Story:3
第三特区内某所の繁華街にあるファミリーレストラン。そこの一席で,出された安っぽい味のするカルボナーラを口にしながら,竜海はまだ料理の来ない剣野を眺めていた。
「お前,何頼んだっけ。」
「ハンバーグとチキンの盛り合わせみたいなやつ。」
「えらくまたテキトーな認識だなおい。」
「料理が来た瞬間にそんなん頼んだっけって顔したお前には言われたくないな。」
剣野の言う通り,竜海自身もあまり人の事は言えず,頼んだ直後ですらカルボナーラということしか覚えておらず,後半に至ってはパスタを頼んだ,くらいの認識となっていたのだが。
クーラーの効いた店内は割と生温い外をダラダラと歩いてきた2人にとっては天国のような環境だった。涼しい店内では先程の駅破壊のニュースが繰り返し放映され,なんとなく店内の雰囲気もいつもとは少しだけ違うざわめきで満たされているようだった。
なぜこうもこのニュースが騒がれるのか。それは,この襲撃事件の稀に見る異様さにあった。一般的な常識から考えれば特筆する程異常ではないのだが,新科都市区においては少々異様な事件なのだ。
まず,その事件そのものの隠密性。いくら人目がなかったとはいえ公共交通機関の停留所といえば,新科都市区内でも最高クラスの防犯システムが働いている場所である。(多くの人が行き交うため,研究対象としやすいというのもあるのだが。)人間レベルのサイズの物体が防犯カメラの死角をつくこともまず不可能。演算システムが導き出したカメラ配置と,無駄に高度化されたカメラの性能が,監視範囲内の死角の範囲の合計を20cm四方未満に押さえ込んでいる。その目を出し射抜いてあれほど大規模に破壊行為を行うなら,それこそシステムの中枢を停止させるか,なんらかの上位システムを使用して指示系統を書き換えて一時的にその区画一体の監視系統を停止させるかほかないのだが,そもそもこれらの防犯システム自体が異様なレベルのガード管理下に置かれている。それを突破しようにも,ちょっとそのあたりの技術をかじったマニア程度のレベルではこのシステムの前ではただの一般人扱い,そして一般人にシステム突破などというそんな離れ業ができるわけもなく。このクラスをハッキングできる人間は,国の方針でその行動やパソコン利用履歴のほとんどが国の監視下に置かれている。そして,その彼らに不審な動きのなかったことくらいわかっている。
加えて,ここ,新科都市区の三大システムを保護しているシステムそのものがそもそも研究対象となっており,その形態は日進月歩の勢いで進化と変化を繰り返し続けている。研究成果の実証実験のために雇われた天才ハッカー曰く,その進化の速度は時に3分前までは難なく突破できた障壁が,同じ手段では突破できなくなっていることがあるほどだとか。複数の研究機関が同時に一つのシステムに関して研究と改良を重ねて行くため,時に研究している当人たちでさえ自分達の構築したプログラムが他の研究機関によって弾かれて実装できないことがあるとかないとかいう噂まで存在する有様だ。というか,実際にそうらしい。何かのバラエティー番組に出演した科学者らしき人間がそんなことを言っていた。つまり,もしも仮にシステムをハッキングしてその指示系統を書き換えるとなると,複数の研究機関が有する技術を統合したものを遥かに上回るそれを持ってこの事件に臨まなくてはならない。それだけ大掛かりであるとするなら,それにしては被害が小さすぎる。その辻褄の合わなさがかえってこの事件を複雑にしていた。単なる不良集団の器物損壊事件にしては少々手が込みすぎているが,この街の破壊を狙ったものだとしたら少々規模が小さすぎる,そんなところか。
結論,ここまでに動機はおろか犯人の目星すら付いておらず,事件の真相は目下調査中という報道がされているようだ。現段階ではシステムには大きなトラブルなどが起こった形跡はなく,防犯カメラなどにも異常はなかった,というか,防犯カメラに不審な動きは一切映されておらず,破壊された事後映像だけが警察にいつものシステムのプロセス通り伝わった,ということしかわかっていないようだ。
「しかし,まああれだな,物騒な世の中だよな。」
「お前の頭の中も大概物騒な気がするけどな。」
「陰謀論者みたいに人の事扱いやがって……。」
