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7 『神』の言葉


 最初は中空に現れた小さな光だった。みるみる膨らみ、人の形を取る。

 白い服、皺が浮いた手足、長い顎髭、頭部に浮いた金色のリング――

「か、かみさま」

 誰かがつぶやく。

 晃たちの頭上に現れたのは、あまりにも典型的な『神』だった。


『ようこそ、異世界の狭間へ。私のことは『神』と呼んでくれて構わない』

 少年少女たちの心を読んだかのように、光から生まれた男は自らそう名乗った。

 隣で龍斗が「凄ぇ」と感極まってつぶやいた。他の少年少女たちも一様に圧倒されていた。

 晃だけは別の印象を抱いていた。『神』から覇気が、もっと言えば神々しさが感じられないのだ。

 皺の刻まれた表情は威厳よりもまず哀愁を漂わせ、静かな声音は怜悧さよりも深い疲労を感じさせた。全身にまとう光も弱々しく見えた。

 人と接する機会の多い晃だからこその直感だ。


『もう理解していることだろう。ここはお前たちが生きてきた世界にあらず。お前たちはすでに一度、命を失ったのだ。だが案ずるな。これからお前たちに、新しい人生を用意しよう』

 少年少女たちは戸惑っている。

『皆、それぞれの事情があって命を失った。事故に巻き込まれた者、病に斃れた者、悪意によって殺された者、そして自ら命を絶った者。だがお前たちに共通することは、皆、これからの時代を担う若者であったということだ。未来ある子どもらをこのまま死なすには惜しい。そこで私は、お前たちに第二の人生を用意した。お前たちが知る世界とは大きく異なるが、再び未来を築くことができる場所だ。どうか受け取って欲しい』

 しわがれた手を一振りする。すると少年少女たちの足元にほのかな灯りが灯った。燐光を散らし、ひとりひとりを包む。

『さあ行くが良い。どこまでも広い世界へ』


「ちょっと待った」

 叫んだのは龍斗。

 彼は興奮に顔を赤く染めながら『神』に詰め寄った。

「それってやっぱり、『異世界転生』って奴だよな。俺たち、一体どんな能力を持って向こうに行くんだ。それを知らなきゃ、異世界でどんな風に立ち回ればいいかがわかんねえだろ」

『それはお前たち次第だ』

 謎めいた答えが返ってくる。龍斗は食い下がる。

「だったら平穏無事な生活か、もし戦わなきゃいけない世界なんだったら、戦える力をくれよ!」

「そ、そうだよな。いきなり転生って言われてもな」

「ずっと酷い目に遭ってばかりだったし、もう一回死んでるんだったら、向こうで生き返ったときくらい好きなように生きたい、よね?」

 周囲の少年少女たちも同調する。


『神』の言うことが真実であるならば、確かに龍斗の言うことは一理あると晃も思う。本当にゲームや小説のような世界が待っているのだとしたら、着の身着のままの状態で乗り切ることはできないだろう。

 だが、晃にとって戦う力は重要じゃない。それよりも大きな、姫理の無事を確認するという目的がある。異世界うんぬんの話よりもまず彼女のことだ。


 少年少女たちが騒ぎ立てているのに対し、『神』は同じ文句を繰り返した。そして最後に大きく息を吐き、こう告げる。

『善く、生きて欲しい。それだけは言っておきたい』

 ――どういうことだろう。

 龍斗たちは聞き流したようだが、晃にはただの激励には聞こえなかった。深い意味と意図があるように思えてならない。

『神』は、何か重大なことを隠しているのではないか――


『では始めよう』

 足元の光が強くなる。『神』は次々と少年少女たちを転送していく。戸惑う者、気勢を上げる者それぞれだったが、反発する者はいなかった。

 自らを包む光に興奮しつつ、龍斗は晃に笑いかける。

「先輩。俺、やるっすよ。こうなったらとことん強くなって、世界最強になってやるぜ。あ、もし武器があったら俺、双剣使いになるんで、ダブっちゃ駄目っすよ先輩」

 ガッツポーズを残し、龍斗は消えた。


 やがて残ったのは晃と、晃が上着を貸したあの少女だけとなった。

 一際強い光が少女を包む。

「あの」

 意外にはっきりした声で、彼女は深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。嬉しかったです。その、また逢えるといいですね」

「……気をつけて」

 真剣な表情で晃が言うと、少女は表情を引き締めてうなずいた。直後、燐光を残して消える。

 漆黒の空間に静寂が戻った。


「次は俺の番か」

 晃は『神』に向き直る。転送までの間に、何としても姫理の行方をはっきりさせておきたい。

「教えて下さい。僕と一緒に女性がひとり来たはずです。彼女は今、どこにいますか」

「……」

「教えて下さい。お願いします」

『神』は黙ったままだった。

 時間がないのに――焦れ始めた晃は、ふとあることに気がついた。

 いつまで経っても、晃の足元が光る気配がない。転送が始まらない。

『神』がゆっくりと降りてきた。晃の前、およそ二メートルほどの場所に降り立つ。その目は悔恨と苦渋に満ちていた。


 そして――『神』は、その場に膝を折った。

『貴方の前におめおめと姿を現したことをお許し下さい。アキラ殿』

 晃の名を呼び、深々と頭を下げた上での、謝罪の言葉だった。



2015/10/30 加筆修正

2016/2/14 加筆修正

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