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1 抹殺の決意


 ――ごめん、姫理ひめり。やっぱり俺、彼らを殺すよ。


「はは……何の冗談っすか、先輩」

 職場の後輩――鷹山たかやま龍斗りゅうとの戸惑った声を聞き、斎樹いつきあきらは眉間に力を込めた。雑多な想いが渦を巻いて、涙が出そうになっていた。


 俺の本当の敵は彼ら。力を振るう転生者たちなんだ。この世界の誰も太刀打ちできない異世界人なんだ。

 だから、る。

 たとえ相手が龍斗とその連れで、『街の英雄』であっても、殺る。

 心の中で謝るのも、これで最後にする。


「先輩。晃先輩。黙ってたらわかんないでしょうが。なあ、ちょっと」

「偉そうな物言いだな。龍斗」

 自分でも驚くほど落ち着いた、いっそ冷淡とも言える声が出た。龍斗は口をつぐんだ。きっと、晃以上に驚いているのだ。元の世界で、晃は龍斗のことを『鷹山君』と呼んでいたから。「もっとフランクにいきましょーよ」と軽薄に笑っていたかつての龍斗の顔が、陽光に灼かれた写真のように色あせていく。


 ここは――異世界・・・だ。それも、元の世界には存在しない『魔物』がいる場所。魔物の通り道である洞窟の中。

 辺りは薄暗く、鳥肌が立つほど寒い。


 龍斗は四人の仲間を連れていた。少年が一人に、少女が三人。二十歳の龍斗を除けば、皆高校生くらいの少年少女であった。相応に幼い顔が照明魔法に照らされ浮かび上がっていた。彼らが手にした肉厚の長剣や穂先鋭い槍が、晃の目にはひどくアンバランスに映った。

 対する晃は十数匹の狼型の魔物を引き連れていた。ここに辿り着くまでに、晃は無数の牙や爪や獣毛の切れ端を目にしてきた。すべて龍斗たちに屠られ、打ち棄てられた魔物の残骸だった。


「え、なに。これイベント? うそっ」

 事故で通行止めになった通学路を見るかのように、少女のひとりが口元を押さえて言った。

 イベント。ストーリーの進行を彩る演出。言葉では知らなくても、龍斗たちの緊張感のない顔を見てその意味を悟ったのだろう。一匹の魔物が歯ぎしりをする。

〈我が同胞は、かような小僧どもに殺されたのか〉

 血を吐くような怨嗟の唸りは、晃の脳裏に人の声となって響いた。

〈こんな奴らに、我らは勝てない!〉


 晃は瞑目した。右手を挙げると、魔物たちが一斉に龍斗たちを取り囲んだ。洞窟内に獰猛な声が響き渡った。おびえた仕草で、別の少女が龍斗の裾を握った。

「リュウさん、きっと操られているんだよ。あの人」

「あー、くそっ。やりづれえ」

 頭を掻く龍斗。薄く茶に染めた髪は晃の知るヘアスタイルそのままだ。


 少年が眼前に淡緑色のディスプレイ(ステータス画面)を呼び出した。相手の力を数値に変換し可視化する能力。半透明のディスプレイ越しに、少年が計測した各人のデータが透けて見えた。


