39 音鳴る風のアジト
ディスケスの真意を晃は考えた。やがてある可能性に思い至り、わずかな驚きとともに尋ねる。
「まさか、彼女も旅を?」
「そ。この街に辿り着いたのもつい最近だと。アキラと同じようにリュートの館へ入ろうとしていたところを声かけた」
なかなか鋭いじゃないか、と笑いつつ、ディスケスは晃を拠点へと案内した。少し汚れた木製の扉を開き、中に入る。屋内は土足のまま歩く造りになっていた。
ディスケスに案内され廊下を歩いていると、向かいからやってきた二人組とすれ違った。ティオを抱えて行った、あの執事服の男たちだ。その容姿は、似ているを通り越して同じ顔が並んでいると言ってもいいくらいだった。
「おかえりなさい、団長」
右側の男が言う。ディスケスは軽く手を挙げた。
「お前ら、これから作業か?」
「はい。事務仕事が残っていますので」
今度は左側の男が言う。そして二人して会釈した後、近くの部屋に入って行った。壁の一部がくり抜かれ、窓として室内が見えるようになっている。
「ほれ、覗いてみろ」
なぜかディスケスが勧めるので、晃は部屋の中を見た。
そして軽く唸る。
二人は中央に置かれた机の前に並んで座り、山となった書類を恐ろしい速さで処理していた。互いに協力して流れ作業をしているのだが、目配せすら交わさずこなしている。
「ハノルトとスピトダ。事務その他何でもこなす凄い奴らさ。『音鳴る風』にはなくてはならない人材だよ。拠点に倉庫が建てられたのも、二人が有能だったからだ」
得意げにディスケスは言う。
「見ての通り双子の兄弟なんだが、仕事中はまあ無言でね。そのくせ手の動きはああだろ? ティオが言ってたように、新入りはだいたい『怖い』って感じるんだな、これが。気持ちはわかるが、実直な奴らだってことは認めてやってくれ」
「はぁ……それにしても凄いな。何で会話も合図もなしにあんな真似ができるんだ? よほど慣れてたり?」
「それもあるが、二人の場合は魔法だな。意思疎通ができるんだよ。だから無言でも大丈夫なんだ」
いわゆるテレパシーというやつか――晃は感心した。やはりここでも、魔法はひどく実用的な使われ方をしているようだ。
さらに家の中を案内しながら、ディスケスは他の団員のことにも触れた。基本的に『音鳴る風』はメンバー毎に仕事をこなしているらしい。今は皆出払っている。参考として聞いてみた。
「アティニではどんな仕事があるの?」
「そうさな。一番多いのはビダカイス渓谷に潜っての狩りだろう。渓谷に棲む魔物の体は『栄光の壮壁』の補修材料になる。アティニじゃ必需品だわな」
栄光の壮壁とは、アティニ全体を囲むあの巨大城壁のことだという。まさかあれに魔物が使われているとは思いもしなかった。
「次に多いのは代理決闘。ほれ、街の入口付近にたくさん店が並んでただろ? だいたいが武器防具の店だ。各々が取り扱っている品の良さを証明するために、店主が人を雇って戦わせるのさ。もちろん、魔物猟と違って命の取り合いじゃないから、ほとんど見世物になってる。うちにも代理決闘が得意な奴がいる。今頃どっかの店の依頼を受けているんじゃないかな」
言われて晃は、ここに来るまでに目にした広場での仕合を思い出した。なるほど、あれが一種のデモンストレーションだったとしたら納得がいく。露店も出ていない広い敷地があったのも、代理決闘のために設けられたスペースなのかもしれない。
「あとは雑用。街の連中からの依頼をひたすらこなしていくんだ。他はどうか知らんが、『音鳴る風』じゃこれが一番の中心かね。ああ、そうそう。もうひとつ特別な仕事があるんだった」
「特別な仕事?」
「ティオがやりたがっている奴だよ。異世界人の連れとして働くことさ」
階段を上がりながらディスケスは肩をすくめる。
「これまで同行できたのはごくわずからしいが、人気は絶大だね。俺は他の街もちょっと見てきたが、異世界人に対する熱はこのアティニが一番だと思う」
「それは、なぜ?」
「さあ。何でだろうねえ。そこまでは調べたことがないからわからん。気になるなら後でハノルトたちに聞いてみるといい。きっと速攻で教えてくれるぜ」
『音鳴る風』のトップはそう言って笑った。
「ディスケスは興味がないのか?」
「まあ、無いな。あんな化物じみた実力の持ち主に、俺たちができることといったらたかが知れている。それよか、自分の思うように旅をする方がいくらか楽だし、安全だ」
やがて二階の一番奥まった部屋に案内された。寝台と木製の机と椅子、小さな木製ラックがあるぐらいで、あとはがらんとしている。心なしかうっすらと埃が舞っている。
わざとらしく手で扇ぎながらディスケスは木枠の窓を開けた。外から大工たちの作業音が入ってくる。
「これまで無人だった部屋だ。遠慮無く使ってくれ。あ、できれば綺麗にね。そうでないと俺も双子から怒られるから。――さて、と」
窓に寄りかかり、ディスケスが腕を組む。
「アキラ、お前何ができる?」
「ん?」
「いちおう俺たちも自警団の端くれだ。仕事はきちんとやらなきゃならん。お前ができそうな仕事を考えてやるよ」
言われて晃は戸惑った。改めて振り返ると、稼ぎに使えそうなスキルは今の自分にはない。手に職なしの状態でよくここまで来れたなと、自分で呆れた。
晃の反応をある程度予想していたのか、ディスケスは質問を変えてくる。
「なら、得意なことは?」
「強いて挙げれば……絵が描けることかな。でも仕事にするほどじゃない。ぜんぜん」
「んじゃ体を動かすことは? 体力に自信はあるか?」
「そう、だね。ちょっとやそっとじゃ倒れないと思う」
やや自嘲気味にそう言う。崖から落ちても大魔法で吹き飛ばされても生きているのだ。そういう意味では十分に化物だ。
それから幾つか質問を重ねたディスケスは、大きくうなずいた。
「よしわかった。アキラにはふたつ仕事を頼もう」
彼の顔に浮かんだ、にやり、という笑みに激しく不安感を覚える晃。
「どれもお前にぴったりの仕事だよ」
断言する雇用主に、晃は顔を引きつらせた。




