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語り部は僕に告ぐ  作者: 網野江ユウイ
8/13

Story:7

 まだまだうだるように暑い外を,竜海と剣野は歩いていた。日が完全に沈みきったというのにアスファルトから立ち上る熱気が2人の身体をじわじわと,だがしかし確実に蒸し焼きにしていくような錯覚を覚えるほどだった。

 2人揃って今日も今日とて期末テストもそこそこに大学の部室に籠ってゲームの仕上げを作業をしていたところだ。竜海の方は実際にテストプレイをしてみたら発見されたデザインの欠陥を数十か所で発見して完全に萎えた状態で銃火器のデザインをものによってはゼロから作り直していてぐったりしていたし,剣野の方は先輩の補佐で作っていたプログラムが誤作動を起こしてゲームが完全停止した瞬間に生ける屍も同然の表情をしていた。その処理に追われたおかげか,2人ともゾンビのような有様だった。今日部室内で最も元気だったのは修正個所が最も少なかった背景担当の井川くらいだろうか。その彼女だってスクリーンに映した時の背景のゆがみ補正をするためにプロジェクターと自分のパソコンとの間を何往復も何十往復もしていたのだが。井川曰く,バランス全部考えてデザイン直さなきゃなんないんだから,あんたたちより大変よ,とのことだったが。何にせよ,テストプレイで温泉のように湧きだしてきたバグに,部員全員が吐きそうなほどの地獄の放課後を味わったのだった。部室が閉まるギリギリ寸前まで粘り,ようやく全体で30%ほどのバグを潰してこの日はお開きとなった。

「あー……ゲロい。もうしばらくディスプレイ見たくない……。」

「俺だってあんな延々とコードの書き直しすることになるとは思わなかったよ……ってか,書き直した箇所,ほぼほぼ全部白紙に戻したよ……。」

「お前なんかは文字の羅列だからいいだろ……。俺の方は芸術的なフォルムが要求されるんだぜ,散々だよ。」

「馬鹿野郎,文字の羅列と侮るなよ……ただの羅列ならお前ら工学部に情報系とか通信系の学科要らねえだろうよ……まったく。今回の修正で他の所が動かなくなる可能性だってあるんだぜ。試験的に動かしたときには動いたくせによ……あのポンコツ,予想だにしない方向に向かって動きやがって。」

 剣野の反論になるほどそうだ,と頷く竜海であった。実際,工学部は工学部でも,生命工学科と一般的には分類される学科に在籍している竜海にはプログラミングのかけらもわからないのであった。(C言語というものの存在くらいは工学部の端くれとして知っているが,実際の所なんなのかはさっぱりわからない。)

 駅までのそこそこ長い道のりの大学構内,あまりの疲労に足を半ば引きずりながら移動していると,不意に,剣野が携帯端末を取り出した。メールの画面をひらいて中身を確認する。しばらくぼんやりと文字列を眺めていた剣野であったが,一通り読み終えると画面から顔を上げずに竜海に話しかけた。

「おい竜海。」

「なんじゃいな。」

「お前の拾った女子,気が付いたらしいぜ。今2人で楽しくバラエティー見ながら夕飯食ってるってさ。ユノは良く笑うって,妹から。……ユノって言うんだ,あの子。」

「あ,ようやく気が付いたんだ。つか,お前の妹ちゃんの順応能力半端じゃないな。どうなってんだ。いつの間に名前まで聞き出してるとか……。」

「それについては兄の俺にもさっぱりわからない。昔っからそういう奴だったからな。」

 知らぬ間に初対面の人とも仲良くなってる。不思議な奴だよ。

 竜海の問いかけに涼しい顔で答える剣野だった。

「どうする?うちに寄ってくか?」

「あー,うーん……うん一応。なんか若干気になるし。でも,顔だけ見てすぐ帰るわ。」

「ほいほい。じゃあ,連絡しとくわ。」

「よろしく。」

 相変わらずのうだるような暑さの中を二人はだらだらと会話を続けながら歩いていく。テストの事やら,今回のゲームを出展するイベントの事やら,最近始めた新作ゲームの事やら……。