 魔物一体あたりの攻撃力はおよそ百。

 対する龍斗たちの防御力は四千以上。

 龍斗たちが敗れるなどあり得ない。かすり傷さえ受けることはない。それほど圧倒的な力の差があった。

 数値の上では。


「周りは雑魚ばっかだけど、派手なスキルは使えないなあ。僕、こういうお助け系のイベ好きじゃないのに」

 少年がぼやくと他の連中も口を開いた。

「そうよねえ。あーあ。こんなことならテイマー系のスキル作っとくんだった。ウチの攻撃力じゃ確実に殺しちゃうもん」

「ごもっとも。いっそあれがモブか何かだったら良かったのに。こんな狭いところで殺さずにおいとくなんてホントめんどくさい。てかホントにやんなきゃダメ?」

「お前らな、俺のバイト先の先輩だぜ。もちっと穏便な会話はできねえのかよ」

「そうだよ。たまには慎重にいこ。ね、みんな」

「へいへい。もう、ヨリはリュウに甘いんだから」

「そ、そんなことないよぉ」


 楽しそうだった。


 晃は思った。今なら魔物の気持ちがわかる。彼らの無邪気さが、憎い。

「詠唱態勢」

 晃の心臓を中心に金色の光が現れた。同時に電子音が響き、龍斗たち全員の眼前にディスプレイが出現した。

「攻撃力……八百?」

 そこに記された数字を、少女が呆然と読む。

 晃は『詠唱』を始めた。


「キーワード。【世界樹の子】。聞け、俺はビダカイス渓谷にいる」


 ――攻撃力三千。


 龍斗たちが凍りついた。皆、ディスプレイに目が釘付けになった。それは、彼らとて攻撃を食らえば確実にダメージを受ける値だった。


「【目標確認】。数は五。反応は無し。敵性として認めた」


 ――七千五百。


「ちょ、待って。なにこれ、どういうこと!?」

「俺が知るか! 捕縛魔法バインドは」

「ああ、待って。すぐやるから。えっと、えっと」

 慌てふためく彼らを晃は目を細めて見ていた。あらゆる激情が混ざり合って、限界まで圧縮した空気のように爆発の瞬間を待っている。


 七千五百対四千。龍斗たちにしてみれば、この数値で攻撃をしかけられることは未知の体験なのだろう。決まれば生命値の半分、いやそれ以上を削る。

 晃の詠唱は止まらない。


「【状況報告】。吸収魔力、確認。……良し。いつでもいける」

 誰かの押し殺した悲鳴が聞こえた。ディスプレイに表示された数値は――二万一千。


「【接続】。……来た」


 ――四万六千。


 少年が尻餅をついた。

 晃の発する黄金光が洞窟内を染め上げた。引きつった龍斗たちの表情を、その頬の痙攣具合までさらけ出した。

 少年少女たちは呑まれていた。無機質な数値がこの世界での真実を表していると信じているからこそ、完全に、呑まれていた。

「うそ。うそよ。冗談、キツイってば。こんなの聞いてな――」

「今、ここに告げる。俺は敵を討ち滅ぼす」


 引き攣った裏声を遮り、晃は最後の詠唱に入る。呼応して魔物たちが咆哮を始めた。幾重にも反響する大音声が鼓膜を打ち付けた。少女のひとりが耳を押さえてうずくまった。

「い、いやああああっ!」

依葉よりは、しっかりしろ!」

「リュウさん、怖いっ。助けて!」

「くそっ。おい先輩。斎樹晃。てめえ、ふざけんなっ。いますぐ止めろ!」

 捕縛魔法も、補助魔法も、対魔法防御姿勢も取らず、ただただ龍斗は怒鳴った。理不尽な暴力に対する怒りをむき出しにしていた。龍斗のその顔を見た瞬間、晃は全身の血液が沸騰した。


 君が、それを、言うか。

 与えられた力を、奪い取った力を、何の疑いも躊躇いもなく使い尽くしてきた君たちが、それを、言うのか。

 君たちがいるから、姫理は――姫理は!


 細められた晃の目端から二筋の涙が溢れ出した。彼は泣きながら大きく息を吸い込んだ。


「聞き届けたならばッ、応えよ! 是か! 非かッ!」


 魂の叫びは洞窟を越え、地を越え、空を越えて――

 遙か時空の狭間へ――

『神』へ――


『是とします。さあ、貴方の心のままに』


 詠唱が完成した。

 最終攻撃力――九万。彼らだけを消し炭と化す究極の魔法が今、晃の手の中にあった。晃は感情を抑えようとして、失敗した。

 獣のように叫んだ。


「これで、夢から、覚めろッ!」


 黄金の光が無音の炸裂を起こす。





 光が収まった。晃の嗚咽は止んでいた。流し尽くした涙の最後の一滴を拭い去り、表情を消した。


 ――残ったのは装備品を根こそぎ破壊され倒れ伏す龍斗ただひとり。


 晃にも、魔物たちにも、洞窟にも傷一つついていない。

 ただ龍斗の仲間だけが全員、一人残らず、跡形もなく吹き飛んでいた。

 薄暗闇を取り戻した洞窟内は不気味なほど静まり返った。

 龍斗が身じろぎした。

〈まだ生きているぞ〉

「仕留め損ねたみたいだ」

 特殊な防御魔法を張ったのか、装備品に晃の魔法を防ぐ力があったのか。それとも晃に何か不備不足があったのか。

 いずれにせよ、このままにはしておけなかった。


 骨が壊れて《いって》しまったのか、くぐもったうめき声を漏らしながら、龍斗は焦点の合わない瞳で辺りを見た。

 晃は腰に提げた短剣を抜き放った。一歩、また一歩と近づいた。龍斗は晃に気づくと半狂乱の状態で叫んだ。

「来るな、来るな!」

 晃の足が止まった。胸の奥が軋んで、歪んで、痛んだ。


 次の瞬間、龍斗の体が緑の球光に包まれ、消えた。

〈無詠唱の転移魔法か。奴め、まだそんな力を隠し持っていたか。こうなっては追跡は難しい。さっさととどめを刺すべきだったな。……おい、アキラ。聞いているのか〉

 不審そうにこちらを見上げる魔物。晃は無言で首を振った。恐怖と拒絶に満ちた龍斗の叫びが何度も頭蓋の裏で反響していた。

 その声をはね除けるために。

 自分がここに至るまでに遭遇した数奇な運命を、晃は歯を食いしばって思い返した。



2015/8/9 加筆修正

2016/2/14 細かな部分を修正

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