「そこまで言ってないけどな?まあでも少なくともシスコンな変態ではあると思うが。」
「うるさい根暗。」
最早陰謀論とは何の関係もなくなっているということについては双方突っ込まなかった。そもそもどちらも陰謀論なんて抱えてはいないのだが。
竜海がフォークで少し麺をすくい取ってくるくると丸めていると,接客スマイルを顔に貼り付けた若いウェイトレスさんがこっちへやってきた。
「お待たせしました,照り焼きハンバーグとグリルチキンのスペシャルプレートとライスでございまーす。」
「あ,はい,俺です。」
「ご注文の品は以上でお揃いですか?」
「ハイ。」
「それでは伝票こちらにおいておきますね。ごゆっくりどうぞ!」
「はい,どーも。」
2人とも特にすることもなかったので,ぼんやりとその仕事の様子を見守っていた。(料理を口にするということさえ忘れていた。少々ぼんやりしすぎではなかろうか。)
「……接客バイトって大変そうだよな。」
「あぁ……あれ?竜海バイトしてなかったっけ?」
「してるよ?塾講師のバイト。中高生のガキンチョ相手だし,さほど大変じゃねーよ。中学高校の理系科目なんて,出題の仕方がいやらしいか,弄り回されてるかのどっちかでたかが知れてるしな。」
「へー……俺はもう高校数学とか二度と見たくもないけどな。」
「うるさい,理学部数学科め。」
お前が数学見たくないとか言ったらいろいろアウトだろ,と素直にツッコミを入れる竜海であった。
そこから先は話題が大学のことに向いたせいか,2人が昼間の事件について触れることは特になく,どちらかといえば明日から本格的に始まる大学の期末試験のことについて適当に語り合ったのだった。
そんなわけで一夜明けてやってきた,前期期末試験である。割と遅くまで追い込みをしていたせいか,強烈に眠い。強烈に眠いが,サイボーグかと思えるくらい寝起きの良い剣野のおかげで竜海はたたき起こされたのだった。
「ねみぃ……。」
「眠そうだな,竜海。」
「なんで同じ睡眠時間なのにお前は眠くないんだよ……。」
「竜海,」
「なんだよ。」
「眠いと思ったら負けだ。」
「暴論かよ!」
確かに,驚くべき暴論であった。心頭滅却すればなんとやらじゃねえんだからさ,と心の中で1人悪態をつく竜海であった。
第三特区の剣野の自宅から大学までは電車で5駅ほどの距離だ。そもそもが朝の通勤ラッシュのせいか車内はかなり混雑している上に,この時間は大学生が多いのだろうか,制服やスーツよりも私服で竜海や剣野と同年代くらいの人が目立っていた。そして恐らくこの地区の大学は一斉に試験を実施するのだろう,ほとんどの学生がノート形式の端末や,暗記カードサイズの端末を片手に何やら暗号めいた言葉をブツブツと発しているのだった。
「……この電車,ほとんど大学生が乗ってるんだろうな……なんか俺はもう帰りたいよヒロ……。」
「諦めろ。」
かくいう剣野も片手にノートだったのだが。
「ヒロ,お前最初はなんの科目?」
「線形代数。まあ高校数学の延長みたいな範囲でしか授業してねえし,なんとかなるだろとは思ってんだけど。お前は?」
「初等フランス語。詰んだ気しかしてない。」
「語学か。乙。」
パラパラと単語帳をめくる竜海の心には暗い絶望感が海のように広がっているだけだった。第二外国語にフランス語を選んだ数ヶ月前の自分を殴り飛ばしたい勢いだった。
そうこうしているうちに電車が大学の駅で停る。このあたりは学校の目の前に駅が作られることが多く,下車したら即大学の敷地内,なんてことも少なくない。実際竜海たちの通う大学も大学の西側と東側の二箇所にそれぞれ別路線の公共交通機関の駅が存在している。利便性を追求した結果ともいえよう。振り向いたら,ほとんど空になった電車が駅から発車するところだった。たまたまこの大学に所属している人が多かったらしい。駅から真っ直ぐ伸びる桜並木を歩きながら竜海は剣野に問い掛ける。
「どこで受けんの。」
「理学部棟。そっちは?」
「語学研修棟。」
「じゃ,正反対だな。またあとで,部室で会おう。」
「おう。」
「武運を祈る。」
「へいへいっと……」
踵を返して剣野とは逆方向に。竜海はようやく慣れ始めた語学研修棟への道を歩き始める。無駄に広いこの構内,覚えるだけで一苦労なのである。予定されている講義室は語学研修棟の中にある13番教室だ。まあ,いつも授業を受けている場所といえば場所なので,そろそろ迷わず辿り着けるようにはなってきているのだが。
