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「またそんな難しそうな文字書いてる。何それ?象形文字?」
(自称)廃棄物処理場の主である零色の不法侵入に慣れ始めたのは、早くも4日目の夜の事だった。そして、月日の流れは早いもので、気が付けばもう二週間。毎日毎夜、飽きもせずに零色はやって来ていた。冒頭の様な呑気な台詞と、僕の黒歴史を抱えて。そして今日みたいにベッドに座り、僕の小説と呼ぶにはおこがましい失敗作をひたすら読みふける。
たまに話をする事もあったけれど、大抵は零色が小説の話に逸れ、僕が強制帰宅を命じる。と言うラストを迎えていた。あいつは僕のファン一号だなんて言いながら戯けて、なんとか続きを書かせようと試行錯誤しているけれど、僕はと言えば、そんな策略や戦略には乗らず、邪魔者にもめげず、淡々と現実的なお勉強をしているだけだ。
「まぁ、成績落ちてないのが唯一の救いだけれど」
間宮柊一の家系は、代々医者である。そんなピンポイントで小説やライトノベルみたいな話がある訳ないと思うかもしれないが、事実なのだから仕方が無い。祖父が開業した病院を、父親が継ぎ、その父親からまた自分に受け継がれるのだ。堅苦しい風習。暑苦しい生活。重苦しい血縁。そんなものを、将来背負わなくてはいけない家系。そんな決められた将来の中で、間宮が夢を諦めたのは必然とも言えるだろう。そもそも小説を書き始めた理由は、なんだったろうか?間宮柊一は考える。いつも真実と事実ばかりを有りのままに書いていた。口の裂けた女も、人間の顔した犬も、小指程の小さなおじさんも、二又の猫も、血を吸う化け物も、白い鴉も、空飛ぶ男も、真実と事実、現実だった筈だ。しかし、そんな馬鹿馬鹿しい幻想の様な現実を、間宮家が許す訳も無かった。数々のお話は終焉を迎え、書き上げた夢はゴミ屑の様に棄てられ、彼は寮生活を命じられた。「医者になるまで帰って来るな」と言う言葉付きで。それからと言うもの、間宮柊一は書くのを止めた。全てを嘘だ偽りだ、虚言だ幻想だと言われ、書くのを止めたのだ。そう…自分にはもっと、やらなければいけない事がある。成らなければいけないものがある。いつまでも、子供みたいに夢を見ていてはいけないのだ。
それでも、毎日毎夜やって来るあの不法侵入者に心を許し始めているのも、確かだった。下らない話をし、空間を共有し、彼に関わり、時に喧嘩をする。間宮柊一が、怒りや焦りの感情を表に出すのは零色に対してだけだろう。特に、感情が欠落していたり、自分の殻に閉じ籠っている訳では無いのだが、彼は医者になる人間として、常に冷静な対処が出来る様、正しい判断が出来る様、育てられて来た。そのおかげと言っては何だが、怪異現象に会った時の間宮柊一と言ったら、いたく冷静で、相手を圧倒してしまう程の立ち回りを見せる事もあったりする。そんな育ちと、産まれ持った教養が間宮を長生きさせている…と言っても過言では無いだろう。まぁ本人からしてみれば、そんな事なんて関係無いのだろうけれど。そんな冷静な対処がいくら出来た所で、未来は決まっていて、決められている。
「……変わらない」
そうーーー何も変わらないし、変えられない。今までもこれからも、間宮柊一の夢が叶う事は無く、零色の願いが届く事は無いのだろう。それが嫌になる位味わった〈現実〉なのだから。それでも一つ、藁をも掴む様な期待するのならばそれは
廃棄物処理場の主である零色が、人間でも怪異でも無いーーーと言う点だけだろう。