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6 死後の出会い

 寒気で晃は目を覚ました。

 そこは漆黒の空間だった。


 何だろう。ここは。

 何も見えない。何も聞こえない。とても寒い。

 そうだ。死後の世界がこんな風だと、誰かが言っていなかったか。

 ああ、もしかしたら。

 俺は死んでしまったのか。


 仰向けのまま自らの額を押さえ、髪を掻く。目の前にある自分の手首を眺めること、しばらく。

 晃は上半身を跳ね起こした。改めて自分の両手を凝視する。暗闇の中で、明確な色と輪郭を見ることができた。全身水浸しで服が肌に張り付いる。寒気はそのせいだ。


「待て、待てよ。これって」

 寒気を感じるということは、五感が健在だということだ。心臓に手を当てると、そこには確かな脈動を感じることができた。体に痛みはなく、凝り固まっていた疲労も消えていた。

「俺はこんな場所を知らないし、仮に灯りをすべて落としたとしても、こんな状況にはならないはずだ。これが現実ならば。ということは夢……いや、この感覚は違う。もっとリアルな何か」

 取り留めなく言葉を口にし続ける。

 そして重大なことを思い出した。

「姫理。そうだ、姫理は!?」

 隣を見る。そこに彼女の姿はない。立ち上がって辺りを見回した。


 やや離れたところに集団を見つけた。晃は彼らのもとに向かう。地面を踏んでいる感触はあるのに足音が立たない。

 ここはどこだ。どうしてこんなところにいるんだ――湧き上がる疑問を抑え込み、晃は姫理の姿を求めて歩く。

 集団は二十人ほどだった。中学生か高校生くらいの若い男女ばかりであった。互いに付かず離れずの微妙な距離を保っている。皆、不安と戸惑いの表情を浮かべていた。


 彼らの格好はひどいものだった。

 事故に巻き込まれた直後のようにあちこちすり切れた制服を着た子もいれば、全身に血糊を付けた子もいる。ほとんど全裸のままうずくまる少女もいて、周囲の男子の視線を集めていた。

 晃は、ずぶ濡れになっている自分の服をつまんだ。嵐に遭い、川に転落し、濁流に翻弄されたことを思い出す。あの状況からどうやってこの場所にたどり着いたのだろう。

 姫理は、一体どこにいるのか。


 目を皿のようにして、集まった少年少女をひとりひとり確認していく。

 だが、いくら探しても集まった少年少女たちの中に姫理の姿はなかった。落胆で、両肩に岩を乗せたような重量感を覚える。

 ふと、ひとりの青年に目を留める。薄く茶に染めた髪、すらりと細い体躯、美男ではないが不細工でもない平凡な顔付き、『DEAD KILLING』と物々しくプリントされたモノクロのTシャツ。横顔と背格好に見覚えがあった。


「鷹山君!」

「え? うそっ、もしかして晃先輩!?」

 斜に構えた顔で立っていた青年は、晃の姿を認めると驚きと喜びに顔を染めた。二十歳にしては妙に子どもっぽい仕草で大きく手を振る。


 鷹山龍斗(りゅうと)。晃の勤務先である旅行代理店で書類整理や荷物運びのアルバイトをしている大学生だ。基本的に明るく人当たりはよいが、面倒なことや怒られることを露骨に嫌がるので職場の評価はあまりよくない。指導役の晃とは歳が近いからか、それとも他の職員と比べて寛容なためか、龍斗は晃によく懐いていた。


 側にやってきた龍斗は、晃の全身を見るなり眉をしかめた。

「うわ。先輩もたいがいっすね。ずぶ濡れじゃないっすか」

「君は、ここがどこか知っているのか」

「いや全然。でもまあ、アレじゃないですかね。こういうシチュなら、『お前たちはもう死んでいる。これから異世界で生まれ変わるのだ』みたいな感じで」

「死んでいる……。生まれ変わる……」

「ちょっとドキドキしませんか」

 声を潜めて笑う龍斗。知り合いに出会った安心感で饒舌になっているらしい。晃はわずかに苦笑を浮かべた。彼の言い様は不謹慎ではあるが、その明るさは少しだけ心を軽くしてくれる。


「マジで信じられないっすよ。せっかくあと少しでレベルアップってとこだったのに、いきなり窓が割れて、うわ何だこれ凄ぇって外を覗いたら、飛んできた看板がどーんって」

「まさか鷹山君。君がその、死んだ理由って」

「うす。家でネトゲやってたらいきなりでした。格好悪いっすよねえ。ま、その分痛みはなかったんでよかったですけど。そういう先輩はどうして死んだんです?」

 無邪気に聞いてくる。さすがの晃も眉をしかめ、「あまり思い出したくない」と濁した。


「ところで鷹山君。君は姫理を見なかったか」

「ヒメリって誰?」

 ああそうか、と晃は思い出す。そういえば彼女のことは正社員の同僚と上司にしか伝えていなかった。本人に会ってもいない龍斗が姫理を知らないのは当然だ。

「もしかしてあの子だったり」

 そう言って龍斗が指差したのは、ほぼ全裸でうずくまっている少女だ。長い黒髪や豊かなプロポーションを持った綺麗な子だが、姫理ではない。胸を隠し、泣きながらひたすら周囲の視線に耐え続けている姿に、晃は表情を曇らせる。


「あの子じゃない。けど、可哀想に。ずっとあの状態なのか」

「いや、結構すごいっすよ。見た感じ高校に入りたてっぽいですけど、あんだけのモンはなかなかお目にかかれないっていうか。見てるとドキドキしますよね」

「見世物じゃないぞ」

「だって声かけづらいじゃないっすか。知らない子だし、女子高生だし。って、先輩?」

 晃は上着を脱ぐと、絞って水気を切った。羽織れるものがこれしかないことを申し訳なく思いながら、晃は少女に声を掛けた。

「君、大丈夫」

 哀れなくらい体を震わせた彼女に、晃は上着を差し出した。

「濡れているけど、よかったらこれを使いなさい。少なくとも目隠しにはなる」

「え、でも」

「きっと何とかなるよ」

 それだけ言って、笑った。半分自分に向けて言い聞かせた言葉ではあったが、少女は多少緊張が解れたようだ。上着を受取ると、彼女は会釈をした。純朴そうな子だと思った。

 これ以上余計な警戒感を与えないよう、晃はその場を離れた。


「先輩さすがっすね。絶対フラグ立ってますよ、あれ」

 興奮したように囁く龍斗を軽く睨む。

「あのな。君だってここにいる人間からすれば年上だろうが。あの子に服を貸すよう他の子らの声をかけることぐらい、できたんじゃないのか」

「う。だけどさ」

「まあ、声をかけづらい気持ちもわかるよ。けれど、だったらせめてあの子をゲームのキャラみたいに扱うのはよせ」

 晃にしては珍しくきつい物言いだったためだろう。龍斗は一転して不機嫌そうな顔を浮かべると黙り込んでしまった。晃は内心でため息をつく。こういう態度がなければ、職場でも上手くやっていけるだろうに。それとも今どきの学生はこんな感じなんだろうか。


 ――切り替えよう。今は姫理がどこに行ったかだ。

 晃が再び表情を険しくしたとき、突如として、頭上に光が生まれた。



2015/10/29 加筆修正

2016/2/14 加筆修正

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