21 彼らにとっての『退屈』
「わかった。外に出るのはやめよう。話を聞かせてくれるだけでいいから」
晃は小さく諸手を挙げた。アスファが「お茶を淹れてきますね」と言ってその場を離れる。
四人になった室内で、晃はどうしたものかと頬を掻いた。聞きたいことは色々あるものの、彼らが素直に応えてくれるとは思えなかった。
ところが、意外にも少年たちの方から口を開いた。
「話って、何でもいいの?」
雷句がぽつりと言う。「ああ、もちろん」と晃が請け負うと、彼は少しだけ表情を緩めた。そして開口一番、こう告げる。
「何かさ、退屈なんだよね。この世界も」
隣の魁斗を見る。痩せぎすの少年はうなずいた。
「最初、この世界に来て、魔法が使えるってなったとき、『やったぜ』って思ったんだ。これで今までのつまらない人生から解放されるって」
「ラノベとかマンガとか。よくあるじゃん。そういうの。おじさんはあんま見そうにないけど」
魁斗から『おじさん』扱いされたことに内心傷つきながらも、晃は小さく相づちを返す。
魁斗は続ける。
「二ヶ月くらい前、かな。俺たちがこっちに来て、最初に目を覚ましたのがこの近くだったんだ。蹴人と魁斗も一緒で。でも俺たちは知り合いでも何でもなかった。学校も違うっぽいし」
「でも意外と話せたんだよな。なあ蹴人」
魁斗が話を振ると、蹴人は不機嫌な表情のままそっぽを向いた。
「何カッコつけてんだよ。アスファちゃん見てないんだから、意味ないだろ」
「違っげーよ、バカ」
赤くなった蹴人が牙を剥く。乱暴に自分の頭を掻き、彼は晃に向き直る。
「最初はお互い学校のこととか、やってるゲームのこととかで盛り上がった。趣味が一緒って感じでさ。わりと話しやすかった。アスファにも逢って、住むトコもらって、何だ、わりかしやっていけんじゃねとか思ってたんだよ」
けど、とつぶやき、蹴人は台所の方を見た。まだアスファは戻ってきていない。
「だんだん、それだけじゃ物足りなくなってきた。そんときに知ったんだ。魔物の存在と、俺たちの力」
「そのときのこと、詳しく話してくれるかい」
蹴人は仲間の少年二人の顔を見た。
きっかけは、魔物が襲来して村が騒ぎになったときだった――と彼は言う。好奇心に負け、村の外へ魔物を確認に行ったのだそうだ。砂埃を上げ、眼を爛々と光らせて迫ってくる十数頭の群れに、蹴人たちは初めて、ここが異世界なのだと思い知った。
「足がブルッたよ、正直。あんときは」
しかも魔物たちは蹴人たちを見つけるや否や、スピードを上げ一直線に突進してきたのだ。明らかに自分たちが狙いだと気づいて、慌てて身を隠した先が、あの世界樹だった。
三人は不敵な笑みを浮かべた。
「なあ、あんた。世界樹にはもう触ったのか。魔法はもう使ったのか」
突然、そんなことを聞いてくる。晃は首を横に振った。
「魔物どもに迫られて、世界樹に触れたとき、俺の中に力が流れ込んできたんだよ。俺はできる、死なない。そんな風に思えたんだ。初めてだった、あんな気持ちになったのは」
「最初に魔法を使ったのは俺だよ、俺。頭に浮かんだ呪文をそのまま口にしたんだ」
魁斗が手を挙げながら言う。
体に流れ込んでくる力の流れを、そのまま掌から放つイメージ――それだけで魔法が発動したと三人は口を揃える。その威力は、一瞬で魔物の列を吹き飛ばすほどだった。
「んで、最初に敵の攻撃をモロに食らったのもお前だったよな、魁斗」
「ちょ、そんなこと言うなって。カッコ悪いだろ。いいじゃんか、無傷だったんだから」
