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8 理不尽な真実


「一体どういうことです」

 跪く『神』を前にしてそれだけが口を突いた。『神』は顔を上げず、沈鬱な声を出した。

『貴方には全てをお話しするより他ないと考えました。故に、この場に残って頂いたのです』

 口調が変わっている。遺憾の意を示す畏まった言葉遣いだ。晃は強い違和感を覚えた。

「全て、ですか」

『はい。全てです』

「ならばまず教えてください。姫理はどこです。俺と一緒にここに来ているはずだ」

『お話しします。ですがその前に、貴方についてお伝えせねばならないことがあるのです』

『神』はさらに頭を深く下げた。

『アキラ殿。貴方は本来、ここに来るべき人ではなかった。我は貴方をここに連れてきてはいけなかったのです。それは我と、貴方のご両親との約定でした』

「俺の両親が、神様と? まさかそんな」

『事実です。そして、我はその約定を違えた』

 絶句する晃に対し、『神』は語った。


 かつて晃の両親は一度命を失い、異世界に召喚された。彼らは長い旅を乗り越え、その末に自らの寿命を削って世界を救い、真の英雄となった。『神』はその恩に報いるため、力をつぎ込んで彼らを元の世界に送り返すと同時に、わずかでも寿命を伸ばすため彼らの体内に特別な『種』を植え付けた。

 その際、『神』は両親とひとつの約束を交わしたのだという。

 彼らの子を異世界へ召喚しない、と。


『貴方のご両親、タケル殿とヨリコ殿は我の世界を深く愛すると同時に、異世界で生きていくことの難しさをよくご存じでした。同じ思いを子にさせたくなかったのでしょう。しかし、我はそんなお二方の想いに背いた。たとえ意図せずのことであっても』

 厳しい表情で晃は『神』の言葉に耳を傾ける。

 こういう状況でなければ、荒唐無稽な話だと笑っていただろう。だが晃には思い当たることがある。急激に体が弱くなった両親、晃にしか見えなかった不可思議な種、原産地の不明な植物――

「今の話からすれば、俺は元の世界に戻ることができるということですね。貴方の力があれば」

『はい』

 即答する『神』。

『我がここにいるのは、貴方に真実を伝えるためと、貴方を元の世界に戻すためです』

「ならばもうひとり、姫理も戻してください。これは俺にとって絶対の条件です。俺を戻すことができる貴方なら可能でしょう」

『いいえ。それはできません』


 再び簡潔な答えが返ってくる。深読みのしようもない発言に、晃は二の句が継げなくなる。

『神』は丁寧だが、無情だった。


『ヒメリ殿はすでに異世界に召喚され、『世界樹』となりました。もう彼女は人間ではありません。したがって、貴方とともに元の世界へ帰還することはできません』

「もう一度、言ってもらえますか。姫理が、何と?」

『ヒメリ殿はすでに異世界に召喚され、『世界樹』となりました。もう彼女は人間ではありません。したがって、貴方とともに元の世界へ帰還することはできません。どうかお心を鎮めてお聞き下さい。我は、貴方が理性的な人物と見込んで真実をお伝えしています』

 晃には『神』の言葉が傲慢な、上から目線のものに聞こえた。

 世界樹とは一体何なのか。人間ではないとはどういうことか。本当に帰還することはできないのか。聞きたいことはまだ山のようにある。


『神』は晃の感情を逆撫ですることを言った。

『この事態の直接の原因はアキラ殿、貴方が母君から受け継がれた『世界樹の種』にあります』

「俺や母さんが悪いと言うのか」

 唸るようにつぶやくと、『神』は立ち上がった。彼は晃の言葉を否定しなかった。眼窩に疲労を滲ませ、真正面に晃を見据えて語る。

『貴方が受け継がれた種は、我が貴方のご両親に植え付けたもの。世界樹の種を象ったいわば『模造品』です。しかもヨリコ殿と血と絆で強く結ばれた貴方との親和性は非常に高まっていた。種が貴方に移動したのはそのためです。加えて貴方の体内に宿ることで種の力は変質しました。結果、ヒメリ殿の素質を誤った方向に開花させてしまったのです。もし純粋な世界樹の種であれば、こうはならなかった』

 納得できない。できるわけがない。

『神』の言葉が真実ならば、姫理があれほど苦しんだのは彼女を救おうとした自分のせいだということではないか。


『世界樹とは、我が世界において力の根源となるもの。その世界樹になるための素質は、豊かで美しい精神から生まれます。ヒメリ殿は久方ぶりに現れた、世界樹となるに最も相応しいお方なのです。これは言うなれば運命です。我にも思い通りにできない。だからこそ、素質を持った方は貴重なのです』

 姫理の体に起きた植物化は『世界樹』へ姿を変える過程であり、本来、晃たちのいた世界では起こるはずのない現象だった。しかし晃に宿った『世界樹の種の模造品』により姫理の体は刺激を受け、その潜在能力を強制的に引き出されてしまった。

 苦しむ姫理と、彼女を助けようと足掻く晃の姿を目の当たりし、ひどく悩んだと『神』は告白した。


 ――姫理をあのまま放置していれば、世界樹となる能力ごと彼女が朽ち果ててしまう。

 ――姫理を異世界に引き込めば、傍らにいた晃をも召喚することになり、大恩ある人物との約束を破ってしまう。

 悩んだ末、『神』は後者を選んだ。


『貴方のご両親が優れた方々でなければ、あるいはヒメリ殿が世界樹となるに相応しい慈愛と寛容の精神に溢れた方でなければ。さもなくば、貴方とヒメリ殿との絆がもっと儚く脆いものであったならば。このような事態は起こらなかったでしょう。そう、貴方を含め、貴方と近しい人物が皆素晴らしい方々だったからこそ、今回の事態は起きたと言えます。もう我にはすべてを修正するだけの力は残っておりません。申し訳ありません』

『神』は言い、頭を下げた。

 どんな神経をしていればそんな台詞が吐けるのだろう――目がかすむ錯覚を抱きながら、晃は思った。



2015/11/2 加筆修正

2016/2/15 加筆修正

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