階段を2階分上がって3階の教室。竜海はそのフロアの一番奥まったところにある13番教室の後ろの扉からそっと入る。中には誰もいなかった。時計を見れば試験開始の15分前。まあこんなものかと思って適当に手近な席に座る。講義ノートを端末から呼び出して,授業の内容を確認する。まあ,ほとんど講義の中でやった演習問題から出るって話だし,どうにかなるのではないかとふんでいた。試験開始まであと10分。まだ誰も来ない。というか,さっき授業で見かけたことのある顔が,教室の前まで来て扉を見て慌てて走り去って行った。そろそろ試験開始まで5分が迫る。自分の放つ威圧感がそんなに凄まじいのかと真剣に竜海は悩んだが,ここまで誰も来ないとなるとさすがに不審に思って前の扉から外を覗く。と。
初等フランス語試験教室変更
語学研修棟東棟3階13番講義室→語学研修棟西棟4階20番講義室
液晶パネルが仕込まれた扉に光る文字。粋な真似してくれやがる,と竜海は本日二度目の悪態をついて,廊下を猛ダッシュしたのであった。結局彼が指定された教室に駆け込んだ時には,試験開始まで1分を切っていたとかいう。
時は変わって,駅損壊事件の発生した夜のこと。
現場近くのインターネットカフェにユノの姿があった。ネットカフェといえば今では絶滅危惧種のようなものだ。というのも,新科都市区民であればその市民IDとナンバーを入力することで誰でもフリーで使用できる無線LANが都市内に普及し,エンジニア達の昼夜を問わない弛まぬ努力の結果ハードも10年前の10倍のスペックのものが10分の1程度の価格で購入可能になった。その結果,今まで以上にインターネット環境が整備されて今ではほとんど利用者がいなくなってしまったのである。自宅でも快適にネットが利用できるなら,わざわざ外出して料金を払う必要もない。そんなわけでその姿は次第に消えつつある。とはいえ,一部からはある程度の支持を受けて,この新科都市区にもその姿をわずかに残していた。と言っても,そのほとんどは第三特区から少し離れた一般区の裏路地などに集中し,あまり大々的に営業していないこともまた事実であるのだが。ここはそんな境遇に置かれるネットカフェの中でも,大型で表通りにありかつ治安もいい場所だった。最新のハードとソフトを取り扱い,インターネットカフェとしての役割だけでなく,漫画喫茶,体感型ヴァーチャルゲーム,更にはドリンクや軽食のサービスまで付いている。特に安価でありながらも利用することができるゲーム設備と軽食のサービスがこの近辺に住む学生たちの心を掴んでいるせいか,店内には若者の姿が目立つ。ユノも,長く目立つ白銀の髪を上手くニット帽の中に隠してそのざわめきの中に紛れてネットサーフィンらしきことに応じていた。いくつもウインドウを開いて様々なサイトをいったりきたりする。
(……やっぱり,表面的な部分しか辿らないんじゃ何もつかめないか。)
彼女が探しているのは20年前に起こった研究所での事故の詳細記事。しかし結果は惨敗とも言えそうだった。
何も載っていない,載っていたとしても嘘八百の憶測が飛び交っている,そんな調子だった。その当時,取材に来ていた人間は少なくなかったはずだが,彼らは何を持ち帰ったのだろう。
「あるいは……?」
何も持ち帰らなかったのか,それとも持ち帰るべき物を間違えたのか,そうでなければ正しいものを持ち帰ったはいいが使い方がわからなかったのか,持ち帰ったものを奪われたのか、
(まあ,本当のことを書いたとしても,今ですらまだSFみたいな話だし,とても一般人が食いついてくるような話題でもない,か……。)
もしも今この街で起こっていることが詳細に外部に知れたとしたら。もし今この国の中で起こっていることが,この街の外で起こっていることが,この街の中に知れ渡ったとしたら。誰かが不自然だと感じる前に閉じられたこの世界がもし再びこじ開けられるのだとしたら。だとしたら。
「……一線を超えたら戻ってこられなくなるのはわかってるんだけど,ね?」
ディスプレイからの明かりで妖艶に輝く唇が小さな言葉を紡ぎ出す。夜はまだ長い。大きく一つ伸びをして,ユノは再びディスプレイの中の文字列に向き直った。