「……無傷?」
信じられない、といった様子で晃が聞き返すと、魁斗は胸を張った。
「最初は力の加減がわからなかったし、どんな魔法が使えるかもつかめてなかったから、手当たり次第にぶっぱなしてたんだけど、その合間を狙われたんだ。でも、奴らの牙を受けても血どころか傷一つつかなかった」
「そんとき確信したね。俺たちは強い。敵は弱い。だからぜってーに負けないって」
蹴人が言葉を継ぐ。
その後も日を開けて何度か魔物たちが襲ってきたが、その度に強力な魔法で撃退していった。結果、村人からは英雄扱いされ、今の住居を建ててもらうまでになった。
「でも、こんな進歩のないヌルゲー、すぐ飽きるに決まってるんだ。だってそうだろ。いつまで経っても敵は弱いままだし、ドロップアイテムもだいたい決まってる。せいぜい違う魔法を試すくらい。ネトゲで実際にあったら、速攻ツブれてるね。間違いない」
「だからって狩り場を移動するのも、ね。仕方ないから魔物が来るまでこうしてゴロゴロしてるんだけどさ、それもそろそろ限界っていうか」
ストレス溜まるんだよと少年たちは言った。
「結局、異世界だ、魔法だっつっても、生きてた頃と何も変わりゃしないんだ。最悪だよ」
大仰な仕草で肩をすくめる蹴人。乾いた笑いを漏らす雷句と魁斗。
「けどな、あんたもこうなるんだ。俺たちみたいに」
唐突な予言に、晃は虚を突かれる。蹴人の顔から笑みが消えていた。
「この村にいれば食べるものにも住むところにも困らない。学校に行かなくていいし、面倒臭い奴に会う必要もない。村に住む連中はみんな馬鹿みたいに格好よくて、優しくて、俺たちが戦えばわーって騒ぐ。ゴロゴロしてても、誰も、何も言わない。他の連中は教科書みたいにきっちり生きてやがる。こんな動物園のパンダみたいな生活を二ヶ月も続けてみろよ。あんたも、ぜったい、俺たちと同じになる」
少年たち三人の視線が晃に突き刺さる。
「綺麗すぎて、外に出れねえんだよ。この世界は、全部。どんなクソゲーだって、それやってるときしか外に出れねえなら、そうするしかないじゃんかよ。どうせ俺らはただの出来損ないなんだ。あんたもそう思ってるんだろ、俺たちのこと」
晃は答えられなかった。ただ蹴人たちの鬱積した感情が、危険なほどに膨れあがっていることは肌で感じた。
そのとき、戸外から村人の叫び声が聞こえた。金属を打ち鳴らすけたたましい音も続く。
「おいでなすった」
「まさか」
「そうさ。魔物どもが、性懲りもなくやってきたんだ」
蹴人が人差し指で晃の胸を突き、下から睨み上げた。
「あんたがどれほどの力を持っているのかはわかんねー。だがここで最強なのは俺たちだ。あんたのことは嫌いだけど、ちょうど良いところに来てくれたよ。俺たちのスゴさをあんたに見せてやる」
「張り合ってくれるとまた楽しみが出るんだよね。やっぱゲームは対人が基本だよ」
雷句が笑う。気の抜けた口調なのに、目は獰猛に見開かれていた。
「さて。さくっとやってきますか。今日はギャラリーもいることだし、久々に張り切れるかもな。さ、行くぜ」
「おう」
壁にかけてあった法衣を羽織り、部屋を出て行く蹴人、雷句、魁斗。
晃は立ち尽くしていた。
彼らは言った。自分たちは出来損ないだと。外の世界は綺麗すぎるのだと。
にもかかわらず、最強は自分たちだと。
嫌な予感がした。たまらなく嫌な予感がした。
大森林で味わった孤独感とも、断崖絶壁を降りたときの恐怖感とも違う、薄ら寒い感情が背筋を這い巡る。
2016/1/18 加筆修正