 ふと。

 竜海は視線を感じて不意に振り返った。振り返りはしたものの,そこには既に日も落ちて真っ暗になった見慣れた大学の景色の他には何もなく,こちらを見つめている視線はおろか,人一人もいなかった。テスト期間のため,普段なら夜遅くまで図書館に籠っている輩がいるのだが,図書館の閉館時間になった今でも図書館の方角からも人がくる気配がない。いろいろな場所が閉館するこの時間帯に誰も大学構内にいないように見えるというのは,それはそれで不気味な話ではあるのだが。

「どうした?」

「いや……なんか見られてなかったか?今。」

「いや?気のせいだろ。」

「そうか。」

 まあ確かに,気のせいなような気がして,竜海は再び剣野と並んで歩き始めた。

「お前って結構被害妄想というか,そういうの激しいよな。」

「黙れシスコン。」

 そんな特に中身もない話をだらだらと続けながら大学最寄りの駅から電車に乗ってたどり着いた剣野の住んでいる第三特区は,既にヒートアイランド対策で地下のパイプに冷たい地下水が流し込まれた後なのだろうか,それとも日がほとんど落ち切って空気がさらに過熱されていないからなのだろうか,大学のある辺りより若干ひんやりした空気が漂っているように感じた。この冷却システムは確かにブルジョア感満載ではあるが効率的なやり方かもしれない,と竜海はここに来て若干実感した。

「涼しいな。」

「あぁ。さすが冷却パイプの威力。」

「ブルジョアめ。」

「お前それ何度目のやり取りだよ。」

 微妙な表情で剣野が笑う。家の前に着くとインターホンをポーンと鳴らしてすぐ玄関の扉を開けた。

「ただいまー。」

「お邪魔しまーす。」

「あ,お兄ちゃん帰ってきた。おかえりなさーい。ごめんね先にお夕ご飯食べてた。」

 家の中から宇海の声がしてパタパタと足音が近づいてくる。

「ユノ,元気そうだからもう心配ないと思うよ。熱も下がったみたいだし,特に痛いところもなさそうだし。結構な勢いで笑い転げてるから。」

 口の端にミートソースらしきものをくっつけたままの宇海が言う。兄に「口の横にソースついてるぞ。」と言われて慌てて指の腹で拭ったくらいだ。

「竜海さん,会うだけ会って行くんでしょ?良かったらお夕ご飯くらい食べていってもいいのに。」

「いや,なんかそれは宇海ちゃんに悪いし。とりあえず顔だけ見て帰るよ。」

「そうですか。じゃあこっちに。あ,お兄ちゃんカルボナーラとペペロンチーノどっちがいい?ミートソースとアラビアータは私とユノで食べちゃったの。」

 兄に夕食のメニューを聞きながら宇海がリビングの方へと消えていく。竜海の横で剣野が「じゃあペペロンチーノで」と呟いていた。そんなもんで聞こえるんだろうか,と竜海が思っていたら,案の定宇海が「え?ペペロンチーノ?」とキッチンの方から聞き返してきたのだった。

 竜海は視線を感じてリビングに目をやる。するとダイニングテーブルの一席に,白銀の髪をした少女が――――ユノが,フォーク片手にこちらをじっと見据えて座っていた。




 宇海が戻ってきたのを見て,ユノは竜海と宇海の兄である洋が帰ってきたことを知った。先ほどまでアラビアータを食べながらお笑い番組に見入っていたのだが,これがどうしてなかなか彼女にとっては新鮮で面白かった。久しぶりに腹筋が捩れたかと思うほどよく笑った。そんな最中に竜海が戻ってきたのだった。別にこちらは初対面というわけでもないので緊張する理由はどこにもないのだが妙に彼女は緊張していた。

 よくよく観察してみれば,大して特筆するところもない,平凡な男子大学生。黒髪で,特にファッションセンスがあると言うわけでもないがだらしない印象も与えない服装を,平均的な体格の身体にまとわせている。こちらの視線に気づいたのか,向こうもこちらを気まずそうにじっと見つめてきていた。

