邪魔な恋愛感情
「なぁ竜祖、お前いつも一人だよな。寂しくないか?」
廊下を歩いていたら煩いのが近寄って来た。
彼の名は幸真。
最近付き纏われて非常に迷惑なのだ。
「…」
「お前本当に笑わないのな。顔はいいのにつまんねぇの」
「…」
無言を貫いて、次のページをめくった。
目を合わせず無言を貫く。
「またな!」
うっとおしい幸真が去った。
私は緊張していた。
誰かが走って来る気配がした。
まずい!と思ってよけたが、ブチッと言う音と共に頭にごく軽い痛みを感じた。
「知ってるー?襟についた髪の毛を他人に取られたら失恋するんだってよ!きゃはっ」
そう言って来たのは狐城。
手には私のものと思われる髪の毛を持っていて、私の襟にわざわざ落としてからとって床に捨て、手をハンカチでゆっくり拭いて笑いながら走り去って行った。
教室に入り席につく。
油断したとむしゃくしゃしていると比較的大人しい部類に入る向察が不機嫌そうに近づいて来た。
「竜祖さん。私ね、幸真くんにシャーペン貰ったの。シャーペン忘れて困ってたら『いいよ、いらないから』って。幸真くんは皆に優しいんだから、勘違いしないで」
言うだけ言うとそそくさと去って行った。
何なんだ。
気にせず次のページをめくる。
「あの男好きが」
私を睨み付け、わざと私に聞こえるように吐き捨てる小理影。
あの男が私に何の怨みがあるか知らないが、ろくでもない糞幸真は、自分に想いをよせるこれまたろくでもない糞女達の嫉妬心を煽り、私にたきつけて楽しんでいるのだろう。
今度近寄って来たら
「近づくな変態!」
と人前で大声で叫んでやる。
その時私は消しゴムを隣の机の下に落としてしまった。
席を立って膝をつき、手を延ばして消しゴムを取ろうとすると私の後ろを誰かが走って通過した。
ただ通過したのではなくスカートを蹴飛ばされた。
腹が立ったので睨むようにそいつがいるであろう方を見ると奴妻だった。
「あ、静刃ちゃんとこいかなくちゃ」
私を挟んで奴妻の反対側にいる静刃の名前を白々しく呼び、私が目に入っていないかのように私の背後を走り、もう一度スカートを蹴飛ばして行く。
流石に頭に来た。
「あー走って運動しなくちゃ」
奴妻の言葉を聞き、私はしめしめと心の中でほくそ笑んだ。
私は消しゴムを急いで取ると気付かれないよう髪の毛で顔を隠し、髪の隙間から横目で奴が走って来る時、不自然にならないよう立ち上がるふりをして足を浮かせた。
ガターン!
盛大な音がした。
足に少し衝撃を受けたがそれほど痛くない。
「きゃぁぁ!!」
奴妻の叫び声がした。
私の狙いは外れなかった。
奴妻は勢いをつけていたので見事にすっころんだ。
ざまぁ見ろ。
奴妻は泣き出した。
鼻血が出ている。
すると静刃達がすぐさま駆け寄って来た。
「奴妻、大丈夫?」
「痛いよ、痛い」
「ちょっと紗鶴、謝ったらどうなの?」
「はぁ?」
私はわざと大声で言う。
「私こそ奴妻に足ふんずけられて痛いんだけど。むしろ謝ってほしいのはこっちだね」
「な、何言ってんの?」
「本当!むかつく!」
奴妻が静刃に乗じて叫ぶ。
「弁解するとね、私、前見ててあんたに気付かなかったの。机と机の間に私がいてただでさえ狭いのに、わざわざ走って何度も往復するなんて、どんなバカ?って思ったけどあんただったの。ごめん」
「…」
黙ったのを見て、私は演技が見破られて無いと確信する。
見破られるようなへまはしないが、もし見破られていたらこの糞女どもは真っ先に
「わざとやったでしょ!」
と喚き出すだろうからだ。
なので私は安心して追い討ちをかける事にした。
「丁寧にスカートまで蹴ってくれてさぁ。まぁわざとなのは分かってるけど見てよ」
上履きで蹴られ白い跡がくっきりついたスカートを見せ付ける。
「クリーニング代頂戴、そこの鼻血ブーさん。ねぇ早くしてくんない?」
珍しく糞女どもは黙った。目配せをして
「奴妻、とりあえず保健室いこ」
と集団で保健室へ向かった。
さて連中、次はどう出るかな??
と悠長に思ってるとしばらくして糞女達は先生を呼んで来た。
ろくでもないのが増えた…と思ってると案の定先生は私を怒り始めた。
奴妻の事は全て省略され、私がわざと奴妻を転ばせたことになっていた。
まぁこれは正しいけど、連中は私が本当にわざと転ばせた事は気づいていないので、そこは伏せたまま最初から最後まできちんと説明した。
「…なので、謝ってほしいのはこっちです」
全て棒読みで言った。
「嘘です、先生。足跡は竜祖さんが奴妻さんを陥れる為にわざとつけたんです。私達見てました、それに竜祖さんが奴妻さんをわざと転ばせるのも見ました」
口々に静刃達が言う。
私は静刃達を睨みつけた。
私が奴妻を転ばせた現場にいた他の連中も奴妻の肩持ちだ。
「謝ってほしいのはこっちです。私の意見は変わりません」
「静刃達も他の連中もそう言ってるが?」
先生の言葉に私はもう呆れていた。
だが諦める事はしない。
不利なのはいつもの事。
「謝ってほしいのはこっちです。私の意見は変わりません」
「いい加減にしたら?あんた」
「謝ってほしいのはこっちです。私の意見は変わりません」
向こうが何か言う度にひたすら繰り返した。
根負けしたのか奴妻が
「もういいよ、先生。もう大丈夫だし」
「いいって…」
「うん、そーそーじゃーね先生」
他の連中ももううんざりしたようで、何事も無かったかのように散った。
私は席について最後のページをめくった。
読み終わって気づかれないようにため息をつく。
不思議なのは、私が他人を傷つけるとすぐにこうして不快な出来事が増えてしまうのに、連中には起こらない事だ。
やれやれ、人をわざと傷つけた報いか。
そして連中に同じ事が起こらないのは、私が何一つ傷ついてないからに違いない。