を断る勇気を俺は持っていない、例えこれがチートのせいだとしてもだ。
「いいですよ」
「よ、よかったです」
彼女はホッと胸を撫で下ろし、街の景色が一望できるベランダまで案内してくれた。
日はすでに沈み、空はインクをぶちまけたように黒く染まっている。
眼下に広がるミスオンの街には、いつの間にか魔力の街灯が灯っており、夜の顔を覗かせていた。
木で造られた柵に肘を置き、二人で夜景を眺める。
「綺麗ですね」
「そうですね」
ネナさんの言葉に頷く。
こんな時、気の利いた言葉が浮かばない自分が悲しくなる。
いつもなら、ホルが道を踏み外せど、ヒントを与えてくれていたことに少しだけ感謝した。
「ソラトさん。調査の依頼はよかったのですか? 故郷に帰るのが遅くなるんじゃ……」
「少しくらい遅くなっても大丈夫ですよ。向こうが俺を待っているとは限りませんし」
そういえば、ネナさんの中で俺は、故郷にいる恋人を思うってことになっていた。
現実はそんなロマンチックな話ではない。
「だ、大丈夫ですよ! 向こうもソラトさんのこと想ってくれていますよ!」
ネナさんが精一杯励ましてくれる。
ホントにいい人だ、どこまでも真っ直ぐで人を疑うことを知らない。
「ありがとうございます。てか、ネナさんって素直すぎませんか?」
「ええ!? た、確かに先輩たちにも悪い男に気を付けろって言われます……で、でも、ソラトさんは悪い人じゃありませんよ?」
やっぱり、周りも同じこと思っていたようだ。
少し天然もあるせいか、彼女には正しく意味が伝わっていない気がする。
「それに、死んだ両親に言われたんです。人は疑うより、信じなさいって。だから、私はソラトさんを信じます」
ニコッと微笑んだ彼女から視線を外した。
彼女が信じてくれるのは、チートのせいだと思った自分に少しだけ自己嫌悪。
これも彼女の本心ではなく、偽物だと思う自分に嫌気がさした。
素直に受け取ることが出来ない自分に……
何がハーレム主人公をしてくれだ。
この世界で俺と本音で向き合ってくれるのはホルと異界人だけだ。
その他の人からどう思われるかは、自分の気持ちの持ちよう次第でいくらでも制御できる。
そんなことで人の気持ちをどうにかすると言った度胸もなく、俺は彼女から目をそらす臆病者だ。
最近のハーレム主人公が気に食わない神様とやら。
ただ、ハーレムするだけのチートは結構孤独のようだ。
少しだけ嘲笑を浮かべ、ただ夜景を眺め続けた。
元の世界に帰りたい、その思いを胸に。