「ええと……。」

「ユノでいいわ。助けてくれてありがとう,盾山くん。まずはお礼を言わせてもらうわね。」

「いや,どうも。あ,えーっと呼び捨てでいいよ。名前の方で,竜海で。名字で呼び捨てにされるとそれはそれでなんか落ち着かないから。多分年齢近いんだろうし……」

「ユノ,自分の年齢よく知らないんだってさ。」

「え,マジで。」

 宇海のいるキッチンから飛んできた声に竜海は思わず間の抜けた声を出す。

「その通りよ。自分の年齢はおろか本名さえよくわかってない。おそらく,自分の記憶にも残らないようなところで記憶の改竄処理でも受けたんでしょうけどね……それすらしっかり覚えて無いくらいだから,よっぽど丁寧な施術だったんでしょ。」

 ユノが真顔で答えた。自分がどこから来たのかくらいは分かっているが,その前の記憶が面白いくらい抜け落ちていることに気づいたのはかなり最近になってからである。断片的に思い出すことはあるがそれが何年前のもので時系列的にいつのことなのかはわからない。ユノは正直にそう話した。ここで嘘を言ったところで何の支障もないが,いい嘘が思いつかなかったので,どうせありのまま話しても作り話のようなものだとあっさり諦めたのである。

「なんというか,一概には信じがたい話だな……。いくらなんでも記憶補正がそう簡単にできるもんかな。」

 剣野の呟きにユノは表情の無い目を向けた。

「やってのけるわよ記憶補正くらい,むしろ朝飯前。この壁の中の技術はここに居る住人が思っている以上に進歩してる。非人道的で倫理観が壊滅した人間が作ったんじゃないかってくらいの非公式な技術こそあれど,それもひっくるめていいなら今や人の夢でさえ操れる始末よ。DNAを操作して思いのままの能力をもった人間を作り出す事さえ,今は当然になり始めてる。この壁の中では科学が思った以上に人体への干渉を始めてるわ。」

「それはそれで信じられないような……っていうか,そんな突拍子もない話,それこそSF映画の世界じゃねーか。そんな話と君とどんな関係があるわけ?」

「関係?簡単よ。私が壁の中,つまり立ち入り禁止区域の人間ってこと。」

「は?」

 竜海の問いかけに対してさらりと返された返答から生まれた,あまりに唐突すぎる展開にその場に居た誰もが置き去りになった。

 壁の中。

 この街の中心部にある,高いコンクリートの壁で覆われた一般人立ち入り禁止区域。事故現場にあまりに近く,未知の化学物質があまりに高濃度かつ多量にばらまかれていたがために人が立ち入ることができず,結局その周りをコンクリートで覆うことでその場しのぎ過ぎる対処をしたと言われるあの区域。そこにまず人が住んでいる……住んでいた,ということが若干以上に信じがたい。

「……あの壁の向こうはえーと,なんだっけ,そう,爆発?事故後の処理もろくにされてない瓦礫の山だって聞いてたんだけど……?」

「まあ,そんなところでしょうね。」

 宇海の方に顔を向けてユノがひんやりと言った。

「瓦礫の山だって話は事実ではあるわ。確かにあそこは瓦礫の山よ。」

「……地下に研究施設が生きているとか?」

「ご名答。なかなか鋭いのね,宇海のお兄さん。」

「ヒロでいい。」

「そう。まあ,あそこは確かに普通の人間が住める空間ではなくなってた時期もあったわね。でも,所詮は人間が作り出した化学物質だから,解析できなくはないのよ。時間をかければその対処法も,浄化の方法も,見つけることができる。事故当時はそこまでの時間がなかったから,応急処置的にコンクリの壁の中に全部突っ込んだってだけで。」

 ……そんな荒唐無稽な話があっていいものだろうか。竜海含めた3人は呆然とその話を聞いているしかなかった。

「だとしたら,壁の中は今,普通に人間が暮らせる環境になってるって事でいいの?」

 宇海が問いかけると.ユノは首をひねった。

「んん……人が暮らせる状態ではないわね。さっきも言った通り,瓦礫の山って事は事実だから。ばら撒かれた薬品の濃度が薄まってるってわけでもないし。」

「じゃあそもそも人間が暮らしていける環境じゃないって事か……。研究施設は地下にあるから汚染されてない環境を確保できてるけど,そこから外に出たら最後,毒にやられてお陀仏……って感じか?」

