安心出来る場所
大学の友人と待ち合わせをしている間、本を読んでいた。
優しい気持ちになっていたその時。
「久しぶりぃ〜」
ポンッと誰かが肩を叩いてきた。
高校の時の私なら飛び上がって腕を払っただろうが、幸い大学ではよい友人に恵まれた。
自分で言うのもなんだが平和ボケしているのだ。
しかし意に反して、肩を叩いて来たのは高校の同級生峰桜と澄乃だった。
ここからろくでもない昔話が始まる。
「紗鶴さ、あの頃修我くんが好きって事で有名だったよねー」
「そんな事あったかな」
ぶっきらぼうに答える。
本当は違う。
私が修我に告白しただの変な噂を流したのは修我自身だ。
「そうじゃん、あの頃すごかったよねーでもフラれたよね!」
「そうだったかな」
修我は私にまとわりついて来た。
誰かから聞いたがその様子はさながら、振られた女をわざと構って遊んでいるように見えていたらしい。
無視せずに殴っておけばよかったか。
そこへ運悪く待ち合わせをしていた友人瀬良森が来てしまった。
「お待たせ!…?」
瀬良森は二人を見て不思議そうに首を傾げた。
峰桜と澄乃はお構い無しに喋り始めた。
「紗鶴ってあの頃服も顔もださかったよねー」
「うん、マジ引いてた。今はちょっと無理して頑張ってるー?」
と、私の服を見ながら言う澄乃。
自分で言うのもなんだが私は高校と比べて変わった。
「紗鶴さ、その顔整形したでしょ?全然違うもん」
峰桜がニヤニヤしながら聞いてくる。
瀬良森は二人のあまりの礼儀の無さに呆れて目を丸くしていた。
彼女はとても優しい。
腐った連中の言葉を聞いて驚くのも無理は無い。
高校の時の私なら無視したが、今は事情が違う。
「まさか。あんたじゃあるまいし」
峰桜は笑顔で言い返してきた私に驚いたようだった。
それにしても先程から私の話題しか出てない上に、ある事無い事好き放題だ。
腐っている人間の話題とは嫌な過去を持ち出して楽しむ事、人を自分よりいかに下に見せるかなど、ろくでもない事だらけなのである。
「大学で紗鶴ってどんな感じなの〜?」
あろうことか瀬良森に聞いて来た。
私は瀬良森と腐った人間を喋らせたくなかったが我慢した。
瀬良森はにこにこしながら言う。
「紗鶴優しいですよね、友達多いし。軽音サークルのボーカルで、歌上手なんですよっ」
「えっそうなの!?」
「マジありえないー」
峰桜と澄乃の態度が変わった。
私はもう、こいつらとはこれまでだと思った。
「サークルを始めてから今までが信じられないぐらい友達が出来て、その友達と遊ぶのが楽しくて仕方ないんだよね」
友達、と堂々と言える事に密かに喜びを感じた。
「紗鶴、どうしたのー?ご機嫌ナナメ?」
心配そうな瀬良森に笑いかける。
「まさか。この人達さ、昔散々無視したり悪口言って来た人達なんだけどさ。何でまた近寄って来るのか気持ち悪くって。しかも相変わらず根性腐ってて、どうしようもないんだよね」
「ね、早く遊びに行こうよ」
流石の瀬良森も状況を察したのだろう。
「うん、待たせてごめん」
さっさとその場を後にした。
二人と離れてから瀬良森がぼそっと言った。
「紗鶴があんな事言うなんて、よっぽどだったんだろうね…そう言えば、紗鶴から過去の話聞いた事無いなぁ」
「いいよ、思い出したくも無いし、話すほどの事はないから」
「そっか」
私と瀬良森は笑いあった。
私には、もう、安心出来る場所が出来たのだ……。