「そこから既に半分くらい間違ってるのよ,認識が。」

 竜海の言葉に対してユノがさらりと言い放った。

「私,さっきから化学物質とは言ってるけど,有害物質,有毒物質とは言ってないでしょう?」

「つまり,人体に害をなすわけではないってことか……?」

「まあ,しいて言えば。ただ,害はなさないけれど……影響はある,というか。」

 剣野の問いかけに半分ほどまで答えて,ふと彼女は黙り込んだ。そしてまじまじと竜海の顔を見つめる。

「あの,俺の顔になんかついてる……?」

「そういうわけじゃないわ。会って改めて顔を見て確信した,盾山竜海。何であのデータプールのファイルの一つに一般人に過ぎないあなたの名前があったのか。」

「え,俺?あのファイルって?」

「……ごめんなさい,ファイルの事はどうでもいいわ,こっちの話。それよりあなた,親戚に科学者が居たことない?」

「科学者……。」

 もともと親類とはあまり仲良くなかった竜海の家である。親類の顔,と言われてすぐに出てくるのは母方の祖父母の顔くらいである。父も母も学校の先生をしていて共働きで忙しかった竜海の家は,近所にあった母方の祖母の家によく,竜海を預けていたのだ。叔父叔母はいる事にはいるが,十数年前の法事で顔を合わせた(もっともその頃竜海は物心つく前だったので,顔など覚えているわけがない。)らしい,程度で記憶に残る間では1度も会っていないし,従兄妹に至ってはいるという話しか聞いたことがない。そこから先の関係に当たる親類は話さえ聞いたことが無い。その程度の存在の人間が科学者になっているかどうかなんてまずわからない。

「いや……ごめん,わかんねーや。俺んとこ,なんか親戚とすげー仲悪かったから。」

 従兄妹とか,その辺にいるのかもしんないけどあんまり親類の話する家じゃなかったから,いたとしてもわかんない。

 罰の悪そうな表情で竜海は言った。そんな彼を見てユノは首を傾げる。

「従兄妹とかそんなところまで行かなくても,もっと直接的な……もう少し,近い親類だと思うんだけど。まあ……すぐに思い出せないならいいわ。もしかしたらそんなに重要なことではないのかもしれないわね。」

「お,おう。ならいいんだけど。俺とその壁の中の話とに何の関係があるんだ……?科学者ってんなら,むしろそこのヒロ兄妹の方が良くないか?あいつらの母親はこの街お抱えの研究員だからな。」

 剣野兄妹の方を見やりながら竜海が言う。ユノはちらりとそちらを見て「それでこの第三特区に住んでるわけね,納得した。」と呟いた。一方話を振られた剣野兄妹は若干ぽかんとしている。

「ユノ,ここが第三特区だってわかるの?」

「……まあ,外の景色からなんとなく,ね。一般区に限りなく近いけど,第三特区なんでしょ?」

「あたり。よくわかるね。」

「両親が科学者で第三特区に住んでるってことに納得してたみたいだな。一体何があるって言うんだ?」

 剣野の言葉にユノは俯かせていた顔を上げた。そしてこう告げる。

「――君たちに知ってほしいことがある。」

 その眼は不気味なくらい真剣で,これから冗談を言うんだと言われても誰もが嘘と見抜けるほどの真剣な眼差しだった。相手を適当な作り話で散々におちょくろうなどとは露ほども考えていない。

「それで,君たちに協力してほしいんだ。この街が抱えてる秘密を暴くために。」

「それってどういう……。」

 真っ先に口を開いた宇海の言葉を遮るようにユノは再び口を開いた。

「――この街がどうして生まれたか,知ってる?」

 その口から語られたのは,誰かが知っていて誰も知らない,荒唐無稽な物語。

「まずは,ばら撒かれた化学物質の話から始めようか。」


 ――――少年たちに向けて語り部は告げる,この街の始まりの物語を。

とりあえずここで一段落です。バラバラに動いていた物語がようやく一つにまとまった(多分)ので微妙にホッとしています。次からは本格的にこの話の舞台のや裏の話が書いていけたらいいな,と思います。そういえば最初の方で敵キャラっぽい存在を出していたので,奴らについても少しくらい触れていけたら……いいな。

気長に続けて行こうと思っています。まずはここまで読んで下さった方ありがとうございます,それからこれからもどうぞよろしくお願い致します。

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